溺れる人魚は祓魔師

□陸にあがった人魚姫
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人魚の涙はどんな傷も癒せるという。ただ、その涙は深い哀しみによって零れたものでないと意味がない。



人魚の血は計り知れないという。なぜなら、その血を手にした者は誰1人としていなかったからだ。





人々は不思議な能力をもつ彼女たちを女神として称えた。


その反面、人々は彼女たちの涙、血を欲しがった。





人魚の嫌うもの。

それは、ー欲ー


欲に溺れる人間たちを目にし、彼女たちは人間の前に姿を表さなくなった。




ところがある日、ある男が1人の人魚を殺めてしまった。



涙を得られなかった男は、血を1滴、口に恐る恐る含んだ。


唇に触れた瞬間、その男は悪魔に憑かれ、村を家族を…何もかも破壊してしまった。



悪魔が離れた時、男は自分の家族の亡骸を目にし、海へと自ら飛び込んだという。







人魚の血は計り知れないという。人間が手にすれば、悪魔に憑かれる。
そして、悪魔が血を手にすれば…









数百年の時が過ぎ、あの地には新たな村が栄えていた。




人魚は
ー滅びの悪魔ー
として、人々に恐れられていた。




それ故、彼女たちは人目に付かない海の深いところで暮らしている。




いや…

暮らしていた。


3年前のあの日までは…


人々は知らない。

何があったのか。


海が荒れた日として認知されているぐらいだろう。











バシャッ…バシャ

漆黒に染まる空の下、海には一つの人影があった。

「…っう…はぁ…っっ」


赤く染まった荒れ狂う海を出ようと必死にもがいてる少女がいた。年齢は12歳といったところだろうか。


ズリ…ッズリ

少女は腕の力だけで、浜辺に上がった。
少女の下半身には脚がない。代わりに、魚のヒレのようなものがあるだけだ。


「はぁ…はぁ…っひっく…うぅ…っ…あ…ぁ…ひっ…くぅ…っっ」

砂の上に横たわる少女の白い頬には涙が血と混じって幾筋も伝っていた。







「その涙…そして血…」


少女の頭上から声が降ってきた。
顔をあげると、ピエロを思わせる奇妙な白いスーツを着てマントをまとった男が立っていた。



「悪魔でさえ魅了される美しい雫。」



「…あなたも…っあいつらの仲間…っ?」

少女は涙を拭い、キッと男を睨んだ。しかし、その声は恐怖に震えていた。


「私はエギュンの兄弟ですが、あなたを殺したりしませんよ。それに私はたまたま見つけたレディを殺すような男ではありません」

エギュンというその名に、少女はビクっと震えた。
少女は、男を怯えた目で見つめた。

(嘘でしょう?あなたもきっと私を殺すでしょ…??)

彼女の目はそう訴えているかのようだった。
男はその目をじっと無表情で見つめ続けた。

しばらく、荒れる波音と、彼女の背中まで届くまっすぐな茶髪から滴る海水の音だけがその空間に響いた。

その時、少女の乾いてきた身体が光に包まれた。光が消えた時、ヒレがあったところには、人間の脚があった。

「…っ!!」

少女は驚いたようだった。

男はというと、全く驚くことなく、

「アインス・ツヴァイ・ドライ☆」

と、帽子を杖で軽く叩き毛布を出し、少女にかけた。

「どうやらあなたはただの人魚ではなく、人魚姫のようですね」

「なぜそれを…」

少女はぎゅっと毛布を握る手に力を入れた。

「姫は、陸では人間に、水中では人魚に変わる…私は何でも知ってますからね☆」

ふはははと、男は得意げに笑った。


「あなた…悪魔よね…っ」


少女は俯いたまま、消え入りそうな声で男に訪ねた。


「お姫様、あなたもね。人魚、八侯王水の王エギュンの眷属、上級。その涙と血は手に入りにくいうえに、血は危険な物質」

男はクククと笑った。
少女は悔しそうに唇を噛み締めた。

「私たち人魚は、人間にも悪魔にも干渉しないで暮らして来た…なのに、あいつらは血を手に入れるために、私たちを襲った…」

ぽたぽたと涙が少女の傷だらけの手に落ちる。
シューっと煙があがり、傷は塞がっていく。


「お母様…っっ」








海は赤く染まっていた。

人魚の血を口にしてしまった、何の罪もない魚やイルカ…少女の友達だった彼らは、悪魔に憑かれ我を忘れている。

少女と母、人魚の女王はエギュンの手下の悪魔たちから逃げていた。


「はぁ…はぁ…っ…2人一緒に助かることは無理だわ…」

「…はぁっ…そんなことないっ…!!」

母は少女の頬を撫でた。

「皆あなたのことを守りたいの…私もよ…私が囮になるからあなたはその隙に逃げなさい…っ」

「お母様…っっ…やだ…行かないで…っっ!!」


「あなたは生きなさい!!強く生きて…っっ…皆に守られたその命で大切なものを、人を守ってっっ!!」

そう言うと、少女を置いて母は追っ手の群れへ飛び込んでいった。

「お母様っっ!!」

少女が伸ばしたその手は虚しくも泡を掴んだだけだった。







(強く生きて…大切なものを…人を守って…)

「守る…んんっ」

「おやおや、お目覚めですか?」

少女は気絶してしまっていたらしい。律儀にもこの男は少女が起きるまでここにいたらしい。


少女は、毛布から少し出てる自分の脚を見て、男の顔を見て言った。


「私は…人間でもないし、悪魔でもない…」

少女はぼそっと呟いた。



男はわざとらしく首を傾げ少女に訪ねた。


「ではあなたは何なのでしょう?生きる意味などないのでは?」


少女はキッと男を睨み、はっきりと言った。

「お母様や皆が私を生かしてくれた。守ってくれた…だから、大切なものを…私はその人たちを守りたい!!守られるんじゃなくて、私のこの手で守りたい!」


男はニヤリと笑うと、手を差し伸べ言った。

「ならば私とともに来ると良い。ここでたまたま出会ったのは何かの運命でしょうし☆」


「どこへ…??」

「私の玩具箱へ」


男はマントのポケットをゴソゴソと探ると2枚名刺を出した。


「それから私、」

ウィンクをしてその名刺を少女に渡した。

「遅ればせながら、こういう者ですので☆」



正十字学園 理事長
ヨハン・ファウスト5世

「学校の先生…??」

「もう1枚もちゃんと見て下さいね☆」


正十字騎士団日本支部長 名誉騎士
メフィスト・フェレス

「祓魔師…」

「大切な人を守りたいのでしょう??ならば、祓魔師になり自分の力で、その人たちを…いや、物質界を守るのです!!」


「私が…守る…」

少女はメフィストの後ろ姿をぼーっと見つめた。




「さぁ…行きましょう!!」

近くの小屋の扉の鍵を開けた音が、ようやく静かになった浜辺に響いたのは明け方近くだった。

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