セクピスパロ
□葛藤
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ぼーっとあてもなく空を見上げる影一つ。
空は青く、澄み渡っていて何一つの曇りもなかった。
だから、黄瀬はある人を思い出してしまう。
それは、昔の曇りのなかった青峰だ。
「明日、勝てるかな……」
ぽつり、と呟く。
明日はIH準々決勝……
海常高校の黄瀬は桐皇学園の青峰との対戦を控えていた。
数ヶ月前、呟きに答えてくれる人なんていなくて、一人だった。
でも、今は、
「勝てるじゃねー。勝つんだよバカ。」
一人じゃない。
青峰は重種で黄瀬は一度も勝ったことがない。
しかも桐皇には今吉という蛇の目の中間種もいるらしい。
でも、でも……
「笠松先輩は犬神人の中間種だったっスね……」
「ん?それがどうした?」
「ハスキーって大神に似てるって言われないっスか?」
海常にも犬神人の中間種の笠松に蛇の目軽種の森山もいる。
しかし、黄瀬が危惧しているのはそこではない。
次の試合、黄瀬は青峰の模倣を余儀なくされるだろう。
それが海常を勝たせるエースの役割ならば、黄瀬はやってやるとも思う。
そして、できるとも思うのだ。
一つの事を犠牲にすれば。
「はぁ?お前、大神がどんな奴か知ってんのかよ。」
「父親の知り合いにいたんスよ。」
本当は父親も黄瀬もニホンオオカミだが、それをずけずけと言える立場ではない。
それに黄瀬の父親は黄瀬を里に置き去りにした張本人だ。
「そっか。じゃあ言うけどよ。俺なんかが大神なんておこがましいんだよ。大神はもっともっと……気高く、綺麗だ。」
本能が知っている。
そう語る笠松の瞳こそが黄瀬には綺麗に見えた。
人は、幸せになれる人間には種が宿る。
それを愛情という水を注ぎ、最後に綺麗な花を咲かせるのだ。
そう、黄瀬は思ってきた。
「一回、会いたかったなぁ……」
「(もう会ってるっスよ……)」
だから笠松はきっと鮮やかな花を持っているんだと思う。
もう絶滅していて、しかもそれがその気高すぎる誇りのせいなのに……
「でも犬神人にも血を継いでいるやつはいる。きっといつか隔世遺伝で…」
会うことを諦めないでいる。
その崇高の対象……犬神人の王様大神に。
「でも、俺にはそんな価値はない……」
ぽとり、と空気に溶けた言葉は誰にも届かず、ただ黄瀬の胸に暗い影を落とす。
どうして自分は最後の一匹なんだろう。
こんな笠松先輩みたいな綺麗な忠誠心を一身に受けるのがどうして自分なんだろう。
どうして自分はニホンオオカミなんだろう。
どうして自分が王様なんだろう。
絶対、笠松先輩の方が相応しい。
「その父親の知り合い生きてんのか?」
「いや、暑い日にぽっくり……」
「そっか……」
笠松は目に見えるほど落胆する。
それは魂現にも如実に表れる。
黄瀬は元々、魂現を見抜くことに長けている。
犬のため嗅覚は鋭く、観察眼の正確さは模倣には不可欠な存在だ。
だから黄瀬には笠松の魂現の尻尾がうすらとだが見えている。
「(しょぼくれてるっス……)」
いつもあれほど雄々しい尻尾が、だ。
この話題はもうだめだな、と黄瀬は悟った。
「んじゃ、先輩…俺、そろそろ帰るっスわ。明日、勝ちましょうね。」
「当然だ、バーカ。」
きっと黄瀬は青峰の模倣を完璧にすることはできるだろう。
しかし、それには黄瀬の本当の魂現の力を発揮することが必要になるだろう。
黄瀬は未だ迷っているのであった。
負けたくない。
でも、ばれるのは怖い。
先輩たちを一つでも上に行かせたい。
自分の身が大切。
様々な想い中、黄瀬は葛藤しているのであった。