☆Text-空白の石版-

□第二十五章 夜の鬼胎
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※草→八です。

【SIDE:草薙】


深夜。

俺は一人眠れずにベットの中で寝返りを打った。
頭の中でぐるぐると、今日の出来事が目まぐるしく回る。

伏見は今日、大蛇の元に赴き、そして学園に打ち捨てられるように戻ってきた。
怪我や傷が無かったのは良かったが、伏見は自分が八田を助けられなかった事を酷く後悔していて。

(....伏見)

俺と多々良先生は、八田を傷付けないでいてくれて良かったと告げたが、彼の顔はそれでも何処か納得仕切れないようだった。

(後々、面倒な事にならなければいいんやけどな)

彼は年齢的にまだ幼い。

彼が本当の意味でどれぐらい精神的な意味で円熟しているかは解らないが、それでもまだ学生だ。

(いくら彼奴が頭のいい奴でも....気持ちには勝てんやろ)

きっと俺達の中で誰より伏見は、一日でも早く八田を助けたかっただろう。
勿論俺も八田を一日でも早く助けてやりたい。

けれど、その為に八田を傷付ける事はやはりしたくないとも思う。

(....小賢しくなったって事やろか)

物事と物事を常に天秤に掛けている。
こんな時まで、何が最も現状で最善かを考えてしまう。

大人になって、思慮深くなったと言えば聞こえはいいが。

(伏見にはやっぱり、俺達には無い衝動的な熱みたいなものがあるんやろな)

そればかりはやはり敵わないとすら思ってしまう。
身軽さが違うとでも言えばいいのか。

何を差し置いても目的の為になら、ただ真っ直ぐに突き進める。
周りが見えなくなる位の激しい衝動的な愛情。
伏見の愛情はそんな感じだ。

そして、更にそれが独善的に歪んだものが八岐大蛇の八田に向ける愛情だろう。

(....八田ちゃん)

小さく、俺は心中で八田の名を呟いた。

今、彼はどうしているのだろうと。
それは想像するに耐えなかった。

八岐大蛇が今八田をどうしているか、それを考えさえすれば自ずとこの答えは出てしまうのだから。

(―――どんな、思いで)

大蛇と身体を繋げているのか。

そう思うと、自然と眉が寄る。

自分自身八田の事を"そう言う目"で見てしまう事があるからこそ解る。
八田を自分のものにしたら、恐らく自分でも理性など何の役にも立たなくなるだろう。

ましてまだ若い八岐大蛇の事だ、八田の身体に配慮して行為が出来るとは思えない。

「痛いって、泣いてるんやろか....?」

ふと脳裏に、大蛇に貫かれて泣きじゃくる八田の表情が浮かぶ。
無理矢理に他人を受け入れ、汚された八田の姿に俺は顔を顰めた。

(....想像したくもない)

けれども自然と八田の事を思えば、思考はそう向く訳で。

考えたくもないのに、今八田が辛い目に遭っているだろう事実から目を背ける事も出来なかった。

(やってられんわ....)

自分自身の無力を突きつけられる様な思いがして、俺は唇を噛む。

「堪忍な、八田ちゃん....」

今、何もしてやれない自分がもどかしい。
本当は今直ぐにでも彼を抱きしめてやりたかった。

「....ッ」

俺は声にならない憤りを噛み殺す。

八田の事が大切だった。
そして、愛していた。

(....俺が教師でなかったらなんて)

そんな馬鹿げた事すら、何時だったかほんの一瞬思ったことがある。

俺は小さく自嘲した。

あの時も、自分でも馬鹿馬鹿しい事を考えたと一人笑ったものだ。
けれどそんな事を考えてしまう位、自分は八田に理性を食い潰されていた。

裏表の無い素直な性格が、真っ直ぐな笑顔が、どれ程俺の内側に潜り込んできたか。
八田自身は知らないのだろう。

(自分でも訳が分からんかったわ、生徒の....しかも男にこないな思いを抱くなんて)

自然と目が彼を追っていた。
彼の一挙一動に顔が綻んだ。

最初はただ、自分の生徒として彼を可愛く感じていただけの筈なのに。
気付けば、彼の身体に触れたいとすら思う様になっていた。

薄く筋肉の付いたしなやかな身体に。
柔らかい頬に。

そっと触れてみたい。
そして彼が驚いた様に見上げる様を見てみたい。
そんな風に考えてしまって。

....それが劣情だと気付いたのは何時だったか。

もしも自分が、大蛇の様に若さの特権とも言えるその激しい熱情を、そして独善的な愛情を持っていたとしたら。
とっくに八田を暗がりに連れ込み、無理矢理押し倒し、口付け、立場もなにも気にせずにあの身体を貪っていただろう。

(その行動で八田ちゃんを傷付けるとしても....)

けれど俺にはそんな事は出来ない。
俺はもう大人で、そんな事をするには色々と見えすぎる。

自分の立場も体裁も、そして彼の感情も。
自由に前だけを向ける程、俺の瞳に映るものは軽くない。

(....いや、ただ臆病なんやろか)

俺は静かに瞳を閉じた。

あぁ、もしも八田が自分を選んでくれるのならば。
望んで俺の傍にいてくれるなら。

必ず俺が彼を幸せにするのに。

「....アホらし」

俺は呟いて再び目を見開いた。

視界に入るのはくしゃりと歪んだシーツのみ。
俺は静かに口元に自嘲気味な笑みを浮かべた。


その刹那。


――――ピピピピピ

「!!」

突如携帯の呼び出し音。

俺は目を見開いて携帯を手に取った。

(こないな時間に....?)

瞬間顔を顰め、俺は目を細める。
それから、その画面に映る名前に俺は瞬間呆然と口を開いた。

「.....尊――――?」

画面には"周防尊"からの着信を告げる文字。

急いで通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

「....尊」

小さく名前を呼んで見れば、酷く俺の声が震えていることに今更気付いた。
小さな携帯を握りしめる。

暗闇の中に、真夜中、震えた響きが木霊した。
俺が目を細めると、携帯の向こうからフッと低く笑う様な声がする。

「よう、出雲....久しぶりだな」

次の瞬間、懐かしい声が携帯の向こうから聞こえた。

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