☆Text-空白の石版-

□第二十章 強者
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【SIDE:猿比古】


正午―――

約束の場所に八岐大蛇は立っていた。

「久しぶり、かな」

八岐大蛇は俺の顔を見て薄く笑う。
彼の隣には高級そうな黒い車が一台、運転手付きで停まっていた。

辺りには人気が無く、車通りも殆どない。
八岐大蛇が、特別閑散とした場所を選んだのが手に取るように解った。

そんな場所で、俺は大蛇と二人静かに向かい合う。
俺は大蛇を、憎しみを込めて鋭く睨め付けた。

自分と同じく、八田美咲を愛してしまった男を―――

「....美咲は?」

俺は低い声で大蛇に尋ねた。
車の中に、運転手以外の人影は見られない。

俺の言葉に大蛇はくっ、と笑った。
紅い瞳が怪しく細められる。

「まさか、ここに連れてくるとでも思ったのかよ」

大蛇はそう囁くと、大きく掌を翻した。

そして肉薄な笑みを浮かべると、俺の傍まで歩を進める。
俺は反射的に身構えた。

(....!)

大蛇は俺の目の前で立ち止まる。
綺麗な深い紅が俺の姿を捉えた。

背は、俺よりもほんの少し大蛇の方が高い。

息苦しい圧迫感が俺を襲った。

(....八岐大蛇)

俺は心中で目の前の男の名を繰る。
瞬間、胸の内の怒りが激しく熱を持っていった。

破裂しそうな位痛ましく心臓が跳ねる。

大蛇はそんな俺を見下ろし、淡く微笑んだ。
形の良い唇を歪めると、静かに囁く。

「ちゃんと美咲のいる所まで連れてってやるから、慌てんなよ....」
「....チッ」

大蛇の言葉に俺は舌打った。

....さっきから余裕の表情で笑いやがって。
こっちは....―――

心中で悪態を吐き掛け、そこで言葉を詰まらせる。

こっちは....

もう一度心中で言葉を繰り返し、悔しさに唇を引き結んだ。
惨めさと苛立ちが一度に胸に押し寄せる。

(こっちは、そんな余裕ねーっつーのに....!!)

心中で小さく呟き、俺は刹那視線を泳がせた。

何故俺を今更になって呼びつけたのか....
目の前の男の真意が解らず、気味が悪い奇妙さだけが場を染める。

「....チッ....早く、美咲に会わせろ」

考えても思考は纏まらず、俺はただそう小さく吐き捨てた。

何はともあれ、美咲に会いたい。
俺には結局それしか無かった。

俺の言葉に大蛇は静かに口元に弧を描く。

「解った、車乗れよ」

大蛇はそう言うと、親指をクイと車に向けた。
それからそっと俺と目線を合わせ、笑みを深める。

「ただし....」

―――目隠しか、それが嫌なら気絶か.....どっちが選べ

大蛇はそう囁き、優しげに微笑んだ。

俺は瞬間硬直する。

(....目隠しか、気絶....?)

そして漸くその意図に気付き、俺は盛大に舌打った。

「チッ....」
「はは、ごめんな伏見猿比古」

大蛇は、俺に道を覚えさせないために―――

車の中からでも、外の景色を見ていれば目的地の有る程度の場所は把握出来る。
大蛇はそれを阻止するために、予防線を張ったのか。

流石に、抜け目無い―――

(チッ....こういう事かよ)

俺はその刹那、ここへ向かう直前草薙先生に言われた言葉を思い出す。

草薙先生の少し揺らいだ声が、脳内に再生された。

『―――ええか、伏見....大蛇と化かし合いしよ何て考えんな....お前じゃ絶対に彼奴には勝てへん』

俺は苛立ちを込めて地面を睨む。
地面を踏みしめる自身の足が視界に映った。

....『勝てない』と、そう告げた時の草薙先生の表情は真剣で、今も鮮明に記憶に残っている。
漸く今になって、草薙先生の言った言葉が骨身に滲みる思いだった。

『化かし合いは頭の出来で勝敗が決まる訳とは違う―――勝敗分けるのは、"悪意の中に身を置いた場数"や』

大蛇は恐らく不良達の中で、対人関係における抜け目無さを俺よりも余程多く身につけている。
周りに素行の悪い悪意を犇めかせ....彼はこの学園を統べる立場に有り続けた。

(....)

対し俺はお人好しの吠舞羅の奴らの中....
そしてその次は、眼鏡ボッチとアンコ女、その他の賑やかな奴らの中....

そんな優しい場所ばかりに身を置いていた。

....俺では、此奴を出し抜く事は出来ない。
胸の内に漠然とした苦い思いが広がる。

(チッ....悪意の中に....か―――)

八岐大蛇、此奴を出し抜ける奴は余程の悪人か、度を超して狡猾な奴だけなのだろう。

「伏見猿比古」
「!」

不意に、大蛇が俺に再び言葉を掛ける。
突然の言葉に俺はビクリと肩を震わせて顔を上げた。

大蛇は静かに俺を見つめながら、微笑む。

「大人しく目隠しされとく?」
「....チッ、早くしろ」

俺はただ肯定するしかなかった。

(....『勝てない』―――)

今更ながらに、じわりと恐怖が背筋に滲む。
まるで、圧倒的な力を前に威圧される様な感覚。

俺は多々良先生が"おまじない"をしてくれた上着の裾をきゅっと掴んだ。
布越しに、掌に美咲のボタンの感触。

(美咲)

その感触に、愛しい人の名前が胸中に満ちる。

そして同時に、嘗て自分から美咲を奪った男の事を思い出した―――

緋色の髪の、無口な男。

(いつも....俺から美咲を奪うのは強い奴だ)

自分がどれだけ足掻いても叶わない、そんな強さを持っている奴。
まるで生まれながらの、王様の様な....

俺はそっと瞳を細めた。
静かに大蛇の車に乗り込むと、後ろから目隠しの布を巻かれる。

(周防、尊先生)

閉じた瞼の裏の暗闇に....燃えるような緋色が浮かんだ。


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その頃の周防尊


男「こちらの草原で飼育されているのは皆素晴らしい品種の駿馬なんですよ!どの馬も皆将来の競馬における有力な―――」
尊(....馬刺)ぐー....




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