☆Text-空白の石版-

□第十九章 おまじない
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【SIDE:猿比古】


―――俺達が、一人だったら

俺は早朝の空気の中、そう心中で呟き小さく息を吐く。

休日。
俺と吠舞羅の奴らは今日も、相も変わらず吠舞羅の部室に集まっては砂漠の中で一本の針を探す様な作業を続けていた。

八岐大蛇によって誘拐された美咲を、俺達の手で取り戻すために。

(....何処にいるんだよ、美咲!!)

俺は心中で叫んで俯いた。
部室の椅子に腰掛けるとぐったりと項垂れる。

そんな俺の様子を多々良先生が少し気掛かりそうに見つめていた。

(どうして)

どうして世界は、いつも俺から美咲を取り上げるんだ?

俺は心中で呟いて、ぎゅっと目を瞑った。
今傍に美咲がいない。
それだけで気が狂いそうだ。

(俺と美咲が一人だったら、良かったんだ)

俺は鈍る意識の中で胸の内に思いを響かせる。

俺と美咲が、二人で一人として生まれてくれば良かったんだ。
どうして別々に生まれてきたんだろう。

美咲と完全に一緒になれたら。
そうしたらずっと離れずにすむのに。

「美咲....!!」
「....猿くん」

俺が愛しい人の名を呟くと、多々良先生が小さく俺を呼ぶ。
ゆらりと顔を上げて多々良先生を見やると、彼の綺麗な顔が優しい笑みを浮かべていた。

「猿くん、大丈夫、何とかなるよ」
「....」

多々良先生は優しく言うと、俺の肩をポンと叩く。
ふと見ると、遠くから草薙先生が俺達の様子を見守っていた。

「....っ!!」

瞬間、息が詰まる。

(そうだ....この場所は、吠舞羅は....こんな場所だった)

いつも馬鹿みたいにお互いを気に掛けてて。
挙げ句の果てに勝手にお互いを仲間だ何だと言い出して。

―――息が詰まるほど、ここは優しい場所だった。

「チッ....」

俺は小さく舌打ちする。
まるで逃げ場のない暖かさが、俺を包んだ。

俺はむず痒さにガタリと椅子から勢い良く立ち上がる。
そんな俺を見て、多々良先生が再び微笑んだ。

その瞬間。

―――プルルルル

「!」

俺の携帯が鳴り出し、部員達の視線が一斉に集まる。

「....美咲....!?」

俺は小さく呟いて目を見開いた。
俺の言葉に、三下が俺をはっと見つめる。

「マジか!?猿!!」

俺のケー番教えたのは美咲しかいない。
間違いない、美咲だ!!

心臓がドクンと跳ねた。
俺は急いで携帯を手にとって画面を確かめる。

そこで俺は眉根を寄せた。
画面に浮かんでいたのは知らない番号。

....美咲のケー番じゃない。

(....間違い電話か....!?)

何だってこんな時に。
ふざけんな抜刀すっぞ。

「チッ―――」

俺は露骨に顔を顰めて盛大に舌打ちする。
その瞬間周りの部員も何かを悟ったように肩を落とした。

俺は苛立ちながらも漸く通話に応じる。

「チッ、はい伏見で....」
『もしもし、八岐大蛇だけど』
「!!」

俺は息を飲んだ。

携帯の向こうから、八岐大蛇の声―――

「八岐大蛇....!?」
『あぁ』

俺は呆然として呟いた。
瞬間、吠舞羅の奴らが一斉に表情を固くする。

草薙先生が表情を曇らせて俺を見た。

「伏見、呑まれんなや」

小声で俺に伝えると、草薙先生は目を細める。

「....!!」
『伏見猿比古、久しぶりだな』

携帯の向こうから八岐大蛇の余裕を滲ませた声。
俺は胸を焦がす苛立ちから舌打ちして声を荒げた。

「チッ....ご託は良いんだよ.....!!テメェ美咲を何処へやった!?」

目の前が霞む。
怒りから五感が澱んだ。

澄んだ思考が練れず、胸の内に憎しみが渦巻く。

(此奴が美咲を.....!!)

俺の美咲を―――

『会いたいかよ?』

不意に、俺の苛立ちを八岐大蛇の冷えた声が打った。
その声に俺は眉根を寄せる。

荒く渦巻いていた憎しみが、予想外の言葉に戸惑う。

「っ、どういう意味だ....」
『会わせてやるって言ってんだよ、美咲に』

「....は」

携帯の向こうから信じられない言葉が聞こえて来た。

絶対に裏が有ると、本能で解る。
けれども、俺はそれでも。

「....決まってんだろ....!!」

それでも俺は、美咲に会いたい。

俺はそう言葉を呟き、浅く息を吐いた。
心臓が高鳴る。
身体中の血が強ばった。

美咲に会えるなら、何だっていい.....!!

『....いいぜ、だったら正午丁度に―――までお前一人で来い』

携帯の向こうで、八岐大蛇のくぐもった笑い声が聞こえる。
俺は告げられた場所を脳内で反芻した。

随分、遠い。

『それじゃあ....待ってる』
「っおい―――!!」

―――ガシャン

一方的な八岐大蛇の言葉と共に、耳の中に受話器を置く音が響く。

俺は携帯を握りしめると、吠舞羅の奴らと顔を見合わせた。

「....洗いざらい説明せぇ」

静寂を切り裂いて草薙先生の声が響く。

再び一斉に部員達の視線が俺に集まった。
俺は一拍躊躇い、それから口を開く。

「美咲に、会いたいかと―――」

俺は八岐大蛇の言葉を一つ一つ彼らに伝えると舌打った。
説明を追うごとに部員達も苦い顔をして俺を見る。

「....俺は、八岐大蛇との約束の場所に行く」

そう締めくくると、部員達が複雑そうに俺を見た。

ここにいる誰しも、八岐大蛇の誘いには間違いなく裏があると感じている。
けれど、俺達には他に美咲へ繋がる手掛かりも何もない。

俺はちらりと二人の教師の顔を見上げる。

草薙先生は酷く渋面しながら、俺を睨め付けた。
多々良先生は目を細めて俺を見据える。

草薙先生が何か言いたげに唇を動かし、それから噤んだ。
苦い顔をして視線を泳がせる。

それからやっと少し小さな声で言い放った。

「....あかん」

草薙先生は苦しそうに言うと、厳しい目で俺を見つめる。

「行方不明者が二人になるだけや」

瞬間、草薙先生の言葉が重くその場を包んだ。
俺は小さく舌打つ。

「チッ....先生」
「....」
「八岐大蛇が、俺を行方不明にしようと思っているなら....とっくにやれてますよ」

俺が言うと、草薙先生はそっと目線を伏せた。

....頭の切れる草薙先生の事だ。
当然そんな事は初めから解っていただろう。

(なら、草薙先生は何を心配して....?)

俺は目を細めて彼を見つめた。
草薙先生の瞳の奥が、暗く沈んでいく様に見えた。

「....猿くん、多分....止めても行くよね?」

不意に多々良先生が口を開く。
多々良先生はそっと俺を見据えて微笑んだ。

「....行かない訳ないでしょう」

俺は小さく返す。
多々良先生は俺の言葉に淡く口端を持ち上げると、静かに俺の傍まで歩を進めた。

「猿くん、上着貸してくれる?」
「....え、何でですか」

にこりと綺麗な笑顔を浮かべる多々良先生に、俺は眉を顰める。
多々良先生は俺の言葉に瞬きすると、再び微笑んだ。

「おまじない」
「は?」

俺が彼の言葉に聞き返すと、多々良先生は笑みを深める。

「上手くいく様におまじないさ。八田のボタン、裏側に縫い付けて上げるよ」
「!」

俺はふと、一つだけ外れてしまった八田のボタンを思い出した。
静かに多々良先生の顔を見ると、彼は優しい表情で俺を見つめる。

「ほら、上着貸して。直ぐに終わるから....」
「....はい」

俺は上着を脱ぐと、預かっていたボタンを添えて多々良先生に手渡した。

その様子を草薙先生が苦々しく見つめる。
それから小さく溜息を吐くと、草薙先生は俺と目線を交わらせた。

「....しゃーないな、絶対に無理はすんな」
「....はい」

俺は頷き、再び草薙先生の表情を盗み見る。
草薙先生は相変わらず苦い表情のまま口を噤んだ。

多々良先生はそんな草薙先生を一瞥し、それから俺の上着を持って部室の奥へと消える。

「猿比古」

不意に、アンナが俺を見上げて声を上げた。
俺は静かに視線をアンナに向ける。

アンナは無口な少女だった。
あまり自分の感情を表に出せないタイプで。

そんな所が、少しだけ自分と似ていた。

「猿比古、気を付けて―――」
「アンナ」

アンナの小さな声が、俺に向けられて空気を揺らす。
アンナの瞳が切なく細められた。
吠舞羅の部員達も同様に俺を見つめる。

(....)

瞬間、目の前の景色が昔と重なって見えた。

俺はそっと顔を背ける。

昔、俺が吠舞羅の部員だった頃。
俺の視界には何時も此奴らがいた。

(それに)

そして、その景色の真ん中には、何時も美咲がいたんだ。

それを思い返すとじくりと胸が痛む。
一人大蛇に囚われている美咲の事を思った。

(....美咲)

美咲は今、何を思っているのか。
....きっと、吠舞羅の事なんだろうな。

俺は再び一同に会した吠舞羅の部員の顔を見渡す。
そしてそっと瞳を閉じた。

瞼の裏には、あの頃の吠舞羅。

(美咲は、きっとこの景色の中に帰りてぇ筈だ)

例え、この景色に俺がいなくとも―――

俺は切なく俯くと、小さく舌打ちした。
色々な感情が俺の中で渦を巻いて。

俺だけを見て欲しい。
俺だけの傍に居て欲しい。

そんな混沌とした感情の渦の中、たった一つはっきりしているのは、美咲に会いたいという気持ち。

(―――会いたい)

俺は美咲を思って、そっと目を瞑った。


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『瞳を閉じればあなたが、瞼の裏にいることで』

未だにこの歌大好きです(^o^)



多「お呪い!」
猿「おのろい....?」
多「おまじないだってば」

猿(アンタが言うと何か....)




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