☆Text-空白の石版-

□第十八章 鎖
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【SIDE:大蛇】


美咲は優しい。

自分よりも他人を大事にするタイプ。
....ちょっと語弊があるか。
友達とか、仲間とか、一度彼の心の敷居を跨いだ相手に対しては....凄く献身的なタイプ。

美咲って仲間の為なら、我が身を削ってでも尽くすんじゃないかな。
きっとそれは、彼がとても愛情深い人だから。

「はい、美咲ドラゴンボール」
「お、サンキュー」

俺は美咲に積み上がった漫画の束を手渡す。
美咲はそれを受け取ると一瞬蹌踉けた。

ふらふらしながら大量の漫画を枕元におく。

「美咲」
「あ?んだよ」

俺は静かに彼の背中に声を掛けた。
美咲は鬱陶しそうに声を上げて振り向く。

俺は彼に笑い掛けながら言った。

「寂しいんだけど、構ってよ」
「はぁ?知らねーよ、漫画でも読んでろ」

「....美咲じゃなきゃ嫌だ」
「....ぁあ?クソ、面倒くせぇ奴だな....」

俺が駄々を捏ねて見ると、美咲は顰めっ面で溜息を吐く。
不満げに俺を睨み付けながら俺の傍まで近寄った。

「で、どーしろってんだよ」
「....」

美咲が言いながら俺を睨む。

(....呼んだら、てちてちやってくる所、何か犬みてぇだな)

俺は心中で呟きながら美咲を見下ろした。
中坊みたいな童顔フェイスが可愛い。

俺はぎゅっと美咲を抱きしめた。

優しい、お人好しの美咲。

「ちょっ、クソ蛇離せ!!」

美咲が腕の中で少し暴れたけど、俺は無視して美咲を拘束した。

お人好しの美咲。
純粋な子供のように真っ直ぐな美咲。

―――そんな美咲が、大事な人に再び裏切られたら....どれ程傷付くだろう?


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翌朝。

俺は眠っている美咲をおいて、早朝静かに外に出た。

(美咲はきっと、俺を必要とする筈だ)

胸の内で呟き、小さく息を飲む。

大丈夫だ。
上手くいく。

俺は自身に言い聞かせると、携帯で部下を呼んだ。
部下を運転席に座らせると、車に乗り込む。

(伏見猿比古....)

俺は車のシーツに背中を預けながら心中で呟いた。

美咲を監禁して、数日間。
美咲と共に過ごした日々は楽しくて、夢のように甘い日々だった。

けれども、どれだけ幸せな瞬間にも、頭の片隅には伏見猿比古の影が映って離れない。

(....そして、それは美咲もそう)

俺はぼんやりと遠くを見据えた。
焦点の合わない景色に目を細める。

美咲はきっと本当は、いつも伏見猿比古の事を考えてる。
もしかしたら俺が伏見猿比古に怯えるよりも、ずっと長い時間、彼の事を考えているのかも知れない。

美咲の傍にいるのは俺なのに、美咲は何時も俺の事なんか見てなくて。
今でも突然伏見猿比古の話をしたりする。
まぁ俺は不快ながらもちゃんと話聞くけどさ。

それに時々俺を通じて、違う誰かを見ている様な目をする。
多分、それも伏見猿比古を見ているのだろう。

(寝言で伏見猿比古の名前呼んでた事もあったな.....)

その時は流石に叩き起こして、一晩中犯し抜いてやろうかと思った。

それを思い出すと、今でも胸が痛い。
心臓がずきんと脈動した。

(....美咲、そんなに伏見猿比古が好き?)

俺は心中で呟いて唇を噛む。

俺はずっと美咲を見てた。

傍にいる時間、ずっと。
だからこそ、美咲が俺を見ていない時はすぐに解った。

(俺じゃダメなの?)

伏見猿比古の存在が、俺に不安を抱かせる。

何時美咲を奪い返しに来るんだろう。
どんな方法で俺を脅かすつもりなんだろう。

小さな綻びから、彼がどんな風に俺を出し抜くか解らない。
それが常に怖かった。

伏見猿比古は絶対に美咲を諦めない。

必ず何時か俺の、美咲との今を壊しに来る。

(始末出来ればいいのに)

俺はぼんやりと目を細めて車から見える景色を眺めた。
景色は一瞬で俺の目の前を駆け抜けていく。

ほんの数秒先は、違う景色だ。

(伏見猿比古が、美咲の中にあれほど深く根を張っていなければ....問題はここまで複雑じゃねぇのにな)

伏見猿比古が美咲にとって何でもない存在だったなら。
もしそうだったら俺はさっさと彼奴を始末して、それで怖いものは何も無くなったんだ。

けれど、伏見猿比古は美咲にとって、掛け替えない人物だから。

(....まずはその絆を壊させて貰う)

伏見猿比古の手で自ら美咲との関係を完全に壊して貰う必要がある―――何時だったか彼にそう言った。

(今がその時だ)

伏見猿比古自身の手で、美咲の心を滅茶苦茶に傷付けさせる。
美咲が自分一人では立っていられない位に。

そして美咲が二度と、伏見猿比古と一緒にはいられない位に。

俺は小さく胸の中で思案し、自嘲した。
愛する人が傷付くのを願うなんて、俺は何て人間なんだ。

(美咲が一人では立っていられないほど傷付けば....)

誰かに縋らなければ生きていけない位にボロボロになったら。

(そうしたら美咲は、俺を一番に必要としてくれるよな)

誰かに"拒絶"されて、心がボロボロに傷付いたとき、人は何を求めるのか。

愚問だ。
他の誰かの愛情に決まってる。

(伏見猿比古に拒絶されたら美咲は)

俺の愛情にすがらざるを得ないだろう。
自ら俺の傍に居たいと望むに違いない。

(きっとそうだ。俺を選んでくれる)

傷付いて、辛くて、一番脆くなった美咲を....俺は優しく手に入れるんだ。

(これで、俺の勝ちだ)

―――それに、伏見猿比古には"前科"があるからな。
この計画には、それも都合がいい。

俺は小さく口端を持ち上げる。
車内から見える窓越しの世界から、朝の日射しが差し込んだ。

それから一時間程たって、コンビニの前に部下が車を止める。

「大蛇様、ここらで宜しいでしょうか?」
「あぁ、サンキュ」

俺は振り返る部下に頷いて見せると、静かに車を降りた。

車から降りると、乗り込んだ時より少し温かい気温に息を吐く。

「....今日は休日だから学校は休みだよな」

俺はポツリと呟いた。

美咲と暮らすようになってから学校はずっと休んでいる。
それだからか、最近曜日感覚が乏しい。

時計を確認すると約8時だった。

(まぁ、起きてる....かな?)

伏見猿比古が超低血圧とかだったらどうしよう。

俺はそんな風に心中で首を傾げると、コンビニの前の公衆電話にカードを入れる。

(まぁいい、寝起きだとしても....すぐに目が覚めるだろ)

俺はポツポツと伏見猿比古の携帯の番号を入力した。
受話器から呼び出し中の音が鳴り始め、俺は口元に笑みを浮かべる。

(伏見猿比古、良かったな....今からお前の大好きな美咲に会わせてやるよ)

心中で俺は呟いて目を細めた。

(そしてお前は、お前自身の言葉で美咲を傷付けるんだ)

そしたら――――

(美咲は自ら俺を求めてくれるだろう)

傷付けられた美咲は、それを埋め合わせられる愛情を求めて。
そして俺の愛を失う事を恐れて。

きっと、俺を求める。

(脅迫だけが....人を繋ぎ止める訳じゃねぇ)

カチャ――――

向こうが電話に出る音。
同時に、不機嫌な伏見猿比古の声が聴こえた。

『チッ、はい伏見で....』
「もしもし、八岐大蛇だけど」
『!!』

―――脅迫だけが美咲を繋ぐ鎖ではない

(これからは、俺の愛そのものが.....美咲を俺に繋ぎ止める鎖になる)

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