☆Text-空白の石版-
□第十七章 パラドックス
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【SIDE:美咲】
セックスの度に、俺は大蛇に彼奴の姿を重ねていたんだ。
縋るような瞳も、揺れた声も。
大蛇は何処か、猿比古に似てて....
「美咲」
「....あぁ?」
情事の後。
ベットの上で息を整えている俺に、大蛇が優しく声を掛けた。
ついさっきまで嬲られていた身体がびくりと痙攣する。
「気持ちよかった?」
大蛇はそっと俺に尋ねると俺の髪に指を絡ませた。
彼の綺麗な紅色の瞳が愛おしげに、けれど何処か儚げに細められる。
(....その目)
俺は瞬間唇を噛んだ。
その目が、彷彿させる―――
「良かった訳ねぇだろ、死ね」
「そうかな、美咲スゲェ気持ちよさそうに喘いでたけど幻聴?」
「っな!!////」
俺が投げやりに答えると、大蛇は俺の身体に腕を回す。
やたら豪華なベットの上、大蛇は裸の俺を抱きしめた。
俺はビクリと肩を踊らせて藻掻く。
肘でぐいと大蛇を退けながら叫んだ。
「っつか!!止めろっ!!触んじゃねぇ!!」
「....じゃー美咲、言ってよ....気持ちよかったって」
大蛇は俺が叫んでも全く怖じる様子は無く、返って首筋に唇を寄せる始末。
大蛇の熱い吐息が首筋に掛かって、瞬間ぞくっとした。
(ちょ、ソコ....巫山戯んなぁっ....////)
大蛇に無理矢理抱かれるようになって、もう何回セックスさせられたか解らない。
けれどその回数の中で、大蛇は確実に俺の弱い所を学習していた。
....むかつくが、首筋もその内の一つだ。
「美咲、気持ちよかったって言え」
「言うかよ、馬鹿!!ざけんな!!////」
俺は大蛇の要求を一蹴するとばっと大蛇を振り払う。
俺は彼の方を向いてぎりと睨み付けた。
大蛇は俺が睨むと、再び静かに目を細める。
「....言ってよ、美咲の口から気持ちよかったって聞きたい」
「っ....!!」
大蛇はそう言うと切なく俺を見つめた。
俺は彼のその表情に言葉を失う。
大概、俺も甘い。
(あーっ!!何でだよクソ!!)
時々、大蛇が凄くボロボロに見えた。
支えてやらないと一瞬で崩れそうに。
大蛇はまるで、不安定に、高く高く積み上げられた積み木みたいだ。
「....」
俺は沈黙してただ大蛇を睨む。
俺が睨むと、大蛇は暫くしてふと諦めたように微笑んだ。
それから俺の頭を自身の胸元に埋めるように引き寄せる。
(わ、ぷ....)
刹那眼前に迫る大蛇の胸。
白い肌に似合わず、こう、以外と筋肉がついてる。
俺は突然の人肌に瞬間動揺した。
心臓がどきりと跳ねる。
「美咲」
「....っんだよ!?////」
頭上から大蛇の声。
切なく名前を呼ばれて俺は彼の顔を見上げた。
大蛇は俺と目を合わせると微笑み、それからゆっくりと唇を動かす。
「美咲、それなら何か欲しいものを言ってよ」
「え?」
大蛇は俺を見下ろしながら優しい声で尋ねた。
俺は彼の言葉に思わず驚いて小さく声を漏らす。
「美咲の欲しいものなら俺、何だって買い与えてあげるよ」
「....」
そう囁くと大蛇はにこりと笑った。
俺は彼の言葉に再び戸惑う。
「何でも....?」
「うん、あ、ただしお金で買えるものにしてね....」
「....」
小さく復唱すると、大蛇は微笑みながらそう返した。
俺はその言葉に苦笑する。
....何だ....そんなら、何もいらねぇよ。
「いらねーよ」
「えっ、美咲....?」
俺がはっきりと言い放つと、大蛇の表情が曇る。
俺はそんな大蛇を見つめながら静かに答えた。
「俺は、金で買えるもの何かいらねぇ」
「....」
俺が欲しいのは、普段通りの日常だけだ。
吠舞羅の奴がいて、ウゼェ猿がいて....
本当は、それだけでいいんだ。
俺が心中でそう呟くと、大蛇は不満げに口を開く。
「美咲」
「はっ、んだよ....金で俺が釣れると思ったのか!?」
「....ああ」
「んだとコラァ!!」
俺が小さく煽ると、容赦なく大蛇に頷かれた。
畜生表出ろテメェ....
「だってさ、美咲....俺金で解決出来なかったものなかったから」
「うぜぇ....」
さり気なくなされる金持ちの宣言。
必死にバイトしてる俺からしてみれば妙に腹立つ言葉だ。
「頼むから美咲、お金で叶えられる要求してよ....ほら、漫画とか好きでしょ?ワンピース全巻買ってくるよ?」
「ん、む....」
大蛇の言葉に俺は瞬間揺れる。
ワンピか....確かにスゲェ読みたいけど。
アレって空島の続きどうなってんだろ....
(いやいや、つーか何で此奴は、俺に必死に何か要求させようとするんだよ....!?)
俺ははっと気付いて大蛇を疑惑の眼差しで見つめた。
大蛇はそんな俺の視線に気付いたのか、きょとんと小さく首を傾げる。
「....クソ蛇」
「何、決まった?」
俺はじっと大蛇を見上げた。
数々の変態を見てきた俺には解る....!!
これは罠だ!!
(絶対俺に恩を売っといて、後でその代わりに何か要求して来るに違いねぇ!!)
....昔クソ猿が珍しく、マック奢ってくれた事があった。
その翌日、それを傘にクソ猿に、コンビニまでエロ本買いに行かされた事は決して忘れない。
俺はぎっと大蛇を睨み付けた。
(あーっ、思い出したらムカついてきた!!絶対旨い話には裏があんだよクソ!!)
「....大蛇テメェ....俺に恩売るつもりだな!!」
「?」
俺は大蛇を睨みながら叫ぶ。
当の大蛇は意味が分からないと言うように毒気を抜かれて呆然としていた。
「あ、後でそれを理由に無茶振りすんだろっ....!!お、俺は騙されねーぞ!!」
「....美咲」
あの日猿比古に行かされたコンビニで、エロ本とこんにゃく買わされて....
こ、こんにゃくはレンジで暖めて下さいって言わされた事....どうして忘れられるってんだ!!
「....美咲」
「....あんだよクソ蛇!!」
「っく....」
不意に、大蛇の震えた声が頭上に降り注ぐ。
俺はキッと大蛇を睨み付けたが、次の瞬間、彼が笑っている事に気が付いた。
「はは、美咲はホント馬鹿だなぁ....」
「なっ....!?」
素直に笑う大蛇の顔は、いつもより少し幼く見える。
大蛇は可笑しそうに笑うと、俺の頭に大きな掌をのせた。
それからくしゃくしゃ掻き回す。
「っば、大蛇....何すっ」
「そんなセコい恩売らなくとも、俺は美咲に何でも言う事聞かせられるじゃねぇか」
「へ....あ」
大蛇に楽しそうに言われて、俺ははっとそれに気が付いた。
言われ、少しだけ俯く。
確かにその通りだ....
「美咲は可愛いなぁ、よっぽどの何かトラウマでもあるのかな?」
「う、うるせーな!!黙ってろ!!////」
大蛇はそう俺をからかって再び頭を撫でる。
俺はカーッと赤くなって、ゴンッと右手で大蛇の胸を叩いた。
大蛇はそれでもまだ笑うのを止めない。
少し荒い息を吐きながら大蛇は言葉を繰った。
「あーウケた。流石総受け美咲。ウケる事に関しては右に出るものいないな」
「そ、"そううけ"って何だよオイ!!」
訳解んねぇ言葉使うな!!
それとも俺が馬鹿だから知らねぇ言葉なのか....?
今度草薙先生に聞いてみよう....
(って、あぁ....無理か)
俺、もう吠舞羅の奴には会えないんだった。
そう思い返すと、瞬間景色が翳る。
胸の内に寂しい炎が踊って、心臓を焦がした。
「あー、美咲って本当に馬鹿」
俺が俯いていると、不意に大蛇が声を上げる。
そっと彼を見上げると、その顔はとても優しくて、瞬間俺は息を飲んだ。
きゅ、と大蛇の俺を抱きしめる腕に力が入る。
「馬鹿だけど....でもそんな所も結局、とても愛おしいんだよ」
「....大蛇」