☆Text-空白の石版-
□第十二章 約束
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【SIDE:美咲】
「俺の世界は灰色だったんだ」
声が聞こえた。
そっと横を向くと、猿比古が俺の隣に座っている。
けれどその姿は今の彼とは違い、髪もまだ男にしては長く、それを無造作に下ろしていた。
(猿....?)
顔立ちもあどけない。
それはよく見慣れた、中学の頃の猿比古の横顔だった。
「生まれた時から、決まってたのかな」
猿比古の形の良い唇がそっと動く。
「俺が俺として生まれたときに、どう生きるのかとか....どんな人間になるのかとか....」
彼はそこまで言うと口を噤んだ。
(猿比古....?)
俺はふと、答えようと口を開く。
....けれども声が出なかった。
(あれ....何で)
言葉が、出てこない。
不意に不安になって俯くと、掌に暖かい感触。
見ると、猿比古の掌が俺の手をきゅっと握っていた。
「猿比古....」
やっと声が出た。
けれど呼んでも彼は俺の方を振り返ってくれない。
瞬間、視界がぶれる。
「....?」
ふと気付くと、猿比古はいつの間にかいなくなってた。
けれど、彼と手を繋いだ感触だけが生々しく掌に残っている。
(え―――)
不意に、再び声が聞こえた。
「美咲、お前だけがこんな俺に―――」
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「!!」
「―――美咲」
目を覚ますと、そこは見慣れない天井。
つーか....天蓋?
「あれ、俺....!?」
不審に思って跳ね起きると、誰かに手を握られていたのに気付く。
はっと振り向くと、そこには淡い微笑みを浮かべた八岐大蛇。
(手....)
「手、お前が握っててくれたのか....?」
「ん?ああ、そうだけど」
俺は小さく彼に尋ねた。
大蛇は小首を傾げると、それからにこりと笑って頷く。
「....」
(....夢の中でも、誰かに)
夢の中でも誰かが俺の手を握っていた、様な....気がするんだけど。
(あれ....誰だったっけ)
朧気な記憶が所々残っているも、それが誰だったのかが思い出せない。
俺は考えながら、目の前の男の顔を再度見直して首を傾げた。
大蛇、此奴だったか....?
(ん、大蛇....?)
俺は彼の名前を胸の内で呟くと、不意に気付いて叫ぶ。
「!!つーか大蛇!!」
「ん?どうした美咲」
はっと気付くと俺は彼をぎっと睨み付ける。
大蛇は愉快そうに笑みを深めて訪ねた。
そういや俺、此奴に玄関先で気絶させられたんじゃねぇか!!
何こんなのほほんと馴染んでんだよ俺!!
「ここは何処だ!?テメェ俺に何した....!?」
「....」
俺は大蛇を睨み付けながら拳を強く握る。
大蛇は瞬間目を瞬かせ、それからくすりと吹き出した。
「え、テメッ...何が可笑し....!?」
「はは、悪い....だって第一声がそれかと思ってたんだけど....お前結構ぼんやりしてたから」
大蛇は笑いながら俺の頭をくしゃりと撫でる。
彼の言葉に俺はカッと顔を赤くした。
「う、うるせぇ!!ちょっと寝ぼけてただけだろ!!////」
「最悪の事態も想定してたのに、美咲は必ずその少し斜め上を行く....流石....バカの名は伊達じゃねぇな....」
「誰が馬鹿だっ!!////」
俺が大蛇の言葉を遮って拳を振るうと、大蛇は相変わらず笑顔のままその拳をすっとかわす。
かわしついでに大蛇は俺に目線をやると、にやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「美咲のパンチなんて当たらない」
「うるせぇ!!態と外してやってんだよっ!!」
大蛇に馬鹿にされたように言われ、俺は益々声を荒げる。
畜生、このウザさ誰かに似てやがる....!!
「っ、とにかく....お前俺をこんな所に連れ込んで...何が目的だ!?俺に何したんだよ....!?」
「何したって....」
俺は大蛇のペースに乗せられないように、ぐっと自分を押さえて訪ねた。
茶番はもういい!
何で俺を気絶させてこんな所に連れ込んだのか説明しろ!!
「ん....そうだな、何したと思う?」
「!?」
質問を質問で返された。
俺は突然聞き返されて戸惑う。
「え、その....」
「....」
大蛇はにやにやと綺麗な顔を愉悦に歪めて俺を見ていた。
俺は瞬間はっと気付いて目を見開く。
「まさかっ....!!」
「んー、何?」
大蛇の意地悪な瞳。
俺はばっとベットから立ち上がった。
ベットの隣に座っていた大蛇が俺を見上げる。
「テメェ!!鏡出せ!!何書いたんだよ!!?」
「は」
俺はぐっと拳を握ると大蛇に迫った。
大蛇の胸元を掴んでぐいと引き寄せる。
大蛇は不思議そうな顔をして俺を見つめていた。
俺はぶるぶる肩を振るわせながら大蛇に叫ぶ。
「ばっ、馬鹿....人が寝てるときにする事なんて一つだろ!!」
「え....」
「悪戯描きしたんだろこのクソ蛇!!」
俺は叫んで大蛇を振り払った。
それから見慣れぬ部屋の中を洗面台を探して走る。
(最悪だ!!畜生何て描かれたっ....)
大体その部屋は高級ホテルとか、そんな感じの部屋で....全面ガラス張りのやたら豪奢な雰囲気の部屋だった。
「....」
後ろから大蛇が微妙な顔で付いてきて、俺の背中に張り付く。
「なぁ美咲....」
「うっせぇまずは鏡だ!!」
まじかよ、とか背中で大蛇が呟くのが聞こえた。
俺は無視して部屋から出るドアの近くに洗面所が有るのを見つける。
「っ....!!」
どんな酷い様になっているかと息を飲みながら鏡を覗き込むと....
「あ、れ....」
何も書かれていなかった。
いつも通りの俺の顔。
「....へ?」
「あのよぉ....美咲の脳味噌ってメロンパンか何かなの?」
ポカンとして振り向くと、後ろには呆れ顔の大蛇。
「まぁ実際何もしてねぇのに意地悪クイズした俺も悪かったけど....幾ら何でもガキっつーか、甘過ぎっつーか」
「は、はぁ!?なんだとテメェ!!」
はぁ、と溜息を吐く大蛇に俺は食ってかかる。
何だよ落書きしてないならしてねぇって言えよ!!
「....可笑しいな、俺の予想だと....『俺が寝てる間に襲うなんて酷いっ!!大蛇の馬鹿ぁ....!!起きてる時に襲えよ!!////』みたいな言葉が返ってくると思ったのに」
「勝手な事言うな!!」
鏡に大蛇の嘲笑が映る。
その下に俺の怒った顔。
....地味に現れる身長差。
つーか、大蛇、デカくね?
此奴幾つだよ....!?
まさか20p差....はねーよな流石に....!?
「美咲ッてほんと童貞のガキだなぁ」
「....!!」
大蛇は再び笑いながら俺の頭を撫でた。
俺はぎりと歯ぎしりする。
それから大蛇の腕をバシンと振り払って叫んだ。
「クソッ....何なんだよテメェはぁあああ!!さっきから俺をおちょくってんのか!!」
「だって美咲可愛いから」
「名前で呼ぶな!!」
俺はぎっと大蛇を睨み付ける。
苛立ちが胸の奥にじわりじわりと降り積もっていく。
畜生何なんだ此奴。
喧嘩売ってんのかよ!!
「っくしょ....お前がそのつもりなら俺もう帰るからな!!」
「!」
俺はギロリと大蛇を睨み付けて言った。
そうだよここが何処か何て関係ねぇ。
俺がとっとと出ていけばいいんじゃねぇか。
さっさと帰って疲れを落とそう。
ここの所は変態(猿比古)とか変人(大蛇)のせいでホントに疲れる事ばっかだ!!
俺はふいと大蛇に背を向け洗面所を後にしようと歩き出す。
すると背中に大蛇の小さな声が掛かった。
「....美咲」
「あぁ?何だよ今更引き留めたって....っ!?」
瞬間、俺の身体は後ろから抱きしめられる。
背中に人肌の温もりが伝わって俺は息を飲んだ。
大蛇の腕が俺の身体を絡め取って、拘束する。
「ごめん....苛めすぎたな、帰らないで」
「....」
最初からそういう態度でいればいいのに。
そりゃ俺だっていてくれっつーなら....
別にいてやっても.....
「帰らないで、ずっと」
「....は」
突然の大蛇の言葉に俺は声を漏らした。
こいつ今、何て.....。
ずっと?
「美咲、ずっとずっとここにいろ.....」
「はっ....!?テメッ...何言って!?」
俺は大蛇の腕を振り払って彼の方に向き直った。
そして俺は息を飲む。
大蛇の瞳が、俺を深く見つめていた。
大蛇は俺を見つめながら形の良い唇でそっと言葉を紡ぐ。
「説明する、ここは俺が親父からプレゼントして貰った....」
「!?」
「....金を元手にFXで稼いで買ったマンション」
「FX!?」
え、えふえっくす?
何だそれ....?
あ、いやでも....
FFがファイナルファンタジーだから.....
多分ファイナルXだ....!!
でも....ファイナルなXってなんだろう。
「ファイナルX?」
「....FXってのは外国為替証拠金取引の事な」
「?」
「えーと、解らなくていいやそんな潤んだ瞳で見るなチワワ」
俺が訳が分からず首を傾げると、大蛇は少し目を細めて溜息を吐く。
オイ、ちょっと口元緩んでんのは何でだ!
馬鹿にしてんのか!!
「とにかく、俺が買ったマンションって事」
「ふーん、マンション買っちまうってお前スゲェんだな....!!」
大蛇がにこりと笑いながら言うと、俺は感嘆の声を漏らす。
俺が素直に彼の事を褒めると、大蛇はそっと俺の手を取った。
「そう?じゃあ安心して俺の所にお嫁に来いよ」
「は?寝ぼけてんのか?」
「....」
俺が一蹴すると、大蛇は笑顔のまま沈黙する。
第一俺男だし。
何で男の俺が嫁になるんだ?
「....まぁいいや。とにかく、このマンションは八岐コーポレーションの管轄下にあるものじゃないからって事」
大蛇は少しの間沈黙していたが、直ぐに再び口を開く。
俺は黙って大蛇を見上げた。
すると大蛇は腰をかがめて俺と目線の高さを合わせる。
....おい屈むな!!
俺が小さいみたいじゃねえか!!
大蛇は俺と目線を合わせると優しく微笑んだ。
その微笑みに、瞬間俺はビクリと身体を震わせる。
優しい微笑みなのに、何処か怖かった。
「美咲は今日から、ここで俺と二人で暮らすんだよ」
「は....」
大蛇の言葉に俺は思わず声を零した。
二人で暮らす?
「俺さ、ずっと美咲の事を見てたいんだ」
「....大蛇」
「誰にもお前を見せたくない」
大蛇はさっきまでの巫山戯た調子とは違う、真剣な声色で俺に囁いた。
大蛇の深紅の瞳が、再び俺を捉える。
「美咲、ここでずっと俺だけのものになって」
「....っ」