☆Text-空白の石版-

□第十章 冷たい掌
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【SIDE:美咲】


「猿比古....」

家に入り、扉を閉めると俺は小さく呟いた。
頭の中には、彼の姿ばかりが浮かぶ。

(あぁクソっ....何で俺が猿の事なんて考えないといけねぇんだよッ!!)

俺は心中で叫んで頭を抱えた。
靴を適当に脱ぎ散らかしてかがみ込む。

猿比古と今日一緒に帰れて、嬉しかった。
昔みたいに喋れて、嬉しかった。

(何より、今でも.....)

今でも、あの頃みたいに隣を歩けることが解って、嬉しかった。

「猿比古....」

心臓がトクンと鼓動を刻む。

ほんの少し前までは、それが当たり前だったのに。
当時は....当たり前すぎて、猿比古の存在の大きさには全然気付かなかった。

今になって、あの頃の自分が幸せだったのだとつくづく思い知る。
....馬鹿ばっかやってたけど、猿比古と一緒にいるのはやっぱり楽しかったな。

「でも、あの時間は....もう帰っては来ないんだよな」

あの日々は思い出として美しく残るも、いつの間にか泡の様に消えてしまった。
過去だけは、どうしても繋ぎ止めてはおけない。

「....」

でも、それなら。

(また新しく、彼奴との日々を作っていけば....いいんだよな)

小さく丸まった身体には、まだ先程猿比古に抱きしめられた温もりが残っている気がした。

(猿比古....)

俺は心中で呟いて、立ち上がると、寝室に向かう。
荷物を放り投げ、自分はごろりとベットに横になった。

制服がくしゃりと歪む。

「ん?」

ふと気付いて制服の胸元に目をやると、一番上のボタンが一つなかった。

「っああ!?取れてやがるっ....」

今朝までは確かに付いてたのに。

(まさかクソ猿が....)

一瞬また盗難かと思ったが、はっと気付いて俺は思いとどまった。

そう言えば、今日は猿比古と保健室であんな事をしたのだ。
名前を言ってはいけないあの行為だ。
アレをしてしまった訳で。

そりゃ、ボタンの一つ位取れても可笑しくはない。

「....」

もしかしたら、保健室に俺のボタン....落ちてるかも。
今度多々良先生に聞いてみようか。

(あーあ、クソ猿....面倒増やしやがって....)

俺は倦怠感から、くたりと肢体の力を抜いた。

今日は、色々な事があって、そろそろ俺の身体も心も限界だ。

(ああクソ....疲れた....)

ゆっくりと意識が疲労に飲まれて薄れていく。
身体が泥の様に暖かく重たくなっていった。

....その瞬間。

――――ピンポーン

「!!」

不意に呼び鈴が鳴って俺は飛び起きた。
眠りに落ちようとしていた身体が急に起こされて悲鳴を上げる。

「ったく....誰だよ....」

(猿が戻ってきたのかぁ....?)

そんな事を考え、俺は不機嫌に舌打ちした。
それから顔を顰めつつも急いでドアの元まで向かう。

(折角寝ようとしてたのに何だってんだよ....)

「んだよ、クソざ....」
「やぁ、美咲」

(あれ、猿じゃねぇ....?)

ドアを開けると猿比古のものではない、聞き慣れない声。
不思議に思い顔を上げると、そこには淡い微笑みを湛えた八岐大蛇がいた。

「大蛇!?」
「はは、来ちゃった」

俺は驚きから目を見開いた。
何でいきなり大蛇が?

つーか、アレ、此奴.....

「大蛇、俺の家知ってたのかよ?」
「....ん、美咲の友達に聞いた」

友達に聞いたって....。
誰が教えたんだよコレって一応個人情報って奴じゃねーのか....

(俺の家知ってるっつーと....鎌本かアンナ辺りか....?)

俺は戸惑うも、相変わらず大蛇は緩い笑みを浮かべて俺を見つめている。

「ん、まぁいいけど....何の用だ?」

俺は若干引っかかりながらも、ちらりと大蛇の方を見上げて尋ねた。
大蛇は微笑むと、顔を上げた俺の頭にそっと掌をおいて優しく撫でてくる。

オイこら、ガキ扱いしてんじゃねぇ!!

「....美咲に会いに来た」
「....ん、そうか....」

つまり遊びに来たって事でいいのか?
まぁダチが家に突然遊びに来るなんて、猿比古で慣れてるしな。
良くある事....か。

『....チッ』

不意に、猿比古の声が脳内に木霊した。

(!)

そういや、猿比古が大蛇の話、してたな....。

『美咲、八岐大蛇って....知り合いか?』

そう聞いた彼の顔は、何処か険しかった。

「....」
「どうした?美咲....」

俺が黙っていると、大蛇が不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
大蛇の長い睫毛が、俺の顔に近付いて来る。

(....大蛇)

「悪い、何でもねーよ」
「ん、そう....それならいいんだけど」

大蛇はそう言ってふわりと笑った。
そして、そっと俺の手を取る。

「!?」

その瞬間、俺は再び目を見開いた。

(大蛇の手....冷た....っ!?)

まるで底冷えする氷だ。

大蛇はその冷たい手の平で俺の手を優しく愛撫する。
その度、その手の冷たさに俺はビクリと身体を震わせた。

「大蛇、お前....ずっと外にいたとかか?すっげぇお前の手....冷たい」
「ん、あぁ....ごめん」

俺が怪訝に思ってそう零すと、大蛇は小さく謝って俺の手を離した。
それから、ふと黙り込む。

(大蛇....?どうしたんだ....?)

俺が困惑していると、大蛇はゆっくりと俺に目線を合わせた。
そして、切ない声で小さく呟く。

「....ずっと、見てたから」
「え?」

見返した視線の先には、吸い込まれるような深紅。
大蛇の瞳は深く、何処までも俺を捉えていた。

「....美咲」
「みづ、ち....うわッ!」

不意に、大蛇に抱きしめられる。
猿比古よりも少し背の高い大蛇の腕の中に、俺はすっぽり収まってしまう。

「美咲、見てたんだ、ねぇ」
「?おい....お前...」

「ずっと美咲を見てた.....」
「.....!?」

痛い。
大蛇の腕に力が籠もる。

身体を締め付ける様に、大蛇の腕はますます俺を強く抱きしめた。

(見てた....って....?)

まるで、縄に縛られた様に、俺は大蛇の腕から抜け出せない。

「でも、美咲、美咲の隣には....また彼奴が」
「あ、彼奴....?」

大蛇の切迫した声が俺の身体に降り注いだ。
心臓が、ドクリと早鐘を刻む。

その瞬間、俺の身体に刹那冷たい感情が走り抜けた。

――――怖い

一瞬だけ、この男を怖いと思う。

「伏見猿比古だよ、美咲....」
「!!」

瞬間、俺の身体は大蛇の腕から解放された。
支えを失った身体が大きく揺らぐ。

(....猿比古....!?)

不意に、大蛇の口から猿比古の名が出て、俺は動揺した。
どうして、大蛇の口から猿比古の名前が?

「お前ら....一体?」

俺は呟いて、咄嗟に大蛇を睨み付けた。

猿比古の口からも、大蛇の口からも、お互いの名前が出る。
二人の間に一体何が....?

俺に隠してるだけで、二人の間には何かあったりするのか?

「美咲、ねぇ....今日さ、伏見猿比古のお見舞いに行って上げたんだって?」
「は....っ!?」

何で、それを此奴が知ってるんだよ!?

「大蛇、お前....何でそんな事....知って」
「見てたんだよ」

大蛇の言葉に、不意に世界が凍り付いた。
そして、俺は目を見開いて彼の顔を凝視する。

八岐大蛇―――
目の前の男が、今や巨大な蛇に見えた。

「見てたんだ、美咲」
「は....」

「俺にはね、沢山の目があるんだよ」

目の前の蛇は浅く笑う。
俺は凍り付いたまま、動けなかった。

「学園の中にも、こんな町中にも....」

―――俺は、八岐コーポレーションの社長の一人息子だから。

そう言うと、大蛇は切なく瞳を細めた。

「俺が一声掛ければ、百人の人間が俺の目になってくれる....」
「.....っ」

大蛇は言うと、一歩俺との距離を詰めた。
俺もそれに合わせて一歩後ずさる。

「でも誤算だったな、学校から美咲が出て来たら直ぐ確保するつもりだったのに」
「....大蛇」

(確、保....?いや、それより....)

全部、見られていた.....?

此奴、ヤバイ。
本能が警笛を告げた。

「そう、美咲が学校から出て来るの....俺ずっと待ってたのに.....伏見猿比古と一緒に出て来るんだもんな」
「....」
「そしたら部下からさぁ、二人が保健室で長時間二人きりだったって....報告を受けたんだ」

そう呟いた瞬間、大蛇の瞳が険しくなる。

俺はその鋭い双眼に射竦められて、瞬間身構えた。

その眼差しはまさしく獲物を見据える蛇。
瞳は紅く血色に燃え上がった。

「美咲―――俺の美咲なのに」

大蛇は小さく震えている。
その整った顔は、怒りに歪んでいた。

「大蛇....!!」

俺は呟くと、瞬間躊躇って唇を淡く噛む。
恐怖心が心臓をぎゅっと掴んだ。

それから俺はぐっと拳を握ると、目の前の男をきつく睨み付ける。

「俺の事、見てたってどういう事だよ....」
「そのままの意味だよ、美咲の行動は四六時中俺が把握してたいからね」

「....それが、何でだって聞いてんだ....」

俺はいつぞやに不良に囲まれた時を思い出した。
自分よりもよっぽどデカい奴らに囲まれて、俺は其奴らを睨み付けて.....。

猿比古と一緒に、そいつらをボコボコにしてやった。

「美咲の全てが欲しいんだ」

大蛇は静かに言った。
俺は想像もしなかった言葉に、目を見張る。

「は....全、て?」
「御子様な美咲には解らないかな。....美咲の生きている瞬間、一日一日....その全てを共有したい」

不良に、敵に囲まれたとき.....
あの時、隣には猿比古がいた。

「美咲、美咲の全てを俺のものにしたいんだ。だから、ずっと、ずっと....美咲を見ていたい」
「.....!?」

けれど今....俺は、一人――――。

ビリッ―――

衝撃が走った。
下腹部に一瞬のうちに電流が流れる。

「ガッ....!?」

俺は小さく声を漏らして大蛇の腕の中に崩れ落ちた。
ショートする意識の最中、大蛇の恍惚とした声だけが響く。

「やっと解ったんだよ―――きっと、これが愛するって事なんだろ」

愛してる、美咲。

暗闇に、大蛇の声が融けていった。
そこで、俺の意識は途切れた―――


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漸く更新できたと思ったら大迷走。
これヤンデレ注意って書かなくて大丈夫かな....何か不安になってきた\(^o^)/

某深夜42時アニメのユ●ルみたいにならないようにせねば....。
ユベ●好きだけどさ....。




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