☆Text-空白の石版-

□第一章 日常
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【SIDE:美咲】


「ちーっス、草薙先生」
「おぅ、八田ちゃんか。待っとったで」

俺は普段より一時間程遅れて部室に入った。
顧問の草薙先生が、爽やかに笑いながら俺を迎える。

「えらい遅かったなぁ」
「い、いやー....ちょっとヤボ用で」

草薙先生の言葉に俺は言い澱んだ。
だって正直に言ったらすげぇ格好悪いし....。

そんな俺を見て、草薙先生は苦笑した。

「誤魔化さんでええよ。アンナと鎌本から聞いたで、八田ちゃん成績悪過ぎて補習やったんやて?」
「うっ....知ってたんですか....?」

草薙先生の優しい笑顔が逆に心に痛い。
俺は少し落ち込んで俯いた。

そんな俺に、草薙先生は明るく言う。

「まぁ、まぁ、また勉強見たるから....元気出し」
「....ハイ、何時もすんません」

草薙先生は基本優しい。
イケメンだし。

生物の先生だから、専門は生物だが、大体他の教科も出来る。
俺は何時も草薙先生に勉強を見て貰ってた。

「じゃ、ほら座り。そんで解らんとこ言ってみ?」
「え!?今からまた勉強っすか!?」
「当たり前や。吠舞羅のメンバーたるもの、赤点はあかん」

いくら赤が部活カラーでもな。

草薙さんはそう続けながら、俺のいつも座ってる席を指差す。
俺は逆らえず、渋々席に着くと教科書を広げた。

"吠舞羅"ってのは、俺達の部活の通称名。
基本的に活動内容は自由だけど、たまに炎を使った実験とかする。
アンナや鎌本も、俺と同じく吠舞羅の部員だ。

一応正顧問は俺の最も敬愛する人物である周防尊先生だが、訳有って今は有給を取っているらしい。

草薙先生曰く、「尊はジャングルの奥地で虎と戦ってるんや」との事。
尊先生マジかっけぇ!!

その為事実上、厳密には副顧問の草薙先生が正顧問として俺達の面倒を見てくれてる。

「んじゃ、取り敢えず生物....」
「おぅ、何処や?」

草薙先生には本当、頭が上がらねぇ。
俺は心の内で小さく呟いた。

「この....自家受精とか、そん時の配偶子とかがさっぱりっス」
「あぁ、八田ちゃんが嫌いそうな所やな」

俺の開いたページを見て、草薙先生は苦笑する。
それからそっと俺の顔を見ると、静かに言った。

「あんな、八田ちゃん。こう言うのはイメージや」
「い、イメージっすか....!?」

草薙生物はすっと白い紙を俺の眼前に広げる。
そして鉛筆を一本持ってくると、俺に目配せした。

俺は緊張した雰囲気に、ごくりと唾を飲む。

「まずこの花の遺伝子をAaBbとする」
「....」

草薙さんは静かな声で言うと、紙にさらさらとAaBbと書き込んだ。

「イメージ出来るか?」
「....いまいち」

俺は目を細めて紙を睨む。
だってただのアルファベットが並んでるだけだし。
何をイメージしていいのか解らない。

「じゃ、まずこれな。Aを伏見、aを中学生伏見、Bを八田ちゃん、bを中学生八田ちゃんとする」
「!?」

草薙先生はにこやかに言いながら紙に俺と猿の四人の絵を書き込んだ。
何気に絵心が有るのがまた気になる。

「で、花は家とする」
「家....?」

草薙先生はさっき描いた俺と猿の絵を四角で囲った。

「これで準備完了や」

草薙先生はにこりと綺麗な笑顔を浮かべて俺を見る。
俺は少し困惑しながらも、草薙先生に食って掛かった。

「何で俺と猿なんすか」
「一番分かりやすいやろ」

草薙先生はあっさり言ってのけると、俺の頭にポンと手を置く。

「あ、またガキ扱いして....っ」
「まだまだ子供やろ」

俺は草薙先生を上目遣いに睨むとむぅと剥れた。
草薙先生みたいな格好いい大人に早く成りたい。

勿論高身長の大人な!

「ほら八田ちゃん、次いくで。次は配偶子や」
「....う、俺これが苦手で....」
「大丈夫や、安心し」

草薙先生は再び四人のイラストに目をやると、トントンと指差した。

「つまりはこの四匹で二人組作るって事や」
「二人組っすか?」
「そうや、やってみ?」

えぇと。
まずは猿比古(大)と俺(大)の組み合わせ.....それから....

あれ、今草薙先生四"匹"っつった?
何気に人間扱いされてなくね?

草薙先生ぜってぇ俺の事犬か何かだと思ってるだろ。
あ、猿比古は言わずもがな猿な!

「八田ちゃん、出来たか?」
「うわ!!////」

俺は突然声を掛けられ、上擦った声を上げた。

「す、すんません.....えっと、猿&俺と中学猿&中学俺の組み合わせと、猿&中学俺と中学猿&俺の組み合わせ、最後に猿&中学猿,俺&中学俺の組み合わせ....で全部っすよね?」
「うん、よう頑張ったな八田ちゃん!」

草薙先生は再び俺の頭を撫でる。
やった、誉められたじゃねぇか!

「でもなぁ八田ちゃん、こん中な....実は組み合わせにならん奴がおるんや」
「え!?あれじゃダメなんですか?」
「そうやなぁ、残念だけど.....猿&中学猿はペアにならないんや」

草薙さんは俺が紙に書き出した猿と中学猿の絵に薄く罰を付ける。

「何でっすか?別にいいんじゃ....」
「伏見は八田ちゃんと組みたがるやろ」

俺が疑問を口にしようとすると、草薙さんの言葉がそれを遮った。

何だその理屈。

「じゃ、俺&中学俺は.....」
「八田ちゃん同士でペア組んだら必然的に余り物の伏見同士でペア組む事になるやろ。それだと伏見が嫌がるから無しや」
「猿が嫌がろうと知るかよ!!」

俺は思わず叫んだ。
第一何で俺が猿何かと組まなきゃいけねぇんだ。

「それに、だったら俺も猿と組むの嫌だから俺&猿のペアも無しにして下さい!!」
「それはアカン」
「何でですかっ!!」
「大人の事情や」

草薙先生.....。
そんな大人の切り札、狡いっスよ。

「....」
「ま、続きや続き!つまり配偶子は猿美,猿,美,猿美の四パターンって事や」

「うーん、まぁ....解りました」
「そんでな、コイツらが新しい家に引っ越すのが遺伝や。絵で言うとな.....ん?」

トントン――――

草薙先生が言い掛けた時だった。
不意に部室のドアを誰かが叩く音がする。

「?はい、開いてますよ」

草薙先生はドアの方に声を掛けると、すっと立ち上がった。
見ると、うっすら開けられたドアからは多々良先生がチラリと顔を覗かせている。

「あー....草薙先生....ちょっと話が」
「!」

多々良先生の弛い声が部室内に響いた。
途端、草薙先生の顔色が変わる。

「っと、ごめんな八田ちゃん、続きは今度な」
「へ?あ、先生、ありがとうございました」

俺は一瞬気の抜けた声を漏らした。
草薙先生は神妙な顔をして多々良先生に歩み寄ると、小さな声で囁く。

「彼奴か?」
「うん、そうだよ」

草薙先生の問いに、多々良先生は相変わらずゆったりとした声で答えた。

一見何時もの多々良先生に見える。
けれど、態々相談しに来たくらいだ。
恐らく重要な話何だろう。

不意に多々良先生が再び口を開いた。

「.....何かね、彼、一週間前にまた何か喧嘩してたらしくて.....」
「!多々良センセ、ちょいここでは....」

多々良先生の言葉を草薙先生はそっと遮ると、静かに多々良先生の背中を叩いて外へ向かわせる。
それを合図に、二人は連れ立って部室を後にした。

「出雲先生....どうしたのかな」

その様子を見てか、先程まで静かに本を読んでいたアンナが、俺のすぐ隣まで駆け寄ってきて呟いた。
それに便乗し、鎌本も俺の傍に寄る。

「何か草薙先生の表情が暗かったっスよね、八田さん....」
「ん....」

俺に聞くなよ。
俺にも訳解んねぇし....。
見ると、他の吠舞羅の部員も不思議そうな顔をして草薙先生が出ていった扉の方を眺めていた。

「ま、考えても解んねぇもんは考えてもしかたねぇよ」

俺は鎌本の方に向き直ると、出来るだけ明るく言って見せる。
吠舞羅のみんなの不安そうな顔は余り見ていたくなかった。

「難しい数学と一緒でさ!」
「八田さん.....」

鎌本は俺の言葉に瞬間目を瞬かせる。
それから明るく笑った。

「まぁそうっすね、気にしてもしょうがない.....でも数学は頑張らないとですよ」

ただでさえ八田さん、赤点ギリギリ何だから。

「んなっ!?テメっ!!////」

鎌本が笑いながら返すと、俺も軽く鎌本に突っ掛かりながら笑って言葉を返した。

他の吠舞羅の部員達も、俺達につられて笑う。

あぁよかった。
何時もの吠舞羅だ。

気が解れたのか、もう皆それぞれ何時も通りの調子でとりとめのない談笑を始めている。
しかしそんな中、アンナだけがまだ少し気を張っている様な表情をしていた。

よっぽど気になったのだろうか。

「ま、草薙先生がいねぇと解るもんも解んねぇし....今日の勉強はここまでだな」

そんな中俺は一人呟くと、広げていた生物の教科書を手にとってパタンと閉める。

それからそれを仕舞おうと鞄を開けた時だった。

「あ、れ....?体操服は?」

俺は鞄の中のものが足りない事に漸く気付く。

「!?」
「あ」

俺の言葉に鎌本が目を見開き、アンナが小さく声を上げた。

「ん、っかしーな....体育の時は確かに有ったのに....?」

俺は鞄の中をガサガサ漁りながら首を傾げる。
そう言えば、さっき教科書取り出すときにも無かったな。

「八田、私解る....知ってるかも」

俺の様子を見て不意にアンナが口を開いた。
俺は目を瞬かせてアンナを見る。

「え?」
「さっき、廊下で猿比古とすれ違って....その時に『返して欲しければ俺の所まで取りに来い』って八田に伝えて欲しいって言われた」

「!?」

犯人確定。

俺は驚きから肩を震わせた。
そしてじわじわと怒りが込み上げてくる。

「猿....っ!!」
「ごめん、八田。何のことか解らなくて忘れてたけど....」
「猿比古ぉおおお!!」

「アッ八田さーん!!」

俺はその時にはもう部屋の外へ飛び出していた。

後ろで鎌本がぼそりと呟くのが聞こえる。

「―――猿、とうとう....」

続きは聞こえなかったが、鎌本の言いたいことは解った。
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