☆Text-空白の石版-
□序 章 彼の世界
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【SIDE:大蛇】
「やっちまいな」
暗い空間に俺の声が響いた。
大勢の俺の部下が、一斉に相手方に飛び掛かる。
飛び交う暴力と怒声の中、俺は一人、この醜い世界に辟易していた。
(つまんねぇ)
S高の不良も、こんなもんか。
勝負は簡単についた。
俺達K学園の不良は、力でも数でも、S高の不良どもを完全に圧倒している。
薄汚い廃ビル内に、S高の不良達が次々倒れていった。
「コイツ、どうします?大蛇さん」
不意に、ただ眺めるだけだった俺にも声が掛かる。
俺の部下の声だった。
見ると、S高の不良のリーダーをやっていた男が、俺の部下達に取り囲まれて震えている。
(....)
俺は溜め息を吐いた。
俺は気だるい気持ちを抑え、静かに男に近付いて囁く。
「どうします?もうアンタの仲間居ませんけど」
冷たく見据えれば男は恐怖を瞳に浮かべて、俺を見上げた。
それから、媚びへつらう様に卑しい笑顔を張り付けて乞う。
「お、俺が....悪かった、助けてくれ」
俺は閉口した。
何て惨めな男だろうと、憐れみすら覚える。
「調子良い事言いやがって」
俺の部下の一人が、男に野次を飛ばした。
「テメェらから喧嘩吹っ掛けて来たんだろぉが」
部下は低い声で吐き捨てるように続ける。
男は瞬間血の気の引いた様に蒼白になった。
それから、再び俺にすがる様な目を向ける。
ちょ、こっち見んな。
「何でもする....頼む、見逃してくれ....!!」
男は震えながら俺に赦しを乞った。
俺は再び冷たく男を見下ろす。
正直な話、俺的にはコイツなんか別に放置でも良いんだけどね。
でもそれじゃ、俺の手足が納得しないから。
「何でも?」
俺は静かな声で聞いた。
「何でもだ!!何でもする....!!」
男はぱっと瞳を輝かせて俺の言葉に頷く。
それを見て部下達が浅く笑った。
俺が何を言うか、見当がついたらしい。
「それなら、見合うものを捧げて貰おう」
俺は男と目線を合わせると、部下達が予想したであろう言葉を言った。
その瞬間部下達の顔が、刹那緊張して硬くなる。
そして部下達は、男に視線を集めた。
「見合う、もの....?」
男は復唱すると、俺を再び見上げて尋ねた。
「何を差し出せば良いんだ....?」
俺は男の脆弱な態度に、薄く微笑む。
そして、男に視線を合わせて問い返した。
「逆に問おうか、お前は何までなら捧げられるのか」
俺は目の前で縮こまる大男の眼前に迄、歩を進める。
この男に反抗の意思がないことは、目を見れば明らかだった。
「足はどうだ?」
俺は囁くと、そっと男の足に視線をやる。
「!?」
男は目を見開くと、ガタガタ震えだした。
必死に首を左右に振って見せる。
「そうか、足は嫌か。なら、利き腕で勘弁してやるよ」
なぁ、お前ら。
俺は部下達に声を掛けると、微笑んだ。
部下達は肉薄な笑みを浮かべながら、賛同の声を上げる。
男は再び真っ青になった。
みっともなく身構えると、涙目で叫ぶ。
「止めてくれっ!!た、助けてくれるって言ったじゃねぇか!!....約束が違うだろうぉ!!」
「....約束、ね」
俺は男の言葉に嘲笑した。
本当に、"お前ら"はなってない。
浅学が言葉の端々に滲み出ている。
第一、助けてやるなんて言ってない。
「俺がいつ、約束なんてした?」
「――――っ!?」
俺が返すと、驚嘆からか男は目を見開いた。
こんな事に驚嘆するお前に驚嘆するわ。
「勘違いするなよ。"約束"ってのは....対等な立場の者同士がするものだ」
俺は冷やかに言うと、苛立ちから男の腹に一撃蹴りを入れてやる。
男は苦しそうに呻いた。
「クズにも解るよう、解りやすく言ってやるよ」
俺はにこりと笑ってみせる。
何故か、奇妙な程にその場は静かだった。
「優しい俺達から、最後の施しだ―――俺達に喧嘩売った落とし前つけて....ここで俺達全員に袋にされるか、俺の言うものを捧げるか......選ばせてやる」
男はガタガタ震えると、とうとう座り込む。
「――――何だ!?何を渡せば良い!?」
コイツ.....砂にされる覚悟もなく、良く俺達に喧嘩売ったもんだ。
何かコイツ憐れ過ぎて面白いな。
俺は心中では暢気にそんな事を考えながらも、表には出さなかった。
今は、K学園の不良のトップとして....それらしく振る舞う。
「....なら、お前の"仲間"を貰おう」
「え....?」
俺はそっと言い放った。
「等価交換って奴だ」
そしてにこりと笑って見せる。
「アンタの代わりに、アンタの仲間を砂にします」
俺が言い終わると、男はポカンと口を開いて俺を見据えた。
「それで良いなら、俺達はアンタに一切手も足も出しません....あ、勿論アンタが俺らに楯突いたら別だけど」
「.....はは」
俺が言い終わると、男は下卑た笑いを浮かべた。
そして、心からの安堵を浮かべて笑う。
「好きにしろよ!!あぁ、飲んだよ、その条件!!彼奴らの事は好きにすればいい!!」
男の声が、暗い空間に響き渡った。
それと同時に、固唾を飲んで見守っていたS高の奴等が息を飲むのが聞こえる。
「そうか、なら....お前を見逃してやる」
俺は冷やかに言った。
そして、部下達に向き直る。
部下達は皆、嫌悪を露にして男を見ていた。
俺は、部下達に声を掛ける。
「S高の奴らをこれ以上ボコりたい奴、好きにしな」
俺は静かに言うと、踵を返して出口へ向かった。
「それ以外は、帰るぞ」
そう言うと、もう振り返らず、出口へと歩を進める。
俺の後ろに、部下達がついてくるのを感じた。
「え....」
背後に男の呆然とした声が聞こえる。
男はきっと随分な間抜けな面をしているのだろう。
何故俺達が引き上げたか、解らないだろう。
簡単なことだ。
興味を失った、それだけ。
「彼奴、馬鹿だな」
部下の一人が呟いた。
「俺達にボコられなくても....あれじゃ、自分の仲間達に袋にされっだろ」
俺はクスリと笑う。
良く解ってるじゃないか。
そう、俺は"等価交換"って言ったもんな。
俺達にやられるか、元仲間にやられるか....どちらも結果は同じことだ。
俺は薄く笑った。
この世界は醜い。
あの男だけではない。
この世界の人間は全て皆そうだ。
勿論、俺も例外ではない。
誰しも皆、自分が一番可愛いのだ。
(会ってみたいね)
俺はやるせなくなって胸中で呟く。
(自分より、誰かを愛せる奴がいるならさ)
俺はある種の諦めを抱いて、瞳を閉じた。
もう、こんな世界見たくもない。
―――俺は、世界に希望を失っていた。
しかし、そんな俺にある少年が光を教えてくれる事になる。
その少年に出逢ったのは、この日から丁度一週間ほど後の事だった。