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□夏の幻
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※猿比古視点
夏には子供じみた輝きがある。
今ならそう思う。
キラキラ光って、光って、しかしその宝石は価値に気付かれる事なく何れ夏の熱量に融かされていく―――
「猿比古」
「ん?」
中学生の頃のとある夏休み。
美咲は俺の家に泊まって俺の布団を占領していた。
半袖に短パン姿という何とも扇情的な格好で。
「あのよぉ、ここのボスが全然倒せねーんだけど」
美咲は俺の欲には一切気付かず、携帯ゲーム器の画面と睨めっこしながら俺にそう声を掛ける。
瞬間、美咲の露出した生脚につっと汗が伝って、俺は小さく唾を飲んだ。
「そこは、ほら、上ジャンプすんだよ」
「ジャンプ?こーか?お!!!攻撃効いた!!」
俺はゲームの画面を覗き込み、美咲にぼそりと指示を出す。
美咲は俺の言葉通りに画面の中でジャンプして見せた。
ジャンプに続く斬撃で、敵の頭部へ攻撃を仕掛ける。
攻撃がヒットすると、美咲は素直に歓声を上げた。
(現実でもこの位扱いやすければいいのに)
俺はそんな単純な美咲を見やりながら小さく内心で呟く。
というか、俺がいるんだから、俺に構えよ。
ゲーム画面ばかり見ている美咲に若干の苛立ちを覚えながらも、この状況なら美咲の横顔を至近距離で眺められるという旨味もある。
俺は内心で2つを計りに掛けながらも、結局は何も言えないでいた。
「あっ、ん、クソッ!!っあ、よっしゃ!!いった!!!」
「....」
横から覗き込む美咲の表情は真剣そのもの。
こんなくだらないゲーム一つに夢中になる美咲に呆れるものの、その眼差しは嫌いじゃなかった。
(美咲の、横顔....)
俺は此奴が好きなんだろうか。
美咲の艶っぽい唇を眺めながら俺はそんな事を思う。
美咲の興奮して少しピンクに染まった頬が、とても柔らかそうに見えて、幼い熱が俺の胸の内に沸くのを感じた。
(この感情は....?)
目を細めて見る美咲の表情はくるくる変わっていく。
喜んで、悲しんで、吃驚して、大声あげて。
まるでその表情は灼熱の太陽の下で、風に熱に揺られてたゆたう水面の光の様。
キラキラしている。
そう形容するのが一番しっくりくる。
「あっ、よっしゃああ!!!倒せた!!!!」
「....」
俺がそんな事を考えながら彼を見つめていると、美咲は突然大声を上げてガッツポーズを取った。
色気はない。
「やったぜ!!猿!!見た!?」
「見た見たよかったな」
「おうよ!!ありがとな猿!!」
見てたのは美咲だけど。
言いたかった言葉を呑み込んで、俺は上辺に笑顔を貼り付けた。
目の前のキラキラした笑顔と比べて、俺の表情はどれだけくすんでいた事か。
俺が適当に彼の言葉を受け流すと、美咲はそのままの笑顔で俺に抱きつく。
「へへ、猿も頭から攻めれば落ちんのか!?」
「は」
ぐっと美咲の腕が俺の頭を囲う。
それから、美咲の胸板に俺の鼻先が押しつけられた。
(!?)
目の前に美咲の着ていたシャツの柄が広がる。
それから、鼻腔を抜けて、脳一杯に美咲の香りがまるで麻薬の様に回った。
「みさ....」
「へへー!!どーだ猿比古!?ギブか!?ギブするかっ?」
「....」
どうやら俺はゲームの敵キャラ扱いされているらしい。
ここでギブアップすれば勇者八田様の経験値になれる訳か。
「俺、永遠にこのままでも良いけど」
「は!?何言ってんだよ猿!?」
俺がポツリと呟けば、美咲は怪訝そうな顔をした。
それから俺は小さく笑ってみせる。
「こんなちびっ子勇者怖くもなんともねーから」
「なっ!!どーゆー意味だよ!!」
美咲は俺が煽ると直ぐに眉尻をつり上げて、俺を睨んだ。
美咲の身体が俺から離れる。
俺はその瞬間すかさず彼を押し倒した。
「こーげきってのは、こうやるんだよ!」
「ぶわっ、ちょ!?////」
ベットに押し倒し、美咲の首筋に顔を埋める。
美咲の首筋からは、俺の家のシャンプーと夏の香りがした。
融けてしまいそうな、クラクラする熱の香り。
「放せーっ!!馬鹿猿っ!!////」
「やだね」
「暑苦しいっつのー!!」
俺の下で美咲は藻掻いたけど、放してやる気なんてない。
(可愛い)
俺は再び口元に笑みを浮かべた。
―――俺がこの男を好きかどうか。
それは今でも解らない。
けれど、そんな事はどうでもいい。
「首筋、キラキラしてるね....美咲」
「は?夏だし....ったり前だろ」
「....まぁ、そうだろうな」
「?変な猿....」
心地好い。
この輝く波に躍らされる様な。
熱のうねりに、光の瞬きに身を任せるような日常が。
美咲の隣が、とても、とても心地好い―――
(....それなら、それだけでいいよ)
心地好い熱の中で、とっくに俺は倒されてる。
(美咲....)
そっと美咲を見下ろすと、きょとんと俺を俺を見上げる美咲と目が合った。
俺はただ、淡く笑って見せる。
(綺麗だ――――)
俺は美咲を見下ろしながら、そんな事を思った。
それから数年後。
俺はセプター4の窓辺で真夏の日差しに当てられていた。
「―――夏は、終わったんだな」
小さく呟くと、丁度傍にいた秋山が首を傾げる。
「伏見さん?大丈夫ですか?」
秋山がそっと尋ねてきた。
まさかそれは頭がということか?
俺はそれには答えず、小さく呟く。
「夏は―――」
もっとキラキラ輝いていた筈だ。
そんな事を思いながらも、それを言葉にするのは社会人として憚られる。
俺は言いかけて口を噤んだ。
(馬鹿らしい)
あれは子供の頃だけの幻だ。
あんな煌めきは、幼さに夏が映して見せる幻―――
不意に、あの頃の美咲の笑顔が脳裏に浮かんだ。
あれも、夏が見せた幻だったのだろうか。
(キスの一つでもしておけば良かったな)
幻なら、もっと俺の好きにしてやるんだった。
俺は心中でそう呟いて、小さく口元を歪める。
(随分、感傷的な発想だな)
我ながら、切ない過去への陶酔など笑わせてくれる。
俺は今にしか生きられないというのに。
「秋山」
「!はい....」
俺は秋山に声を掛けると、すっと立ち上がった。
上着を手に引っかけ、サーベルの調子を確認する。
「外回り、行って来る」
「えっ、あ、はい」
俺がそう言うと、秋山は一瞬うろたえて、それからこくりと頷いた。
俺はそんな秋山に背を向けて、静かに口元に笑みを結ぶ。
(幻でもいい)
今、逢いたい―――
(待ってろよ美咲ぃ....)
幻でも、蜃気楼でもいい。
心地好い熱を、頂戴―――
(今度こそ....捕まえたら、放さない)
あの日の夏休みを。
もう一度腕の中に。
俺は小さく微笑んで、そっと瞳を閉じる。
―――視界の果てでは、夏の煌めきがチカチカと揺れていた。
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夏休みを惜しむ皆様に。