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□19歳最後の瞬間
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※美咲視点


カチ、カチ、カチ―――

(23:50―――)

時計の針を見つめ、俺は心の奥で小さく呟く。

後、10分。

「なぁ、美咲」

隣で猿比古が静かに口を開いた。
俺に寄り掛かる猿比古の肩が瞬間揺れる。

「いいの?裏切り者なんかに、くれちゃって」

猿比古はそう聞くと、俺の方へそっと顔を向けた。
猿比古の切れ長の瞳に、俺の姿が映る。

「俺がお前を家に呼んだんだろーが」

俺は静かに答えて、ぐいと肘で隣の猿比古をつついた。
俺につつかれて猿比古が瞬間身じろぎする。

「それに」

俺は時計の針を眺めながら言葉を続ける。

「いいのかよ、お前...."俺"の最後で、"俺"の最初の男になれなくても?」
「....」

俺が言うと、猿比古は何も答えずにただ俺の肩に体重を預けた。
猿比古がここまで無口なのも珍しい。

....いや、本当はそうでもないのか。

此奴は元々それ程お喋りな奴ではなかった。
喋る必要がある時しか喋らない。

どちらかと言えばそういう男だった。

「お前、昔は無口だったよな」
「何だよ、急に」

俺がふと呟けば、猿比古が再び俺に視線を向ける。

怪訝そうに眉根を寄せて、猿比古は俺を見た。

「....猿って、昔はあんまり喋らなかったなと思って―――今は遭う度いらねぇ事ばっか言ってすっげぇウゼェけど」
「....本当は今でも無口だよ」

俺が猿比古を見上げて言うと、猿比古は少しだけ目を細めてそう答す。

そんな猿比古の愛おしむ様な眼差しがくすぐったくて、瞬間俺は目をそらした。

「んな事言ったって....べらべら喋る必要もねぇのにお前....いつも色々吹っ掛けて来るじゃねぇか」

そう、だから俺達はいつも喧嘩ばかりなんだ。

相対したなりに平穏に過ごせればいいものを。
猿比古が何時も俺を言葉で煽ってくるから、俺もつい拳で語っちまう。

少し赤くなった頬を隠すように俯き、俺は言葉を返す。
俺の言葉に猿比古は苦笑した。

「喋る必要があるから、いつもは喋ってんだよ」
「訳解んねぇ」
「美咲には解んねぇだろうな」

猿比古の言葉が、二人きりの部屋に響く。

「どういう意味だよ」
「....いつもは、欲しいものが黙ってたら手に入らないって事だ」

俺が聞き返すと、猿比古が淡々と答えた。

....だから、その"欲しいもの"が解らねぇんだって。

そうは思うものの、猿比古も敢えて明言しないのだろう。
俺も改めて聞き返しはしなかった。

代わりに小さく尋ねる。

「....じゃあ、今は?今はいつも見てぇに喋る必要ねぇの?」
「....ない、今は二人きりだから―――あ、後5分だぞ」

猿比古はそう答えると、目の前に据えた時計を指さした。

俺も猿比古の指を追って意識を時計に移す。
見ると、時計の長針は既に11を指していた。

「....後5分か」
「....」

俺が呟くと、猿比古は静かに俺の掌に自身の掌を重ねる。

猿比古の左手の暖かさが、俺の右手に重なった。

「後5分間、ずっと繋いどくつもりかよ」

俺は微笑して猿比古の表情を伺う。
猿比古は小さく口元に笑みを浮かべると、きゅ、と俺の掌を握る手に力を込めた。

「繋いどく」

猿比古はそう答えると、目を細めて俺を見つめる。

「くれるんだろ、お前の最後の子供の時間」

そういうと、猿比古は微笑んだ。

猿比古のこんな穏やかな表情を見るのも久しぶりだ。

カチ、カチ、カチ―――

俺の心臓の音を奏でるように、時計の針は淡々と時を刻んでいく。

俺はそれを眺めながら、ぼんやりとぬるま湯の様な意識に浸かっていた。

(こんな贅沢に使って良いのか?....まぁいいか、俺の時間だし)

何にもせずに、ただただ、猿比古と手を繋ぐ。

何も生まれないし、何にもならない無駄な時間。

俺の、最後の子供の時間。

「美咲、後3分」
「....おう」

ぼんやりとした意識の中、猿比古の声が響いた。
俺は唇だけで返事をしながら、静かに目を細める。

残り3分で、俺の子供としての時間は終わるんだ。

「猿比古」
「何だよ?」

「ありがとな」

気付けば、小さく呟いていた。
俺が言うと、俺の右手の上で、猿比古の左手がぴくりと動く。

「俺、大人になるまでで一番楽しかったの、やっぱお前と一緒にいる時だった」
「....」

「まぁ、大人になってからは知らねぇけど」

最後は少しだけ戯けて言う。

猿比古は何も答えなかった。

カチ、カチ、カチ―――

時計が時を刻んでいく。
それと同じ位の早さで、俺の心臓が脈打つ。

(後、1分―――)

二人きりで、残り60秒を一緒に過ごす。

「猿比古、世界に二人きりみたいだな」

俺は微笑んでそう零した。
俺の言葉に、猿比古が小さく震えた言葉を返す。

「みたいじゃなくて、そうなんだよ」
「え?」

俺がふと猿比古の方へ顔を向けると、猿比古はふいと俺から顔を背けた。

「二人きりなんだよ―――いいだろ、別に今位そう思っても」
「別に....まぁ、ここにいるのは俺とお前だけだしな....同じ様なもんか」

カチ、カチ、カチ―――

時計の秒針が、丁度残り二本の針と反対を向いた。

「....」

部屋に沈黙が満ちる。
静かなこの部屋の中、繋がった掌だけが温かかった。

カチ、カチ、カチ―――

時計が時を刻む音が、1秒1秒を区切っていく。
猿比古がそっと時計に目を向けた。

後、10秒。

正反対を向いていた秒針と二本の針が、ゆっくりと近付いて行く。

(10、9、8、7....)

思わず俺は心の中で数えた。

こんなに1秒1秒を意識する瞬間なんて、そうないだろうな。
年明けだって、こんなにドキドキしない。

だって今日と明日は俺にとって特別だから。

(結局、最後の最後に一緒にいたいのは―――)

カチ、カチ、カチ―――

俺は目を細めた。
心臓の音がうるさい。

繋いだ掌が、温かい。

(.....3、2、1――――)

秒針に導かれ、次の瞬間短針と長針が一つになる。

「美咲―――」
「へ?....わっ!?」

どさりと、その刹那猿比古に押し倒された。
俺と猿比古の身体が、二本の針と同時に重なる。

「美咲―――誕生日、おめでとう」

見上げると、俺に覆い被さった猿比古が幸せそうに微笑んでいた。

その瞳は若干潤んでいて、何だ此奴泣いてたのかと、漸く気付く。

「....サンキュー、猿」

俺はニッと彼に笑みを返した。
俺が笑顔を浮かべると、猿比古も再び微笑む。

二人でこんな風に、一緒に笑い合うなんて、何時振りだろう。

(―――猿比古)

俺は再び心の中で呟いた。

19歳最後の瞬間。
一緒にいてくれて、ありがとう。



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その頃

草薙「ん、アンナビー玉覗き込んで....一体何見てんのや?」
アンナ「猿美....」




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