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□少年の宝箱
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※伏見視点


優しい人がいた。

俺の世界は美咲と二人きり。
それを解っていたのか、世界の入り口でドアだけ叩いて待ってる人だった。


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「猿くんは、八田の事どう思ってるの?」
「....は」

その記憶は今でも色褪せない。

俺が吠舞羅のメンバーだった頃。
十束多々良はよく俺に声を掛けた。

「猿くんって八田にだけは向けてる眼差しが違うよね」
「....チッ、別に、そんな事ないですよ」

HOMRAのカウンター席に腰掛ける俺に、十束さんが笑顔を向ける。
静かに笑いながら、十束さんは俺の隣に腰掛けた。

「つーか、何なんですか急に」
「あはは、何か猿くんと八田、また喧嘩してるなと思って」
「....」

十束さんはそう言うと、俺の顔を眺めながら笑う。
十束さんは周りをよく見てる、よく気が付く人だった。

(チッ....)

「....十束さんには関係ないでしょう」
「あれ、そんな事言っちゃうの?いい事を教えて上げようと思ってたのに」

俺がふいと顔を背ければ、淡い笑みを浮かべる十束さん。
にこりと微笑みながら、手にしたグラスを揺らす。

「チッ....何ですか」
「ふふ、素直になったね....それじゃあ....」

そう言うと、十束さんはそっと自身の口元に指を当てた。
俺が怪訝に思って眉根を寄せると、十束さんの指がそっとカウンターの下を指さす。

....カウンターの下?

「....それが、何か....?」

十束さんの意図が分からず俺は少し声に苛立ちを滲ませた。
十束さんを再び一瞥し、それからふと気付く。

俺にとって"いい事"というのは、美咲に関わる情報だけだ。

(美咲.....?)

はっと思い立つと、俺はそっと立ち上がってカウンターの下を覗き込もうとした。
十束さんがそっとそんな俺の上着を引っ張る。

十束さんは口元に指を立てながら、俺を見つめて言った。

「猿くん、秘密だってば」
「....」

十束さんが悪戯気に笑う。
俺は十束さんに見つめられ、仕方なく再び席に着いた。

俺は十束さんに小声で尋ねる。

『カウンターの下に、美咲が?』
『うん―――でも教えたって事は秘密だよ』

十束さんも小声でそう答えると、静かに瞳を細めた。
俺はチラリとカウンターに目をやる。

(この下に美咲が丸まってんのか....)

瞬間カウンターの下で膝を抱える美咲の様子が頭を過ぎった。
....何やってんだよ、美咲の奴。

(チビの美咲だからこそ、こんなクソ狭い所に収まるんだよな....)

俺はそう考えて、瞬間口元を綻ばせた。
馬鹿で残酷な、俺の可愛い美咲。

「....で、伏見は八田の事どう思ってるのかな?」
「....」

そしてこの状況でなおも言葉を続ける十束さん。

....下に美咲がいるんだよな。
この状況で何を言えと....

「八田に言いたい事が有ってもさ、普段あんまり言えないんでしょ?代わりに俺に打ち明けてみたら?」

十束さんの声が、部屋に響く。
静かな十束さんの声が、俺の身体にそっと染み込んだ。

(....代わりに"俺に"?)

徐々に、俺は十束さんの言葉の意味が咀嚼出来て来る。

はっと気が付いて見ると、いつの間にか部屋には俺と十束さん、それからカウンター下の美咲のみ。
他の奴らがいつの間にかこの場から姿を消していた。

(....十束さん、何時の間に人払いを....)

二階に上がったのか店を出たのか....他のメンバーが何処へ消えたのかは解らないか....
恐らく十束さんが予め他の奴らに声を掛けておいたのだろう。

「....十束さん」
「何?」

俺は少しの苛立ちを込めて十束さんを睨め付ける。

....何が、代わりに俺に打ち明けてみたらだ。

「チッ....こういうの、マジで鬱陶しいんですけど」
「はは、でもさ....こうでもしないと猿くん、自分の本音打ち明けられないでしょ?」

俺は眉間を寄せて舌打つ。
十束さんは優しく笑いながら俺の目を覗き込んだ。

「八田、猿くんに嫌われたかもって....不安がってたよ」
「は?」

十束さんはそう静かに付け足す。
俺は思わず聞き返した。

俺が美咲を嫌いに?
何だその有り得なすぎる仮定。

マジで美咲って全く俺の気持ちに気付いてねぇんだよな....
言わなきゃ何一つ解んねぇのかよ....

俺は居心地の悪さに目を細めた。

十束さんの視線が肌に刺さる。

「チッ」

俺は小さく舌打った。

(....ここで言えってのかよ....俺の本音を)

―――美咲に。

俺は内心でそう呟いてカウンターに刹那視線を落とす。
この下に愛しい人が身を縮こめていると思うと、それだけで胸がざわついた。

胸が苦しくなる。

十束さんは、自分に相談する体を装って.....今ここで、美咲に本音をぶつけて見ろと言っているんだ―――

(チッ....大方、美咲が十束さんに相談でもしたんだろ)

俺は愛しい人の傷付いた表情を思い出す。
喧嘩の原因は、俺のくだらない嫉妬だ。

つまらない事で嫉妬して....美咲に酷い事を言って怒らせた。
その時、美咲....泣きそうな顔してたな。

(それで十束さんに、俺の本音を引き出してくれとでも....頼んだんだろうな)

....カウンター下に潜むのは十束さんの仕込みだろう。

それで、美咲は素直にカウンターの下なんて狭い所に丸まって....
もしかしたら、俺が吐く言葉を怯えながら待ってるのかもしれない。

「....」
「猿くん、どうかな....」

十束さんは淡く微笑んで俺に声を掛ける。

俺は小さく溜息を吐いた。

(美咲って、本当に馬鹿だな....)

美咲は....十束さんが俺に美咲の所在を知らせたなんて知らない筈だ。
俺がこれから心からの本音を言うと思ってる。

(美咲も....俺に拒絶されたらとか、不安な気持ちを抱えてんのかな)

俺は不意にそう思って瞬く。

俺が美咲を拒絶する何て有り得ないことだ。

第一....生きるのに必要な酸素や水を拒む人間が何処に居るっつーんだよ。
それなら考えなくとも俺が美咲を拒むわけねぇって解るだろ。

美咲は俺が生きるのに必要なんだから。

(馬鹿じゃねぇの....)

それなのに、嫌われたかも何て馬鹿なことに不安になって。

美咲ってマジ小悪魔的にクソ可愛いのに。
....性格が愚直で単純....小悪魔とは真逆だな。

(....美咲)

―――大概、美咲も不器用な奴だ。

「....チッ、別に....美咲の事は嫌いじゃないですよ」
「猿くん....!うん....そうだよね」

俺は愛しさから呟いた。
十束さんが俺の言葉に、静かに頷く。

十束さんの口元に、優しい笑みか浮かんだ。

(美咲....)

瞬間、カウンター下から、くしゃりと布擦れの音が聞こえる。

....美咲、それで気付かれないつもりか?

「つーか、喧嘩位一緒にいれば誰だってするでしょう....」
「そうだね、うん」

「....まぁ美咲は確かに鈍感で無神経でバカですけど」

俺は言いながら俯いた。

このカウンターの下で、美咲は今何を思ってるんだろう。

散々今馬鹿にしたからな.....凹んでたりすんのか?
そんなら俺の凸をそのへこみに挿入してやりたい....

(....馬鹿な美咲)

カウンター下で小さくなってる不器用な可愛い人が、愛しくて堪らない。
あ、美咲は元々小さいけど。

「美咲が馬鹿なのは解ってて一緒にいるんですし....今更嫌いになる訳ないでしょう」
「....」

俺はそっと言い聞かすように呟いた。

再び、くしゅりと布擦れの音。
それから、嗚咽を抑える様な息遣いが聞こえた。

「うん....ありがとう、猿くん」

十束さんが静かにそう言って笑う。
そしてぬっと腕を突きだして俺の頭を撫でた。

「ちょ、止め....止めて下さい」
「いいじゃん、俺猿くんより年上何だから」

優しい掌が、俺の髪を撫でる。
吐き気がする位、擽ったかった。

俺は十束さんを睨み付けてその掌を払う。

「チッ....」

俺はやり場のない感情を持て余して再び舌打ちした。

依然としてカウンター下からは、美咲の押し殺した泣き声。
まさかこれでもバレてない何て思っちゃいねぇだろうな.....

(....でもまぁ、今日だけは気付かなかった事にしてやるか)

俺は小さく心中で呟いた。

俺の言葉に泣いちゃった美咲。
覗き込んでからかって抱きしめてキスしたい。

あるいは美咲の涙を一粒残らず小瓶に詰めてコレクションして部屋に飾りたい。

....でも、今だけは我慢してやる。

(....あの喧嘩は、俺が悪かったしな)

部屋の中に、美咲の嗚咽が満ちた。

十束さんに視線を合わせると、ふにゃりとした笑顔を返される。
それから十束さんが小さく口を開いた。

『後は俺が宥めとくよ』

俺にしか聞こえない様に、小さな声で言うと、十束さんはそっと席を立つ。

(あー....つまり、もう出て行けと....)

俺は言葉の意を汲んで、自分もそっと席を立った。

カランと音を立ててBar.HOMRAの扉を潜ると、扉を閉める直前、十束さんの優しい声が聞こえた。

「良かったね―――」

バタン。

扉が閉まる。
俺は刹那扉の方を振り返った。

(今のは....)

俺に言ったのか?
それとも、美咲に....?

瞬間俺は立ち止まり、それから直ぐにまた店に背を向ける。
十束さんの透明な微笑みが、ふと頭に浮かんだ。

―――その時の情景は、今でも色鮮やかに覚えている。


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あれからどれ位の月日が経ったのだろうか。

「この映像によれば、犯行日時は12月7日の23:45。場所は西館から平坂ビルの屋上」

映像から、俺は淡々と上司に報告する。
それから、瞬間目を細めた。

刹那、胸がちりと痛む。

「十束さん、―――――」

―――俺は小さく呟いた。

セプター4の屯所で、俺は目を細める。

今や俺は吠舞羅の裏切り者で。
青のクランの人間として、新しい王の元働いている。

あの頃とは、随分変わってしまった。
吠舞羅の誰とも、十束さんとも、とっくに"仲間"とは言えない関係だったろう。

勿論、後悔なんてない....
俺は美咲の正面に立つために、ここに来たのだから。

....その為に切り捨てたものを、惜しむつもりはない。
そう、その筈だ。

俺は静かに瞳を閉じた。

―――未練など無い筈なのに、瞼の裏に刹那あの頃の情景が蘇る。

(十束さん)

俺と美咲の二人の世界の傍で、そっと佇んで居た人。

決してそこに足を踏み入れては来なかった。
けれどいつも、そっと気を掛けていてくれた人。

(....あの時、あの後....)

美咲の事どうやって宥めたんだろう。
次の日美咲、ちょっと固かったけど、何時も通りに俺に話し掛けてくれた。

(もし、十束さんがいなかったら)

あの時、十束さんが場を設けてくれなかったら。
もしかしたら俺と美咲は、あの喧嘩からずっと仲直り出来ずにいたかも知れない....

瞼の裏に、心の奥深くに沈めていた思い出が鮮やかに蘇った。

切り捨て、小さな箱に詰めて、心の深く深く奥に沈めた情景が―――今になって瞼の裏を彩る。

(....十束さん)

あの時、優しく微笑んだ十束さんの顔。
美咲の嗚咽や、肌に触れた空気の温度。

要らないガラクタを詰めた筈の箱から、情景が、鮮やかな機微が、蘇って来た。

眩しいほどの切なさが、その小さな箱から零れ落ちる。

(十束さん、美咲....)

俺は、そっと目を開いた。

鮮やかな情景は消え去り、視界に広がるのは、セプター4の部屋。

俺は静かに目を細めた。

それからそっと俺は俯く。
自身の青い服が視界に映り、小さく口元に弧を描いた。

("青服"ね―――)

今の俺には、あんな眩さは.....必要ない。

―――俺は再び、切ない情景を小さな箱にしまい込む。
そして、心の深く冷たい底へと、その箱を沈めていった。



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リクエスト書く前に改めてキャラ取り直そうと思って、もう一度アニメ本編を見直したら泣けました。

ボロ泣きしていた美咲は勿論、伏見も凄く寂しそうだった....。
あの寂しさは、宝箱の中に捨て切れなかった情景があるから生まれるんですよね。

その後でお風呂de男子会見たら今度は嬉しくて泣けました。
みんな復活しとるがな....(^o^)




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