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□狼少年
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※中学猿美
※ほのぼのを目指しました


狼少年は村人に嘘を吐き続けて、やがて誰も彼を信じてくれなくなった。

(....狼少年)

猿比古はその話を聞いた時、少しだけその少年に自分の姿を重ねて見てしまった。
臆病で、素直になれない、嘘吐きの自分の姿を。


「猿ぅ、どーしたんだよ?」
「別に」

スタスタと美咲を置き去りに歩き出す猿比古。
その顔は少し不機嫌そうに眉尻を下げている。

「....なぁ俺何かしたのか?」
「チッ、何でもねぇっつってんだろ」

苛立つ猿比古が廊下をガンと蹴ると、それを少し不安そうに見る美咲。

(チッ、"彼奴"、今度美咲に触ったら絶対殴る)

猿比古は内心で呟くと、ツンと美咲から顔を背けた。

「チッ」

猿比古はつい先刻の事を再び思い出し、忌々しげに舌打つ。

猿比古が苛立っていたのはほんのくだらない事だ。
けれど猿比古にとっては相当に胸を抉る事件だった。

先程の休み時間。

美咲の隣の席の男子生徒が、美咲にぐいと顔を近付けた。
美咲は不思議そうな顔をしたものの抵抗はせずに大人しく相手を見上げる。

その様子を後ろの席から眺めていた猿比古にとっては、その時点で相当胸の内がざわついた。

(まさかキスでもするんじゃねーだろうな....)

そんな現実味の無い事を考えては、もやもやした胸の内の黒煙を一人沈める。

不意に、美咲と男子生徒の顔が益々近付く。
猿比古はビクリと肩をしならせ、思わず立ち上がった。

しかし予想に反して、そのまま男子生徒はそっと美咲の顔に手を近付けると、きゅっと美咲の目の下を拭った。
それから静かに顔を離す。

「チョークの粉付いてたよ、八田」
「あ、悪ぃサンキュー」

明るい声でそう男子生徒が話し、それに対し美咲も笑顔を見せた。
そこで猿比古の自制心は限界に達した―――

(チッ、無防備過ぎ何だよ美咲はぁああ....!!)

思い出しながら猿比古は再び舌打つ。

(本当は、何でもねぇ訳あるかよ....)

猿比古は内心でそう呟きながらも、本音は口に出せ無かった。
つい美咲を前にすると、有らぬ嘘や虚勢ばかりが口を付いて出てしまう。

素直に不満を言葉に出来たら何れ程楽か。

美咲はそんな荒れている猿比古の隣まで歩を進めると、低身長で下から猿比古を見上げた。

「....本当に、何もねぇのかよ?」
「あぁ?....チッ」

美咲が首を傾げながら猿比古に尋ねる。
猿比古は見下ろした美咲の不安そうな表情に、瞬間視線を泳がせた。

美咲を正視出来なかった理由は二つ。

一つは、自分の気持ちを素直に語れない事への何処とない後ろめたさで。
そしてもう一つは、猿比古よりも小さな美咲が猿比古を見上げる時、必然的に美咲は上目遣いになる事で....

(チッ....可愛い)

猿比古はそんな美咲の仕草に、後ろめたさに先立って、悔しいものの表情筋が緩むのを自覚していた。
内心で舌打ちながらも、猿比古は胸の内の苛立ちが徐々に失せていくのを感じる。

「猿比古ぉ....俺、鈍いしさ....言ってくれねぇと解んねぇよ」
「....」

猿比古のそんな心情は露程も知らず、美咲は落ち込んだ様にシュンと俯いた。
その美咲の珍しく殊勝な姿が猿比古の心をますます掻き乱していく。

正直今の猿比古には自分が苛立っていた事など、どうでも良くなりかけていた。
目の前の小動物系の思い人はそれだけの破壊力を秘めている。

「チッ....チビが....」
「んだとコラァッ!!」

猿比古が小さく悪態を吐くと、美咲がギリッと猿比古を睨み付けて吠えた。

そっと猿比古が美咲を見やると、その瞳にはうっすらと涙が掛かっていて、猿比古は瞬間息を飲む。

(....美咲)

猿比古には、それが何故か嬉しかった。
猿比古の口元が緩む。

美咲がどんな理由であれ、自分の為に涙を浮かべている。
それが猿比古の心を酷く興奮させた。

対し美咲はそんな猿比古の態度が気に食わず、猿比古を睨み付ける。

(畜生テメェ....馬鹿にしてんのかっ!!)

美咲は心中で呟いて悔しさに拳を握った。
猿比古がなかなか自分に腹の内を伝えてくれないのはいつもの事だが、こんな風にまるで相手にされないのは流石に腹が立つ。

美咲はもどかしさに猿比古の胸をドンと叩いて怒鳴った。

「お前はこっちが真面目に話してんのに....何笑ってんだよ!!このクソ猿!!」
「....美咲」

美咲が苛立ち出すと、対照的に猿比古はハッと目が覚めたように我に返る。
それから内心で少し美咲を軽率に扱いすぎたと後悔した。

猿比古がチラリと目をやれば、いつの間にか状況は逆転し、自分ではなく美咲の方が怒っている。

(....チッ、くだんねぇ事だったのに)

猿比古は今更になって小さな事に苛立った自分を省みた。

「....美咲、おい」
「あーもう知るかよテメェ何か!!勝手にしろ馬鹿!!」
「あ、おい....美咲っ!!」

小さく猿比古が美咲に声を掛けると、美咲は猿比古を睨み付けて踵を返す。
美咲の背中が、猿比古の見開かれた瞳に焼き付いた。

瞬間ヒヤリとした感情が猿比古の背筋を伝う。

(美咲っ!!)

もう二度と、美咲が自分の方を向いてくれない様な気がして、猿比古は思わず慣れない大声を上げた。
その声にピクリと肩を震わせた美咲の腕を掴む。

「っ!何すんだよ離せっ!!」

背後から腕を捕まれた美咲は瞬間驚いて声を上げた。
それから振り返り、自分を引き留める猿比古の顔を見やる。

(....猿比古?)

美咲はその時に見上げた猿比古の表情に瞬間静止した。
そして思わず少しだけ目を細める。

(すっげぇ情けねぇ顔....)

美咲は内心でそう呟くと、自分を掴んで離さない猿比古の、寂しそうな表情を再び見やった。

その顔は何を言葉にしなくとも、"行かないで"と訴えてくるようで。

「....猿比古」
「....何だよ....」

「お前って、実は結構正直だよな」
「は?」

美咲はそう言うと、きゅっと猿比古に身体を寄せた。
美咲の胸にはもう苛立ちはなく、不器用な猿比古への妙な愛しさばかりが残る。

対し、猿比古は美咲の言動に思わず声を漏らした。

(正直....?)

思っても見なかった言葉に猿比古は目を見開いた。
困惑して美咲を見下ろすと、美咲はさっきまで怒っていたのが嘘の様に綺麗な明るい笑顔を見せる。

その笑顔に猿比古は刹那見とれて言葉を失う。
美咲はそんな猿比古には気付かず、笑顔のまま言葉を続けた。

「目は口ほどにもの言うっつーだろ!やっぱお前結構解りやすいな!!」
「!」

美咲はそう言うと得意そうに猿比古を見上げる。
猿比古は呆気にとられてそれを見返した。

(はぁ....何だよ、この単細胞....)

猿比古は美咲の屈託無い笑顔に、胸中でそう呟く。

それから思わず俯いた。
頬が熱くなるのを感じて、猿比古は再び舌打ちする。

(勝手に俺の事解ってんじゃねーよ....!!)

猿比古にとって、美咲のこんなたった一言が、死ぬ程嬉しく感じられて。
猿比古は堪らず溜息を吐いた。

ちらりと猿比古が横の美咲を盗み見ると、それに気付いた美咲がにこりと猿比古に笑い掛ける。

「――――ッ!!」

猿比古はそんな美咲が愛おしいやら可愛いやらで、思わず赤面した。
その表情に、再び美咲が微笑む。

――――案外、狼少年も嘘が下手だったらしい。



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ほのぼのを目指しました!
....が、ほのぼのというかほもぼもになってしまった気がします\(^o^)/

嘘吐きと言うか素直じゃない猿比古ですが、意外と顔に出るタイプ何じゃないかな.....(^o^;)
そんな妄想が込められてます/




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