★Text

□キャンバス
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※猿比古視点
※吠舞羅猿


―――お前がいるから、俺がいるんだ。


「尊さん!!」
「あ?」

美咲が尊さんの傍に駆け寄って尻尾を振る。
尊さんは気怠げにそれを一瞥して、大儀そうに身体を起こす。

尊さんを眺めながら、にこにこ口元を弛める美咲。

その姿に、瞬間目の前が霞んだ。
俺は身体の内側に、ぽっかり空白を感じて目を細める。

俺はバーHOMRAの椅子にもたれながら、グラスを握った。
椅子が軋む。

....俺と美咲は、中学時代二人きりで。
いつも一緒にいたのに。

(―――美咲)

美咲の一番傍に居るのは俺だし、美咲の内側に住んでるのは、俺だけだと思ってたんだ。

―――けれど吠舞羅に入って、美咲は変わった。

俺を見なくなった。
尊さんばかり見るようになった。

俺の隣で笑わなくなった。
俺が退屈な時に、笑うようになった。

「....」

どうして、俺を見ないの美咲?

胸の内に辛い感情が渦を巻く。

(俺は、こんなに美咲を見てるのに)

美咲の一挙一動、些細な感情の機微、全部....俺は美咲の事なら全部見てるのに。

俺が何で美咲を見てるのか何て、くだらない疑問だ。

好きだから。
それしか理由なんてない。

「....チッ」

小さく舌打つと、向こうのテーブルの十束さんが瞬間俺に目線をやった。
けれど、美咲は俺を見ない。

「....」

俺を見てよ、美咲。

「美咲....」

小さく呟く。
俺の長い黒髪が視界に掛かって、世界に影を落とした。

美咲、俺を見てよ。
胸の奥が痛ぇんだよ....おい、こっち見ろ!!

(何で)

「....」

何で、俺がこんなに辛いのに、美咲は笑ってんだよ。

「チッ」

舌打つ。

美咲は相変わらずこっちを見ない。
彼の無関心が俺の胸に突き刺さった。

俺が辛いのに、苦しいのに、美咲は何時も通り。
お前にとって、俺って何なんだよ。

美咲にとって、俺はいてもいなくても同じなのか?

「....おい猿?どーした、お前」
「!」

瞬間俯くと、突然頭上から美咲の声がした。
はっと気付いて俺は顔を上げる。

(美咲....!)

「何か元気ねーな、お前」
「....美咲」

美咲は少しだけ眉根を寄せて俺を見た。
俺は目の前の愛しい人を、目を細めて見つめる。

「....別に、何でもねぇよ」
「?そうか....?」

俺は小さく嘘を吐いた。
美咲は俺の言葉に首を傾げる。

....そう、それでいいんだよ美咲。

(もっと....)

美咲の怪訝そうな表情が、俺の胸を焦がす。

(もっと、疑って)

疑って、俺を見て。

俺の一挙一動を、俺の感情を、美咲が受け取ってよ。

俺の存在が、美咲にとって意味のあるものでありたいんだ。

「....ん、まぁ....何でもねぇなら、いいけどよ」

美咲はそんな俺の気を知ってか知らずか、少し不満げに呟く。
俺はそっと美咲と目線を合わせた。

美咲の猫目が細められて、俺を見つめる。

「猿比古、何かあんなら言えよ」
「....」

美咲の言葉が、耳に響いた。

俺は彼の言葉に刹那視線を落とす。

(でも....言っちまったら、お前はずっと"気付いて"くれないだろ―――?)

俺は、美咲に気付いて欲しいんだ。

俺が何を言わなくとも、美咲に気付いて欲しい。
美咲にとって俺という存在が、いつも影響を及ぼすものであって欲しいから。

(俺なら、絶対気付く)

美咲が嬉しいとき、美咲が悲しいとき。
その全てが俺の世界で。

(お前が何を言わなくとも、俺はお前に振り回されずにはいられねぇんだ)

美咲って存在が、俺の心の中に居座って離れないから。
美咲の全てが、俺の世界の輪郭なんだよ。

―――俺の世界は、何も無い寂しいキャンバスみたいなものだ。
その真っ白なキャンバスに美咲の姿が影みたいに焼き付いてる。

美咲が手を伸ばせば、それに応じて余白も手を伸ばす。
そんな感じ。

俺の心は、お前が全部姿を決めてる。

お前が笑えば、余白の輪郭も笑うんだ。
お前がここからいなくなったら。
俺には何も残らない。

お前が形作っていた影が消えたら、余白も生まれないから。
そこにはただ真っ白な空虚が広がるばかりで。

....美咲を失ったら、"俺"は消えてしまう。

美咲は、その位俺にとって大切な存在なんだ。

「美咲」
「ん、何だよ」

彼の名前を呼ぶと、美咲は少し微笑んで俺を見る。

「今日は、もう帰らないか?」
「え、何でだよ?」

美咲は瞬間驚いて声を漏らし、それから首を傾げた。
俺はそんな美咲に目をやると、ポツリと答える。

「....別に、何でもいいだろ」
「あぁ、んだそれ....お前....」

二人きりになりたいからだ、とは言えなかった。
俺の言葉に美咲は眉間の影を深める。

それから美咲は瞬間考え込む様に目を細めて、ふと唇を結んだ。

「美咲?」
「....や、いい....すみません草薙さん、今日は俺らもう帰ります!!」
「おう、気を付けて帰りや」

俺が不思議に思って彼を見上げると、美咲はくるりと振り返って草薙さんに声を掛けた。

俺は驚いて目を見開く。

(美咲....?)

「ほらテメー今日はもう帰るんだろ、立てコラ」

俺が呆然としていると、美咲は乱暴に俺に手を伸ばして俺を立たせた。
立ち上がった瞬間、くらりと世界が揺れる。

(....美咲)

「んじゃ、尊さん、草薙さんっ!!今日は失礼しぁっす!」

美咲はそう言いながら、強く俺の手を引いた。
俺は美咲に捕まれた俺の手に目をやる。

「....美咲」
「ほら、何ぼーっとしてんだよ!」

ガランと扉を閉じて、俺と美咲はバーを後にした。

外に出ると、夜の冷たい空気が俺達を包む。
けれど俺にとってはそれ所じゃなかった。

美咲の手が、俺の身体に触れてる。

「....も、いいな」

不意に、美咲が何か呟いた。

「え....?」

俺は美咲を見下ろしながら声を漏らす。
美咲はそんな俺を見上げてにっと笑った。

「たまには、二人も悪くねぇなって言ったんだよクソ猿!」
「....!!」

寒さのせいか、美咲の頬が赤い。
....寒さのせい?

(つーか、美咲それ....反則っ....!!)

美咲の笑顔が、言葉が、俺を打ち抜く。

どうして此奴はこうも、俺の欲しい言葉を事も無げに言ってのけるんだろう。

「....ん」
「お、猿の癖に珍しく素直じゃねーか!」

俺が堪らず小さく頷くと、美咲はぱっと笑みを深めた。
俺に向けられた、笑顔。

(....可愛い)

美咲が俺の隣で、俺に向けて笑ってる。

さっきまでの苛立ちや寂しさが、嘘みたいに消えていった。
胸の内側が暖かくなって、すっと軽くなる。

「うるせぇなチビ....」
「んだとコルァ!!前言撤回だこのクソ猿!!」

美咲が可愛すぎて憎らしかったので、小さくからかってやれば、直ぐに釣れる美咲。

俺の言葉で、美咲が怒ってる。

(....美咲が、俺の言葉で)

俺は思わず口元を弛めた。

真白のキャンバスが、美咲の姿を象った縁から順にピンクに染まる。

(あー....美咲は狡い)

どんな時でも、俺は美咲のたった一言で全てがどうでもよくなっちまう。

「美咲」
「ああ!?んだよ!っちょぶわっ....!?」

俺は睨み付ける美咲を無視して、美咲の頭に手を乗せる。
わしゃわしゃ髪を掻き混ぜるように、彼の頭を撫でると美咲の身体が跳ねた。

「美咲の頭って撫でやすい位置にあるよな」
「馬鹿にしてんのかテメェエエ!!」

軽く嘲笑すると、美咲が怒って怒鳴る。
本当に単細胞。

俺はそんな美咲を見据えて微笑んだ。

美咲が笑って、怒って、俺を真っ直ぐ見てくれる。
そんな時、俺は彼の瞳の奥に映る自分の姿に....自分自身の存在を確かめられる様な気がするんだ。

(美咲―――)

俺は心中に大切な名前を響かせた。

美咲がいるから、俺はここにいるんだ。



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相手がいるから、初めて自分がいる。
相手の存在を通してこそ、自分という存在を感じる。

多分伏見じゃなくてもみんなそうかなって思います。

伏見の場合は特別一人で自己認知するのが苦手なタイプな気もしますが(^o^)

何かそんな感じの事を書きたかったんですが大分失敗しましたorz
心理学系って難しい....




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