☆Text-空白の石版-

□第二十四章 最後の夜
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「....え、なっ.....!?」
「はは、吃驚した?今までのね、ぜーんぶ"撮って"たんだ―――」

大蛇の指さす先には、据え付けのビデオカメラ。

「なっ、え....?」
「はは....狼狽する美咲可愛い」

頭の中が真っ白になる。

(カメ....ラ....)

視界の先で、カメラのレンズが俺を見ていた。

「美咲....俺に犯されてる美咲の可愛い姿....今夜から全部記録に残す事にしたんだ」
「.....ッ!!?」

硬直する俺に、大蛇が優しく囁く。
俺は言葉を失って、ただ大蛇の方へ顔を向けた。

「後で一緒に見ような、美咲が俺に犯されて喘いでる所」

俺が大蛇の方へ顔を向けると、大蛇は愛おしげに目を細める。
それから優しく俺の額に口付けた。

俺は唇を戦慄かせる。
大蛇を突き飛ばそうにも、両腕が縛られていてどうしようもない。

「何でっ....こんな」

俺は震える唇で呟いた。
涙が再び瞳に沸き上がる。

頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されて、思考が崩れていった。

(全部、撮られてた....?)

俺の、声も。
快楽に狂った姿も。
此奴に貫かれる所も。

(全部、残されるのか....!?)

消えない傷のように、ずっと。

「おいクソ蛇!!今直ぐ消せッ!!」
「嫌だ、消さない」

「ふざけんな....消せよ!!」

俺はギロリと大蛇を睨み付けると必至に叫んだ。

強気な態度で大蛇に向かう。
こんな陳腐な虚勢に頼らなければ、今にも壊れて仕舞いそうだった。

大蛇はそんな俺を静かに見つめる。
涙の貯まった瞳で彼を見上げれば、大蛇の唇がそっと俺の額に触れた。

「"二人"の思い出を残そうよ」

大蛇が優しく俺に言う。
その表情は優しくて、こんな酷い事を俺に強いる様にはとても見えなかった。

(っ思い出....?)

「カメラを持つ人間の心なんてきっとみんな一緒....撮ってる相手の事が好きで、好きで堪らないんだ」
「ッ....!!」

大蛇は静かに続ける。
向き合った紅い瞳に、ドロリと血の様な深淵が見えた。

その紅い瞳が、愛おしげに細められる。
ゆっくりと大蛇の唇が言葉を紡いだ。

「愛してる」

それは、優しい声で。

(――――ッ!!)

俺の身体を拘束して、こんな所に閉じ込めて、抵抗できないように脅した男なのに、愛を語る声はこんなに優しい。

身体も、心も、俺に何一つ自由など与えない癖に。
俺の自由を全て奪って....本当の俺を全て否定しておいて....その癖、こんな風に愛を語る。

「クソ、これ解けッ....解けよぉっ!!」

限界だった。
堰を切った様に瞳からボロボロ涙が零れる。

―――今までも、何度も何度も大蛇に身体を繋げられた。
けれどそれは一夜の偽りのように、その場限りで消えて無くなる痛みだったから。

だから、耐えられたのに。

「美咲、好きなんだ」
「うるせぇ!!話掛けんじゃねぇよクソ蛇!!」

涙声で俺は叫ぶ。
その声に、大蛇が瞬間困惑したように俺を見つめた。

それから、刹那置いて少しだけ後ろめたそうに呟く。

「好きだから、どうしても思い出を残したかったんだ....ごめん、そんなに泣くとは思わなかった」
「....っふざけんな!!」

俺は再び叫んだ。

怒りを込めて彼を睨み付ければ、瞳からボロボロ涙が零れ落ちる。

「こんなの、思い出じゃねぇ!!縛って、抵抗出来ねぇ様にして....全部無理矢理都合のいい様にして....そんなの、本当の思い出じゃねぇ!!」
「....美咲」

本当の思い出は、ただそれを受け入れるようなものなんだろう。
ただ、ありのままを愛す。

そんな思いで残すものだ。

「違う、こんなの....俺じゃないっ....」
「おい....美咲っ」

どうする事も出来ない悔しさで、涙が止まらなかった。
けれどそれを拭う事も出来ない。

大蛇は瞬間焦燥の滲んだ声で俺の名前を呼んだ。

大蛇の掌が、俺に触れようとして、直前ピクリと固まる。

俺はそんな大蛇から顔を背けて俯いた。

(畜生、畜生、畜生――――)

どうして、こうなんだろう。

「何で、こんな....ッ」

辱められて、穢されて、それなのに。

(クソ、何でだよ、俺....何でッ)

胸が痛い。
脳の内側に鈍い痛みが渦巻いた。

頭の中に痛みが渦を巻く。
痛い――――

(....ッ)

刹那、俺は救いを求める様に瞳を閉じた。

瞬間脳裏に蘇ったのは、温かい場所。

(....猿比古)

猿比古が隣にいて、他には何も無くて。
けれど猿比古が俺の掌を握ってくれていた。

猿比古は静かに、何処にも行かないと誓うように、俺の手を握って俺に微笑み掛ける。

二人きりの、小さな世界。

そこは、気兼ねなく本当の俺でいられる場所で―――

(....ッ!!)

不意に、俺は瞳を開く。
部屋の冷たさが、肌に染み込んだ。

俺は再び一粒の涙を零す。
視界に入ったのは無機質なカメラ。

アレが、"俺"を撮ってる。
縛られて、自由を奪われて―――都合のいい人形にされた俺を。

俺は刹那目を細めた。
それから、小さく戦慄く唇で呟く。

「っ猿比古....っ」
「!!」

―――猿比古が、本当の俺を見てくれる人が、いない。

俺が猿比古の名前を呼ぶと、大蛇の表情が凍り付いた。
大蛇の瞳の奥に、深い暗闇が影を落とす。

大蛇の唇が、刹那戦慄いた。
大蛇の瞳が切なく細められ、俺を抱く腕に力が籠もる。

「美咲....こんな時でも、お前は....」

大蛇は震える声で呟いた。
その次の瞬間、俺は大蛇に再び組み伏せられる。

「っ....俺は、俺の世界には美咲しかいらない....」

大蛇の瞳に涙が滲んだ。
端正な顔が、刹那歪む。

俺は涙目のまま大蛇を睨め付けた。
瞳からは、壊れた様に涙が次々こぼれる。

けれど、心は何処か落ち着いて、俺は静かに大蛇を見つめた。

(―――解った)

漸く、たった一つだけ。

「それなのに、美咲は....そんなに伏見猿比古が大事なのかよ....!!」

大蛇の声が、鼓膜を揺らした。
大蛇の腕が、俺の身体を痛い位に強く抱く。

「美咲....美咲の世界は―――お前の"二人"は....伏見猿比古じゃなきゃダメなのかよ....!!」

大蛇の悲痛な声が、胸に刺さった。

俺はキッと大蛇を睨み付ける。
それから彼の脅しに縛られることなく、静かに言った。

「クソ蛇、テメェ今まで誰かを好きになった事ねーだろ」

俺が言うと、大蛇は再びビクリと硬直した。

大蛇は静かに唇を開く。
大蛇の真紅の瞳が、ゆらりと揺れた。

「....ない、そうだよ....俺には美咲だけだ」

大蛇はゆっくりとそう答える。
俺にはその姿が瞬間幼い少年の様に見えて、刹那そっと目を細めた。

痛々しい程に、彼が小さく見える。
大蛇の縋るような瞳を、俺は静かに見つめ返した。

「は....大蛇―――お前、愛し方も、愛され方も知らねぇんだな」
「!!」

俺の言葉に、大蛇の瞳が刹那大きく見開かれる。
俺は小さく言葉を紡いだ。

大蛇の、目の前で萎縮する幼い少年の様な素顔を見上げて、俺は少しだけ口元を綻ばせる。

(俺だって....偉そうな事は言えねぇけどな....)

俺はここに連れて来られてから初めて、本当の意味で彼と向き合う。

「―――こんな風に縄で縛られてなかったら、抱きしめてやるのによ」

俺は瞳を細めると、小さく呟いた。
大蛇の雫の貯まった瞳と見つめ合う。

その雫の中に、散々泣き腫らした俺の上気した顔が見えた。
俺は刹那、そんな自分自身を見つめて目を細める。

(....一つだけ、解った)

―――俺は、猿比古の傍だと、本当の自分で居れたんだ。

偽る苦しさが、彼の傍では無かった。

変に肩に気が入る事もなく、無理に格好付けようとも思わなかった。
そしてあの頃、猿比古が俺に何かを求めて来る事もなかったんだ。

猿比古は、有りのままの俺と一緒にいてくれた。
だから猿比古の隣は居心地が良くて、温かかった。

....俺は、そんな彼の隣が好きだったんだ。

(猿比古....)

不意に、目の前で瞳に涙を溜める青年の顔が、猿比古と重なって見える。
俺は瞬間小さく唇を開いた。

(無理矢理こんな風にされて、好きになる訳ねーじゃんな....)

大蛇に、悪気がないのは何となく解る。
ただ此奴は知らないだけだ。

どうやって人を愛したらいいのか。
どうしたら人から愛されるのか。

馬鹿な俺と同じ位、此奴はきっと大事なことは何一つ見えていないんだろう。

俺は目を細めた。
それから初めて会ったあの日の様に、自然に笑って見せる。

「はは、お前もよ....俺よりずーっと頭いい癖に馬鹿だな!」

俺が言うと、大蛇は目を見開いた。
紅い瞳が、困惑して揺れる。

静かに俺を見下ろすと、大蛇は今にも泣きそうに顔を歪めた。

大蛇の唇が戦慄いて、涙の貯まった瞳が細められる。

「....どういう意味だよ、解んねぇよ」

小さく零して、大蛇は再び俺の身体を抱きしめた。

「そうだよ、俺は美咲以外に.....愛したいと思った事も、愛されたいと思った事もない―――!!」

大蛇の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
その雫は俺の唇の上に落ちて、静かに俺の中に染み込んだ。

塩辛い、涙の味が口の中に広がる。

「ッ解んねぇよ.....!!」

大蛇はそう泣き声で叫ぶと、俺の唇を自身の唇で塞いだ。
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