No.6
□きみの隣で
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手に触れた、この温かいものは何だろう。
なんだかとっても気持ちよくて、身体が楽になっていく。
「紫苑っ目を開けてくれ…!」
いきなり、衰えていたはずの聴覚が機能し始めた。
え…?
ネズミの声が聞こえる?
「ネズ…」
「死ぬなよ…なぁ紫苑!」
必死に紡いだ言葉は、ネズミには聞こえていないようだ。
きっとぼくの喉は、もうただの空気音しか発することが出来ていないのだろう。
ネズミが本当にここにいるのか言葉を交わして確認したいのに、聴覚と触覚でしか確認することが出来ない。
その事実は歯痒くて、とても切なかった。
しばらくして、少し冷静さを取り戻したネズミは、自分の涙で濡れている紫苑の手をとり、そこにそっと口付けをしながら紫苑に語りかけ始めた。
「おれは、紫苑に出会って自分を見失った。現実(リアル)で生き抜いていく術を無くしたんだ。だからおまえから離れようと思った。自分を取り戻すために。」
ネズミの言葉を聞きながら、紫苑は自分とは真逆だと思った。
紫苑の場合は、ネズミと出会えたから自分を見付けることが出来たのだから。
今度は首元に唇を落とす。
「だけど、紫苑に出会う前の自分に戻ることは出来なかった。いくら紫苑から離れても、忘れることなんて出来なかったんだ。いつだって、紫苑のことを無意識のうちに考えていた。」
ぼくだって、いつもいつもネズミのことを考えていた。
ネズミと出会う前の自分になんて、戻れるわけがない。
最後に、唇を重ねた。
「そのことを自覚してしまってから、おれは紫苑を失うことを一番に恐れるようになった。」
ドキリ、と心臓が脈をうつ。
あのネズミが、ぼくを失いたくないと思ってくれていた。
そしてそのことを正直に告げてくれた。
キスをしながら……
ネズミの行動に、紫苑の身体は今までの硬直が嘘だったかのように軽くなっていった。
(つづく)