さよなら私の愛した世界(短編)

□1-4 吹いた風は偶然か
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木ノ葉に来て四日目。

研修の三日目を終えて、私は木ノ葉の里を散策していた。





急遽入った任務とやらで、いつもなら日没後まで行われる研修が今日は昼過ぎで中断された。

他のプログラムに変更するという話も上がったけれど、三代目の計らいによって最終的には里の散策時間に決定した。

頭に入れた地図を頼りに、里の中心にある大通りを進む。



兄からは色々なものを見て来いと言われたけれど、実際にどうすればいいのかは分からなかった。

とりあえずは滝にはない賑やかな風景を眺めながら、気ままに道を歩く。



忍具屋のような忍里特有の店から、一般的な八百屋さんまで。

忍の額当てをしている人もいれば、見るからに一般人の人もいる。

見えてきた河原ではアカデミー帰りの子たちが楽しそうに走り回って――。


「あ」



思わず出た声に、慌てて口を塞ぐ。が、時既に遅し。

ばちりと交わった視線に、私は口を押さえたまま固まった。

真っ黒な髪。そして同じぐらい真っ黒な瞳。

けれどそれはどうしようもなく暗い闇の色ではなくて、まるでたくさんの星々が輝くのを見守る夜空のような色。


「………」


黙り込んだ私に、彼は無言で歩み寄って来た。

私の前で足を止める。

手にかいた変な汗が気持ち悪い。

先日の別れを思い出す。

特にこれと言った用は無かった。

ただ、あの日の組手が私の中で特別なだけで。

私には彼を呼び止める理由がない。


「……えっと、」

「なかなかじゃなくて、初めてだったよ」

「?」


唐突な言葉に、私は思わず首をひねって彼を見た。

彼は言葉を続ける。


「あんなに楽しかった組手」


『うちはくんと対等に組手が出来る子は、木ノ葉にもなかなかいないからな』


先日の先生の言葉が蘇る。

ようやく繋がった思考に、思わず私はまじまじと彼の顔を見た。



あの組手が特別だったのは、私だけじゃなかった…?



言葉を理解すると同時に、無意識に緩む頬。

それを見てわずかに微笑んだ様子の彼に、私は慌てて口を開く。

あの時言えなかったことを、もしここでも言い逃したら。

恐らく、もう二度と機会はやってこない。そんな予感がした。


「わ、私もこの前の組手、楽しかった!」

「!」

「え、っと…き、今日、今から時間ある!?」


用意していた言葉よりも多くの言葉が口から飛び出た。

本当は、ただありがとうと、楽しかったというだけのつもりだったのに。



けれど後悔はない。

交わった視線から一歩踏み込んで話しかけてきてくれた彼に、あの時間の特別さを伝えてくれた彼に、踏み込んでみてもいいんじゃないか。



我ながら唐突な申し出に彼は少し目を見開くと、しかしすぐに頷く。


「夕飯までなら」

「!」


大袈裟なほど反応した私に、今度は彼が小さく笑った。

きっとお互い、考えていることは同じだ。


「待ってて。道具、家から取ってくる」


勢いよく頷いた私を確認して、彼は走り出した。



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