さよなら私の愛した世界(短編)

□1-3 そうして舟は動き出す
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「!」


驚いた様子の彼を見て我に返った。


しまった。


足払いを避けるために宙へと逃れると、癖で自然と反撃のスピードが速まってしまう。

少し速めに振ってしまった左手を、それでも綺麗に受け流した彼を横目に、私は慌てて体勢を立て直した。





けれど、後悔したのも一瞬。


「!」


先程の私と同じか、それより速いスピードで蹴り上げられた彼の左足。

それを受け流したと思えば、すぐ後に続く右足。

速度は今までの倍以上だ。

どうやら彼の様子見はここまでらしい。



どうしようかと一瞬だけ考えたけど、このまま彼のスピードに引きずられるのも癪だ。

彼のスピードに被せるように素早く胴をねじってから、再び宙へと逃れると、そのまま踵を彼の頭へと振り落とした。

負けじと左足首を掴んできた彼に、地面へ叩きつけられる前に右足で反撃。

緩んだ手を振りほどいて体制を立て直して、今度は低姿勢からの手刀。

当然それが入るわけもなく、左手で弾かれてから間髪入れずに右手の攻撃が飛んできた。



正拳、手刀、裏打ち、足払い。

基本とは思えないほどの鋭さでしばらく攻防が続く。


すごい。

全てを弾いて、受け流して、そして流れるように攻撃へ転じてくる。

どうしたら勝てるだろう?

あと試していないのはどの技だったか。


一瞬の思考の末、一番の十八番を忘れていたことを思い出した。

無意識に口角が上がる。



足の親指に力を入れて、しっかり地面を踏みしめる。

彼からの攻撃を受け流せば、反動で容易く地面から足が離れた。


「――!」


今までで一二の出来を誇る回し蹴りが、彼の左胴へと叩きこまれる。

もちろんガードが外れることはなかったけれど、彼は数メートル吹っ飛んだ。



体勢を整えた先で、静かに目が細められる。


初めて見た表情。


いつまでも無表情だったのが少し気になっていたけれど、これはこれで気に食わない。

何とかぎゃふんと言わせてやりたい。





気付いたときには、それはもう夢中になって、私たちはお互いに技をかけ合っていた。





「そ、そこまで!」


慌てて止めに入った先生に、私たちはピタリと手を止めた。

お互いの前で交差する左腕に、二人同じようにしてお互いの襟首へと延ばされた右手。

きっとこの後はお互いの襟首を掴み、二人同時に足払いをかけ、二人同時にすっころんでいたか。

もしくはどちらかが相手を投げ飛ばすことで、それを回避していたに違いない。

もちろん回避するのは私だった。


「………」

「………」


お互いの顔や服は砂だらけの土だらけで、ところどころに擦り傷が出来ていた。



和解の印を結んだあと、顔だけでも洗ってこいと言う先生の言葉に従って、私たちは二人で蛇口の前に立つ。

無言で顔を洗って顔を上げた後、ふと何となく隣を見た。


「「!」」


ばちりと視線が交わったことにお互い驚いたのか、そのまま数秒お互いを見つめたままだった。



ただ黙ってお互いを見つめることの違和感に気付いた私が、何か言わなければと、とりあえず口を開く。

けれど、それはすぐに遠くから聞こえた声に遮られた。


「おーい、浅乃さん!」


大きな声で呼ばれた自分の名前。

思わずそちらを向けば、先生が走ってこちらに向かっていた。

校庭にいた生徒たちは既に教室へと帰り始めている。

どうやらいつの間にか授業は終わっていたようだ。


(…まずい、)


さっと冷汗がこめかみを伝う。

形も何も見直してないよ、私。


「怪我はないかい?」

「はい」

「なら良かった。…いやぁ、しかし驚いたよ。うちはくんとあそこまで対等に組手が出来る子は、木ノ葉にもなかなかいないからな。滝から研修生として来るだけのことはある!」

「………」


ははは!と豪快に先生は笑う。

形を見直す暇もなく夢中になっていたことを咎められはしないようで、私はそっと胸をなでおろした。


「顔と手はちゃんと洗ったな?じゃあ、浅乃さんは先生と一緒に来てくれるかな」


うちはくんはみんなと一緒に教室に戻って帰りの会だぞ、と言った先生に、はい、と答えた彼は、そのまま教室へと歩き出す。

一瞬だけ盗み見た彼の横顔は、初めて見た時と同じ無表情。



小さくなっていく彼の背中で、うちわの模様が静かに揺れていた。


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