愛の形 -番外短編集

□2012ハロウィン
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 今日は10月31日。ピートとマーサが留まっている町、ドロアシティは、「ハロウィンシティ」という異名を持っている程に、ハロウィンを盛大に祝う(?)街である。

 ピートは朝から機嫌が良くなかった。理由は、今日の行事――言うまでもなくハロウィンのこと――のせいだ。

「まずいなぁ……。今日ばっかりは、マーサに会いたくない……」

 溜め息をつきながら、まだ結婚していなかった去年のハロウィンを思い出す。

 去年、彼は彼女の異常な食欲を満たすだけのお菓子を用意できず、十数メートルという深さの落とし穴に無理矢理落とされた。恋人同士ですらなかった一昨年は危うくナイフで体を貫かれそうになり、主従関係にあった三年前は、彼女の満足するお菓子を買い与えたが故に財産が尽きかけた。

 「Trick or Treat」……マーサのこの言葉は、「悪戯かお菓子か」ではなく、「生死をさ迷うか経済破綻するか」である。もっと言うなら、「死ぬか生きるか」という問題にすら発展してしまうのだ。

「どうしよう、今年は何をされるかなぁ……」

 呟きながら、昨日の夜にマーサが宿屋の主人に斧を借りていたことを思い出した。ピートの全身を戦慄が走り抜ける。

「ま、マーサならやりかねない……」

 なけなしの金を叩いてお菓子を買うことを考え始めると、黒猫の耳と尻尾をつけたマーサが大きな紙袋を抱えながら駆け寄ってきた。

「ピートピート!Trick or Tr」
「まっ待って!!それ以上言わないでお願いだから!!」

 ピートの全力の土下座に、マーサは目をしばたかせる。しかし、その口角はにやにやとつり上がったままだ。

「んふふー、お菓子ないなら悪戯だよ??」
「いや、本当にさ……マーサの悪戯は度を越してるから」
「じゃあお菓子!!」
「お金がないよ!!マーサ、君も出してくれるならいいけど……」

 マーサは口を尖らせ、ぶちぶちと文句を言う。もともと労働者であった彼女に金の話をしてはいけないことを思い出し、ピートの心はちくりと痛んだ。

「じゃ、ピート。悪戯」
「いや、それは……」

 悪戯を受け入れてしまえば、いつ頭上に斧が落ちてくるか、怯えながら一日過ごさねばならないだろう。ピートは俯き、話題を逸らそうと、マーサが抱えている紙袋を指差した。

「その紙袋は??」
「これ??これはね、今年のハロウィンの悪戯!」
「へ??」

 マーサの腰に付けられた黒い尻尾が揺れた。


「お菓子がないなら、一緒に貰いに行けばいいんだよ」
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