短編集

□闇に咲く花
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「ロビン、愛してるよ、ロビン……今日もアナタは美しい……」

 暗い部屋の中央で、薔薇の装飾がなされた椅子に、美しい少女が退屈そうな顔をして座っている。その傍らには、首輪と手錠を付けられた大柄な青年が跪いていた。

「……君はその口を閉ざすことが出来ないのかね?いい加減、うるさいのだが。カイン」

 少女・ロビンは人形の様に冷たい目で青年・カインを睥睨し、彼の愛の言葉を一蹴した。しかしカインはめげずに繰り返す。

「でも……、でも、ロビン!俺はアナタを愛している!他のことに、全く手がつかない程だ……ロビン、俺の愛するロビン…」
「ならそんな愛なんて捨ててしまえば良い。煩わしいだけだ、恋とか愛とかなんてものは」

 感情のこもらない声と言葉に、カインは身を震わせる。一方ロビンは、自らの左手薬指に嵌めてある、カインと揃いの指輪を見つめていた。

「ロビン……アナタと俺は、確かに夫婦になった。契りを交わした。結ばれた。そうだろう?」
「ああ、事実だ。」

 ロビンの言葉に、カインは目を見開き笑みをこぼした。が、続くロビンの言葉に、その笑みは打ち砕かれた。

「だがしかし、其処に愛があるかないか、と言ったら、無論後者だがな」

 口角を上げ、口元だけで笑う少女は、人間ではない、異形の「何か」に見える。カインは身を乗り出し、ロビンに近付いて口付けた。

「んっ…ふ、ロビン……」

 口付けを深くしながら、掠れ声でカインが呟いた。しかし、ロビンの表情が揺らぐことはない。まるでカインが、マネキンか何かと接吻をしているようだった。

 どれだけの時間、そうしていただろうか。カインが唇を話すと、ロビンはやっと表情を変えた。しかしその表情は険しい。眉間に皺を寄せながら、ロビンは言った。

「カイン。そう言った行為は言葉によるコミュニケーションを失わせる。控えた方が良い……」
「……済まない、ロビン。でも、アナタはキスが好きだろう?」
「ああ、確かに接吻は好きだよ。されると気分が高揚するしね。しかし、その相手が君である必要はないよ。正直、接吻の相手なんて誰でも良い。」

 ロビンの冷えきった瞳に見下ろされ、カインは言葉を失った。ロビンは黙り込んだカインに気を良くしたのか、うっすらと微笑を浮かべて続ける。

「いつも言っていることだけどね。接吻や抱擁や性交を、愛の証だと思わないことだ。其処に愛がなければ、僕らの結婚と同様、全くの無意味なのだから。事実、君は言葉を失ったら僕に接吻や性交を強請るけど、それで僕の心が動いたことはない。そうだろう?間違いはあるか?」

 部屋に僅かに差し込んでいた月の光が、雲のせいで消えた。灯りを無くした部屋に、長い静寂が流れる。

 カインの頬を伝う幾筋かの涙をそっと拭い、ロビンは彼の首輪に繋がる鎖を掴んだ。

「そう落ち込むな、カイン。僕は君を人として愛してはいないが、愛玩動物……いや、玩具として、君をとても気に入っているよ。」
「…おも、ちゃ?」

 幼子の様に繰り返す。ロビンは、そうだ、と言って、カインの顎に手を添えた。

「ああ。僕のお気に入りの玩具さ。僕の欲を……食欲も破壊欲も性欲も満たしてくれる傀儡(くぐつ)さ。僕が此処まで何かを褒めることはないよ。だから、喜ぶが良い……」

 それだけのフォローで、カインは顔を綻ばせた。ロビンの唇は完璧な弧を描く。その笑みは不気味で、異様で……しかし、美しかった。

「……なんだか、気分が良いよ。君、横になりたまえ。今日は僕が上に乗るから」
「ロビン……」

 カインは口を開きかけたが、また閉ざした。言われるままに横になると、椅子から降りたロビンが、カインの下腹部に跨がった。


 月の光が、再び差し込んできた。


歪な夜は、終わる気配を見せない。

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