クジラさん
□The hidden thought.
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どうしても、踏み込めない一線が有った。
それが過ごした時間の差で、どうしようも無いと分かってはいても、気になってしまって、どうして、なんて。
僕はいつもその瞬間を目の当たりにするのだけれど、でも、それは火神くんにとってとても大切な事だからいつも言えずにいる。
他人からは良く見えるその仕草を、本人が意図的にやっているのかは分からない。
それを見ている時の僕の顔はきっとこの上なく無表情なのだろう。火神くんの、その仕草が、癖が、僕にとっては面白く無いものだから。
少し困った時とか、寂しい時とか、昂ぶった時とか、あらゆる場面でそれは現れる。
その度に思う。僕では及ばないのか、と。
ずっと、リングを握り締めているその大きな手が、それを離して僕に伸ばされたらどんなに良いだろうかと考えた。
火神くんが密かに吐き出している感情の熱が、リングではなく、僕に向けられたらどんなに嬉しいだろうかと。
火神くんは、他人にあまり自分の事を話してくれない。だから、そのリングはキミの感情の特別な捌け口になっているのだろう。
・・・そのリングを握っている時、キミは一体何を思っているのですか。
そのリングの役目は、僕では出来ないのですか?
「黒子?」
僕はまた、火神くんが触れるリングに視線を寄せてじっと眺めていた。
それを不思議に思ったらしい火神くんが、眉を寄せて僕の名前を呼ぶ。
「何見てんだよ」
そう言ってからまたリングを弄る。
僕と話す時にまで、どうして。何か気に障ったのだろうか。
「すみません・・・」
僕は火神くん不快にさせないよう、視線を逸らした。少し心臓がドクドクしている。
率直に、怖いと思った。僕は、もしかしたら彼に嫌われているのではないだろうか。
気になってはいても、それを聞く勇気なんてない。だって僕は、それでもキミの側に居たいから。
どうか、お願いです。
そのリングに詰められた思い出の、代用品でも良いから。
僕を感情の捌け口として、使ってください。
「本当」を、少しだけで良いから。
キミの感じる世界を、僕も感じたいんです。
終