クジラさん

□君を想うほど、失われていく世界
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※空挺懐古都市パロ
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あれから、ずっと青峰は何かが抜け落ちた様に空を見上げ続けていた。
彼の・・・黄瀬の発病が確認されてから一ヶ月が経つ。それでもその事実を仕方ないと割り切れるほど青峰は黄瀬を想っていないわけではなかった。

赤司が青峰の後ろに立っても、振り向きさえしなかった。ずっと、どこか遠くにある、見えない何かを探している様に目を細めていた。
おそらく、黄瀬の事を考えているのだろう。

「いつまでそうしてるつもりだ」

同情すら含んだ声で、赤司は言う。
その言葉に少しだけ青峰は反応した。いつまで・・・と、そんなもの、青峰にとってはどうでも良い事だったのだが。

「涼太とはもう話さないつもりか?」

先ほどとは違い、あまりにも淡白な言い方で、赤司は問いかける。感情を込めて言う方が、おそらく青峰を傷付けてしまうから。

「・・・黄瀬は?」

そう呟いて、青峰は空を見るのを止めた。
今度は俯いて、自分が座っているコンクリートの地面を見つめる。
その姿勢が弱々しさを際立たせて、以前の獣の様な青峰の面影を欠片も感じさせなかった。

「そんなの、今から自分で確かめて来れば良いだろう」
「・・・毎日、会うだけで辛いのに、わざわざ行けってのか?」
「僕の知った事じゃない」




黄瀬は、古妖精病(メランコリア)という記憶障害にかかっていた。それは今の時代では珍しいものではなく、青峰や赤司の周りの人間の半分は、同じ病を発症している。

心に一番依存している人間を忘れてしまう。
それがこの病気の症状だった。未だに回復した例は無い。ハッキリとした原因も分かっていない。
分かっているのは、一度忘れてしまえば、二度とその人物を記憶しないという点だけだろうか。


「お前も現実を受け入れろ」

そう言うしか無い自分に、赤司は燻った感覚を覚えた。本当に言いたい事はこんな馬鹿げたものじゃない。
それで今の青峰を、赤司はずっとは見ていられなかった。

「失った方も、辛い。一番に想った相手を忘れてしまうなんて嫌だった筈だ。だからこそ、涼太ならこう思うんじゃないのか。自分を忘れて、幸せになってくれって」

「・・・尚更、だろうが」

目元を自分の両の手で覆って、青峰が苦々しく呟く。その肩は震えていて、必死に何かを堪えている様にも見えた。

「黄瀬がそう思ったとしても、他の誰かを好きになれるわけじゃねぇ・・・。なれるわけがない。だって、アイツは俺を忘れたんだぞ・・・」

それが一番、青峰にとって重苦しい現実だった。

黄瀬は青峰を忘れてまで、青峰を一番に想っている事を証明したのだ。だからこそ、その気持ちを知って無かった事にするなんて、青峰には到底無理な話だった。

「忘れたくない・・・。俺も発症しちまう可能性だって有るだろうが、俺はアイツを覚えていたい・・・」

どうして、出会ってしまったんだろう。
こんなにも世界は理不尽で、それでもそれに抗えなかった者が、全て悪いのだろうか。
捧げられたものが人としての最高の栄誉ならば、その手から零れ落ちたのは、紛れもなく生きていく為に必要な居場所だった。

名を呼ぶ声を聴きたかった。
でも自分の名前を彼は知らない。

その肌に触れる権利が欲しかった。
でもそれを手に入れる手段が無い。

ただそこに在り続けたかった。
でも自分という人間は彼の中には残らない。

それを本当に不幸と呼べるだろうか。最愛の人という称号を、最も欲しかった相手から受け取る事が出来たのに。

それでも。








赤司は無言で携帯を開く。受信履歴には、黄瀬の名前がずらりと並んでいた。
あれから毎日と言っていい程、黄瀬は赤司にメールを送る。その内容はほとんど同じものだ。

『今日、青い髪の人見かけたッスよ!』

『すっごい格好良かったんス!』

『話しかけてみようと思って探すんだけど、どこにも居ないんッスよねぇ』

『赤司っち、名前知らない?』

毎日、毎日。
そのメールの内容は、全て青峰に向けられたものだった。

(・・・ああ、)

この事を、青峰に伝えようか迷っていた。
何をそんなに苦しむ必要が有るのだろうか。黄瀬は記憶を失っても尚、青峰の事を深く想っているのに。

(記憶が無くても、黄瀬の身体に、心に・・・お前は焼き付いているんだな)



青峰の背中を見つめ、赤司は静かに目を伏せた。妙に丸まった背中が、痛々しいけれど。
その背中を優しく撫でてやる事は、赤司には出来ない。
それこそ、黄瀬でなければ。

黄瀬が青峰に出会う度、その度に感じる感覚は必ず黄瀬の奥深くへ重ねられて行くだろう。
そうして、いつかまた二人が向き合って笑える日が来る事を、切に願おう。




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毎日君を忘れ、毎日君に恋をする。
君を想うほど、失われていく世界。








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