クジラさん

□極夜
1ページ/1ページ






仕事を終えて、最初に思った事は「青峰っちに会いたい」だった。それ以外は何も浮かんで来ない。毎日毎日、それの繰り返し。
もう何ヶ月彼に会ってないだろう。時々メールや電話のやり取りをしてはいるけれど、忙し過ぎて中々会いに行けない。
それがとても窮屈で堪らなかった。仕事が増えたのは嬉しいけれど、彼に会えない生活がこんなにも苦しいなんて知らなかった。


俺と青峰っちが出会ったのは、一年半程前だった。アイドルグループの一員として活動していた俺はその頃少し仕事に嫌気が刺していて、たまたま用事で寄った町の公園でただ座って空を見上げていた。
夜空が空一面に広がっていて、少しだけだけれど余計な事を忘れられそうだった。
そこで、出会ってしまったんだ。

夜中の公園で、公共のバスケットゴールがガシャンと揺れる。そこで、スーツ姿の青峰っちは1人でバスケをしていた。
俺は興味本位で近付いて、すると青峰っちも俺に気付いて、声をかけてきた。そのまま成り行きで一緒にバスケをしていた。
初心者の俺に青峰っちは基礎を教えてくれて、その時、すっごく楽しい気持ちになれた。嫌な事全部、身体から吹き飛んで行くのを感じた。

それから何度か会って、同じ様に夜の公園でバスケをした。俺は今程じゃないけれどそこそこ忙しくて、青峰っちも仕事の帰り、時間のある日だけ立ち寄ってるらしかったから中々お互い都合を合わせられなかったけど、俺がどうしてもって言ったら、青峰っちは貴重な有休を使ってくれた。

その頃から既に自覚は有った。ただ、青峰っちに会いたくてそうやってバスケを理由に会いに行ってるだけの自分が居るって事を。
でも青峰っちも、同じだって俺に言った。いつの間にかお互いが惹かれあってて・・・気持ちに気が付いた。青峰っちに好きだって言われた時の嬉しさと言ったら、それはもう尋常じゃない。
あまりの感動に俺は青峰っちにしがみ付いてだらしなく泣いたくらいだ。

俺は青峰っちに、自分の仕事について話した事は無かったけれど、流石に気付いてはいたらしい。
一度だけ、「俺の仕事に興味は無いんスか?」と聞いた事がある。だって普通こういう仕事の友人なんかが居たら、サインを強請るとか、仕事の内部事情とか、好きな芸能人についてとか、沢山聞く事は有るだろう。
でも、青峰っちは「興味が無いわけじゃねぇけど。そういうの、お前が疲れるだろ?俺と居る時くらい、そんなもん忘れちまえ」って言ってくれた。
そして「仕事が嫌でも、逃げないで頑張ってるお前はすげぇよ」って褒めてくれたんだ。あの時の事は絶対忘れない。頭に乗せられた青峰っちの掌の温度さえ思い出せるくらい、俺の心に深く残ってるんだから。


そんな青峰っちと、中々会えない日々が続いて・・・俺はもう限界だった。急激に忙しくなって、移動時間の睡眠すらも貴重だと思えるくらい切羽詰まっていた。
笑顔を振りまかなきゃやって行けないけれど、それでも青峰っちが傍に居ないだけでどうも気分が落ち込む。

空は、青峰っちと出会ったあの日の様に真っ暗で、光り輝いていた。

俺の内側は、青峰っちに出会ってからというもの、たった一度変化も訪れなかった。
ただ、濃い青だけが自分の中を塗り潰して行く感覚。俺はきっと、陶酔していたのだろう。
今でもそれは静かに続いていて、濃い青が重なり続けていずれは黒に染まるんじゃないかと、怖くなるくらい。見失いそうになるくらい、俺は青峰っちを求めていた。

彼は、真っ暗な夜空に美しく光る星の様に尊い輝きを放っている。

ああ、ほら。
いつの間にか、彼から連絡は入っていないかと携帯を確認する自分が居る。
本当に鬱陶しい。けれど俺は絶対にそれを辞められない自信が有った。

早く、会いたい。
会いたくて、会いたくて、視界が滲む。
呼吸さえも、上手く出来ているかどうか分からない。

俺は、こんなにも弱かっただろうか。
青峰っちに縋ってみっともないけれど、それでもそうしなければ生きて行けないくらい弱かったのだろうか。











.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ