クジラさん

□動悸
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「俺そのゴミ捨ててくるわー!」
「ありがとーっ」

高尾は女子から大量のゴミが入ったダンボールを受け取ると、両腕で抱えて教室を出た。
もうすぐ文化祭があり、今はその準備期間で校内は賑わっている。
高尾のクラスは出し物が制作物展示のせいか妙にゴミが大量に出て、ゴミ捨てなどの面倒事は高尾がいつも率先して引き受けるのだった。

廊下を歩いていると、周りからわいわいと楽しそうな声が聞こえてくる。文化祭までの準備でもうテンションが上がってしまっているようだった。
高尾自身もそういうイベント事が好きなので、普段よりも若干テンションは上がり気味だと自分でも思う。

「早く戻って俺も手伝わねーとな!」

そう思って歩く速度を速めたその瞬間。

「あ、やべ・・・」

階段を降りようとして、少しだけタイミングがズレて足を踏み外してしまう。そのままバランスを崩して倒れ込み、ダンボールからゴミが散らばった。

「いっで・・・って、やっべえゴミが!」

高尾は急いで体制を立て直し、ゴミを拾い集めてダンボールに詰め戻した。身体が少し痛みを発していたが、そこはまあ何とか耐える。
もう一度抱え直して立ち上がり、残りの半分の階段を降りようとした時だった。
ふわりと、両腕が軽くなる。

「何やってんだ。馬鹿」
「うぉ、って・・・!!!」

見上げると、高尾の抱えていたダンボールを奪い取って立つ宮地が居た。

「まさか・・・」
「ばっちり目撃してやった」
「うっわ!俺ダッセー・・・忘れてください!」
「ヤダ。ネタにする」

そうやって楽しそうに笑う宮地に、高尾は溜息を吐いた。
ダメだ、この人のせいで俺はしばらく笑われる・・・こういう人だ。それよりも早くゴミを捨てないと。そう思い宮地の抱えているダンボールに手を伸ばした。

しかし、その手はダンボールに触れる事が出来なかった。

「あの・・・」
「あぁ?」
「いや、そろそろダンボール返して欲しいんっすけど」

この人に限って嫌がらせ何て事は無いだろうが、何度手を伸ばしてもダンボールを返して貰えない。宮地は高尾の先輩なので手荒に奪い返すというのも気が引けた。
だというのに、宮地は何故かダンボールを抱えたまま歩き出した。

「ちょ、宮地サン!?」
「うるせぇ、ちょっと黙ってろ」
「いや、俺が持つんで!」

宮地の肩に手をかけると、ものすごい勢いで高尾は睨まれ、思わずその手を引いてしまった。
それを見て満足そうに宮地は視線を戻す。

「これ、重いな」
「まぁ・・・木材とかも、入ってるんで」
「何でお前が運んでんの?」
「手が空いてたんで?」


高尾の返事に、「馬鹿が・・・」と宮地は低く呟いた。

「部活で怪我した事、忘れてるんじゃねぇだろーな」
「え?」
「腕だよ!腕!こないだ変な風に捻ってただろーが!」

高尾は部活の練習中にちょっとしたミスで腕を痛めてしまっていた。その事を、宮地は言っているのだ。

「え、まさか心配してくれてたんすか!?」
「んなわけねーだろ!轢くぞ!」
「照れなくて良いんですよー?」
「・・・てめぇっ」

珍しく言い淀む宮地が、怒鳴るものの全然怖くなくて、高尾は新鮮な気分になった。
宮地は優しい。いつもは怒ってばかりだが、こうやって後輩を気遣う思いやりを持っているのだと高尾は知っていた。

「さっき階段から落ちたのも、大丈夫かよ?」
「全然平気っすよ」
「・・・馬鹿」
「え!?何で!?」

急に罵られ、高尾は心外だとでも言うように宮地を見た。けれど少しだけ、宮地のその眼が真剣さを帯びていて、それ以上何も言えなくなる。

「俺の見えない場所で怪我とかしやがったら、赦さねーぞ」

そう言ってズカズカと進んで行く宮地を、高尾は呆然と見つめた。自分の頬が少し、熱く感じるのは気の所為だろうか。

やばい、この人かっこいい。

何故かその感情が自分にとって酷く大切なもののように思えて、高尾はただひたすらに宮地の背中を追った。








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それが恋と気付くまで。









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