クジラさん

□Defective individuality
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自分だけのものって、何だろう。
そう考える度に、自分が真似をしないで努力で手に入れたものが何一つ無いことを知る。
生きていく中で自ずと身に着いていくものが個性と言うのなら、黄瀬にそんなものは存在しなかった。
誰かの真似事をするにしても、そこには必ずといって良い程個人のクセが混じっているというのに、黄瀬にはそれすらない。
性格でさえも、受けの良いものを装っていて・・・あえて自分だけのものと言えば、顔ぐらいだろうかと思う。
完璧にしすぎてしまって、あまりにも味気無いと自分でも思った。

探せば、黄瀬の様な人間は何処にでもいる。
そしてその人は、きっと個性というものを持っているのだろう。





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「私と、付き合って下さい」

目の前の女の子が恥ずかしそうにそう言ったのを見て、黄瀬はああ、と目を細めた。
放課後になって、呼び出された。黄瀬にとってはあまり珍しい事ではなかったが、それでも自分を好きだと言ってくる彼女達の言葉が、どうも信じられなかった。
だから、かもしれない。

「俺のどこが好き?」

だから、いつもそんな意味の無い事を訊ねてしまうのだ。
どうしてそんな言葉を吐き出してしまうのか、分からなかった。いや、気付きたくなかったのかもしれない。そうやって隠そうとしている、けれど本当は。

女の子は、戸惑いながらも理由を話し出す。それは何度も、沢山の女性から聞かされた理由だ。
格好良いから、優しいから、明るいから。
そうして自分から訊ねておいて、黄瀬は彼女達を突き放す。

「それは、俺じゃなくても良いッスよね」
「・・・え?」
「優しいとか、格好良いとか・・・。俺じゃなくても居るよ。出会ってないだけ」

好かれる事自体は嫌いではない。
それでも自分の個性を見出してくれた人は今まで居なかった。

「バスケ部にも、キミが好きそうなのは居るッスよ?青峰とか、緑間とか・・・名前ぐらいは聞いた事あるッスよね?格好良いし、好きになった相手には優しい。あの人達なら、きっと何も退屈とかしなさそうッス」
「私は黄瀬くんが・・・」
「うん・・・。でも、ごめん。俺の事はもう、諦めてもらって良いかな」

他の人なら紹介してあげるから。
そう言うと女の子は驚いた様な表情をして、俯き「ごめんなさい・・・」と呟いて小走りで去って行った。
少し可哀想な事をしてしまったと思ったが、それでも付き合うとか、彼女の想いを受け止めてあげる事は黄瀬には出来ない。

「サイテー・・・」

自覚はしているけれど、自分の中には何も無い事を誰にも知られたくなかった。
誰かに知っていて欲しいとは思っても、有り得ないと半ば諦めてしまっているのだ。



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そろそろ部活に行こうかと体育館の方向に足を向かわせると、黄瀬は思わぬ人物が見ている事に気付いた。

「何、人の名前勝手に出してんだよ」
「・・・青峰っち。見てたんスか?」
「たまたまな」

自分の中での唯一の憧れ。
青峰を見る度に、黄瀬の胸はいつも焼ける様な熱を持つ。
それがどうしても気に入らなくて、黄瀬は「可愛かったでしょ?青峰っちあんなのタイプじゃないッスか?」と、押し潰す様に言った。

青峰は何を思ったのか、黄瀬を壁に押し付ける。微かに黄瀬が呻いたのも無視して、強引に自分の唇を黄瀬のそれに重ねた。
温かくて、少しザラついた感触が黄瀬に伝わる。

「お前、俺が他のヤツと付き合っても良いワケ?」
「はぁ?」
「俺は嫌だけどな」

唇を離した青峰は、黄瀬にニヤリと笑ってみせた。青峰は黄瀬に好きだと言う。何度も、何度も。
それでも先程の彼女を断った時の様に拒めないでいる自分が、歯痒かった。
だからせめてもの抵抗に、同じ事を聞くのだ。

「・・・アンタもさ、俺じゃなきゃ駄目な理由なんて無いんじゃないんスか?」

青峰が黄瀬の目を見て「お前、何怖がってんの?」と首を傾げる。
いつも、この問いにだけは答えてくれない。それが不安だった。それが他人にも有るものだったら、青峰は自分以上の存在を見た時、きっとすぐに離れて行ってしまうのだろうと。

「怖がらせてんのはアンタだろ・・・。俺じゃなくても良いなら、何で最初っから俺以外にしとかないんスか」
「お前じゃないと駄目だっつったら?」
「だからそれが意味不明だって言ってるんス!」

黄瀬は声を荒げて、青峰を押し退けた。
諦めているのに、無駄な期待を持とうとする自分に苛立った。

好きなのだ。
それを認めたくなかった。
だから傷付く前に青峰に諦めて欲しかったし、付き合って彼に飽きられるぐらいなら自分は拒絶し続けようと思った。

「俺には青峰っちに好かれる程のもん持ってないッスよ・・・。俺は、何でこんなに何も無くて、でもアンタにはいっぱい有って。・・・どうしたら良いんだよ」
「知るかよ」
「じゃあさっさと諦めて」
「それは無理」

青峰が真っ直ぐに自分を見て言うから、黄瀬は耐えられず視線を逸らした。
どうして、自分でなければならないのだろうか。そう思ってもらう事を嬉しいと思うのに、素直に喜べない事が辛かった。

黄瀬を抱き寄せて、青峰は言う。

「お前はお前だろ。バスケが好きで、俺の事も好きで。すぐに小さい事で悩んで壁作って、でもぶっ壊して前に進んでく。それがお前じゃねぇの」
「それは・・・」
「お前さ、うぜーくらい考えすぎなんだよ。まあそういう駄目なとこも全部好きだけどな」

何の臆面も無くサラリとそんな事を言う。
黄瀬は恥ずかしくなって、顔を見られない様に青峰の首筋に顔を埋めた。

自分の欠陥すらも、好きだと。
今まで完璧にしようと頑張って来た自分の補えきれない欠陥すらも、青峰は好きなのだと言った。

「アンタ、変わってるッス」
「そうか?」
「皆、完璧な俺を求めるんスよ?こんな女々しい姿見たら、なんて思うかな」
「アホか。俺以外に見せたらぶっ殺すぞ」
「何でッスか!」
「お前は俺の前でだけ弱ってりゃいーんだよ」

青峰がくくっと笑うのを見て、黄瀬はそうかと思う。自分はこうして、ただの凡庸な自分に気付いてくれる人が欲しかったのだ。
お前は何でも出来て良いよな。そう言われ続けて来たからこそ、自分の欠陥に彼が気付いてくれて嬉しかった。

「仕方ないから、青峰っちの前だけ腑抜けでいてやるッス」
「それはそれでどーなんだよ」
「もう知らねーんスからね!!!」

黄瀬は再び青峰を突き飛ばして、「部活行くッス!」と体育館に向かって歩き出した。
それを後ろから眺めながら青峰は「で?お前はまだ俺と付き合ってくれねーの?」と、今まで断られて来た事の答えを求めた。

「考えとく!!!」

黄瀬が振り向かずにそう言ったのを見て、青峰は「おう」と楽しそうに笑った。
おそらく部活が終わる頃には、黄瀬は答えを出しているだろう。




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部活↓

(何をしていてこんなに遅くなったのだよ)
(ごめんッス!!!)
(赤司こぇー)








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