クジラさん

□何よりも
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青峰はマジバの机に突っ伏して、「ぐぇー」と、情けない声を出していた。それを正面から見ていた黒子は「いい加減にして下さい」と青峰の頭を財布で軽く叩く。
「いてーよテツ」
「何なんですか急に呼び出して。用があるならさっさとしてくれませんか?」
「ったく。わーかったって」
青峰は机から顔を引き剥がし、頬杖をついてから黒子のトレーに乗っていたポテトを一つ摘まんだ。
「最近、黄瀬からメールが来なくなったんだよ」
「はぁ・・・。ああ、そういえばそうですね。僕もですよ」
「お前もかよ」
「忙しいんじゃないですか?」
「なーんか・・・そうじゃねえ気がするんだよな」
ポテトを口に放り込み、青峰は携帯を確認した。画面にメールが受信された報せは表示されていない。
「・・・今まではうっぜーぐらい送ってきやがってたのに」
「寂しいんですか」
「違ぇよ!」
「らしくないですねえ」
「違ぇって言ってんだろ!」
青峰はムキになって黒子に吠えた。「子供みたいですね」と、鼻で笑われ押し黙る。

青峰はWC以降、真面目に部活に参加するようになり、黄瀬と会う時間が減少した事に不満を感じる事は無くても、やはり顔は見たいのである。黒子と火神のように同じ高校ではないのだから尚更だ。
「キミは本当に黄瀬君が好きなんですね」
「うるせぇよ」
「どうせまだ手を出せなかったりするんでしょう。好きなんて甘いこと面と向かって言うのはキャラじゃないですしねー。強引に押し倒す勇気も無いんでしょう?」
「もう黙れ・・・つかエスパーか」
青峰は大きくため息を吐いて、窓の外を見た。空はムカつく程に澄み渡っている。

青峰の瞳が揺らぐ。
不安になっているのかもしれなかった。

もう一度真面目にバスケをするようになって、まだ一度も黄瀬と会って話をしていない。まだ一度もバスケをしていない。

まだ一度も気持ちを伝えていない。




***




青峰が初めて黄瀬を「そういう対象」で見たのは、告白された後だった。それまで意識をしたことが無かったし、男をそういう風に見ようとも思わなかった。
それでもその告白に応じたのは、青峰にとってただの気まぐれに過ぎなかったのかもしれない。

その日から、黄瀬は今までよりも努力するようになった。何かに取り付かれたように、夜遅くまで残り自主練を繰り返した。
青峰を1on1に誘うこともあったが、それでもその数は減り、自分の強化に務めるようになった。
青峰には何故黄瀬がそんなにもバスケに執着しているのか分からなかったが、その姿を見るのは悪くはなかった。

青峰の目に映る世界は色褪せていたが、その世界に入り込んだ黄瀬はどうしてか色を失ってはいなかった。それに気付いた時、黄瀬が自分の中で「特別」な存在になっているのだと知った。

『絶対、勝つ!もう一回やるッス!』

そうやって諦めずに何度も青峰に挑戦してくる。他の誰でもない。青峰だけを見て。
それをただ、羨ましいと思った。

どうすればそんな風に、真っ直ぐでいられるんだ?

そう、何度も喉から声が溢れそうになるのを抑えた。目標を持って努力することを放棄した自分に言えるような言葉ではない。分かっていた。
自分のせいで、沢山のものがメチャクチャに、バラバラになったと思う。いつの間にか隣から相棒は消えていて、黄瀬が本気で笑うことも無かった。自分自身も冷めきっていた。


バスケさえ出来れば、他はどうだって良い。そのくらい青峰の奥底にバスケは染み付いていた。何にも変えられない。そういうルールが、青峰の中には存在していて、それを冒そうとする人間は突き放してきた。

黄瀬は、違ったと思う。黄瀬はただ側に居てくれただけだったと思う。
いつの間にかそれに縋って生きていた。冷たくしても、ずっと名前を呼び続けてくれた。それに安心して、青峰は黄瀬が側に居てくれる事に優越感を感じていたのだ。

「俺はもうアイツを離したくなくて、独占したくて・・・みっともねぇけど、実際にアイツに告白しようとした奴を睨んだりとか色々やっちまったけど・・・それぐらい惚れてたんだわ。WC後には、もっとヤバくなって」

“そしたら・・・いつの間にかさ”

青峰はもう一度机に突っ伏して言う。


「バスケしたいって気持ち、上回るぐらい・・・・アイツのこと考えてんだよ」


顔を伏せて見せようとしない青峰を見て、黒子は「・・・もうそれは、中毒ですね」と笑った。
「会いに行けば良いじゃないですか」
「そうだけどよ・・・あー」
青峰が呻いた時、突然黒子の携帯が震えた。
「ちょっとすいません。火神君からメールです」
「おーおー、見せつけてんじゃねーよ」
「うるさいですね・・・って・・・え?」
滅多に崩れない黒子の表情が、少しばかり歪んだ気がした。「どうした?」と、青峰が眉を顰める。

「火神君が今・・・黄瀬君の家に居るそうなんですけど・・・」
「ぁあ"?」
「黄瀬君が、退部したって」

瞬間。
青峰はガタッと激しい音を立てて立ち上がり、マジバを飛び出した。駅まで全速力で走る。走っているからではない、嫌な汗が流れた。




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