クジラさん

□何よりも
1ページ/3ページ

※ WC後の話。


**********

「俺は・・・負けたのか」
WCでの桐皇対誠凛の試合で、青峰は負けた。それでも、やっと心につっかえていた重荷が取れたような気がして、青峰は笑った。

きっかけはそれだけだった。
青峰は色褪せていた自分の世界が少しずつ色付いて行くのを感じることが出来た。バスケをしたいと望むようになり、誠凛の彼等に感謝さえした。
今まで冷めていた心が急速に温まり、目まぐるしく色を変え、それについて行くことに必死で・・・。
その中で、たった一色の色が消えていることに気付けないでいた。


***



親戚間の個人的な用事で、火神大我は神奈川県に来ていた。海常との試合の時はゆっくりと辺りを散策出来なかったので、ぶらぶらと繁華街を歩いている時だった。
ふと、知った顔が横を通り抜けた。
「・・・笠松?」
「あ?」
話しかけると相手は振り返って、驚いたのか目を見開いて見つめて来た。そこに居たのは海常のキャプテン、笠松幸男。
「何で居るんだよ・・・」
「いや、ちょっと用事で。つか、ここ海常の近くだったっけ」
「さり気なくタメ口だよなお前は・・・」
笠松はため息を吐いた。
それでももう慣れたのか、それとも火神が敬語が苦手だと知っているからか、それ以上追求はしなかった。
「本当偶然だな。アンタとこも部活休みだったのか?」
「ああ・・・まあな」
「海常はウチより部活厳しいと思ってたけど」
「当たり前だ。新設校と一緒にすんな」
そうやって嫌味を言ったかと思えば、笠松の表情に影が刺した。火神はそれを見逃さない。

「部活で何かあったのか?」
「・・・お前・・・黒子とかから聞いてないのか?」
「は?」
黒子・・・・?と、火神は首を捻る。
その表情を見て、「アイツ、黒子にも言ってないのか・・・」と、笠松は呟いた。
そして予想外の言葉を口にする。



「黄瀬が、バスケ部辞めたんだよ」







***




某マンションの前。
笠松から黄瀬の住所を聞いた火神は居ても立っても居られず、家の前まで来ていたのだ。黄瀬には事前に「今から行く」とメールを出しておいた。返信は無かったが、笠松が行けば会えると言っていた。
インターホンを押して、暫く待つ。

ガチャリ・・・と、ドアが開いた。


「火神っち!」
「よぉ」
「本当に来るとか・・・ま、いっすよ。上がってくださいッス」
「悪いな」
黄瀬は笑顔だったが、声はいつもより落ち着いたものだった。
火神は黄瀬の家に入り、案内された部屋のソファーに座る。黄瀬がテーブルにお茶を置き、自分は床に腰掛けた。
「で、何の用ッスか?ていうか良くここが分かったッスねえ」
「笠松に聞いた」
「・・・そッスか」
火神はお茶を一口啜り、気になっていた事を口に出して問うた。
「黒子にも言ってねーのかよ」
「・・・そうッス」
「何でだよ。お前・・・何で急に」
「いや、結構悩んでたんスよ?これでも」
黄瀬はへらりと笑って見せた。
その笑みが、あの自信家な黄瀬からは発される筈の無い、諦めを含んだ表情だという事に火神は違和感を持った。
「もうバスケする理由。無くなったんスよ」
そう言って、俯く黄瀬。
「ワケわかんねぇよ。理由とかいるのか?」
「俺にとっては結構大事だったんッス!でももう良いかなって」
また、黄瀬は笑う。それがあまりにも不愉快だった。
「理由。誰かに話したのかよ」
「話すワケないッス。みっともないから」
それを聞いて、火神は息を吐く。黄瀬の目を見てから、こう言った。
「聞いてやるから話せよ」

黄瀬は一瞬躊躇ったように目を泳がせたが、それでも火神が自分にとって一番話しやすい相手だったのは確かで。彼なら静かに聞いてくれるだろうか。そう思ってしまった。



***


中学二年生の頃。
ある日突然、色褪せた黄瀬の世界に強烈なアオが飛び込んで来た。そのアオは黄瀬の世界の基準だったもの全てを塗り替えた。憧れを持つのは簡単で、それからずっと、そのアオを追いかけ続けた。

今思えば、きっとそれは一目惚れだったに違いない。

あのアオは、青峰大輝は、天才だった。黄瀬ですら全く歯が立たない程の圧倒的な力を持っていたのだ。それに嫉妬した事も、絶望した事もある。ただそんな事はどうでも良くなる程に、彼のアオに染められていた。
そのアオに、自分が溶けられたら。

しかし。
青峰大輝の開花は早く、彼の世界はすぐに扉を閉める事になる。アオは、その色以外の全てを拒絶していた。
それからすぐに、彼の相棒は姿を消し、黄瀬はその変化をただ見ていることしか出来なかった。

何も変えられなかった。
自分の居場所さえ失われていく気がした。

それがただ怖くて、何も分からなくなって。中学三年生の時に、黄瀬は青峰に自分の気持ちを思い切って打ち明けた。

『好き・・・ッス。青峰っちが・・・』
『ふぅん・・・で、どうしたいんだよ』
『・・・えっと、付き合って、欲しいッス』
『いいぜ』

そう、青峰は顔色一つ変えず言ったのだった。


「きっと、青峰っちも俺も、どうかしてたんスよねえ・・・。だって、あの青峰っちが俺の告白を受け入れてくれたんッスよ?その時点で・・・もう、おかしかった。きっとバスケ以外の事はどうなっても良かったんス」

それでも黄瀬は、受け入れて貰えた事に感謝はしていた。彼の為になればと思って、彼がまた昔のように笑ってバスケが出来るようになれば良いと思って。
黄瀬自身はバスケなど青峰の二番目でしかなかった。それでも頑張って来れたのは、青峰に勝つことが出来れば変わってくれると信じていたから。それだけだった。

「でも青峰っちの一番はバスケだった。どんなにつまらなくなっても、バスケだけは辞めなかった。俺は、青峰っちの中では一番になれなかったッス。いや、それは最初から分かってて告白したんスけどね?だからどうしても・・・せめて、俺が青峰っちの世界を取り返してやりたかった・・・」



けれど実際にそれをやってのけたのは、かつての相棒だった。強烈なアオを唯一鎮めることの出来る、優しいミズイロ。

本当にあと少しだった。
あと少し手を伸ばせば、彼に触れられていたかもしれなかった。過去に見た彼の笑顔が自分に向けられるかもしれなかった。それだけの、その一瞬の為だけに今まで頑張って来たのに、全て無駄になったのだ。

「・・・悔しいッス」
黄瀬の頬を、何かが滴った。
「悔しいッスよ・・・俺」

桐皇が誠凛に負けた瞬間。
黄瀬は青峰の表情を見て、その瞬間全てが終わったのだと実感した。

ーあの青峰が笑っているー

悔しそうに、嬉しそうに。
そして・・・・・安心したように。

「青峰っちにはもう、バスケがあるから。俺はもう、何も出来ないッスよ。何も」

彼の中に残れるような俺じゃない。

「お前のこと・・・本当に好きかもしんねーだろ・・・」
「それは無いッス」
「何でだよ!」
黄瀬はまた、火神に微笑んだ。

「俺が告白してから一度も、好きなんて言ってくれた事無かったッスから」







.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ