遥かなる時

□繋がらない想い
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深雪が晴明の屋敷を出てから3日がたった。

−晴明side−
「晴明…また酒を飲んで居るのか?」
博雅が濡れ縁に座り一人酒を飲んでいる俺に声をかけてきた。
「博雅…俺はおろかな男だなぁ…」
俺は盃に入った酒を眺めながらポツリと呟いた。
深雪がこの屋敷を出て始めて気づいた。
花が綻ぶような笑顔に、自分の名を呼ぶその声に、自分の腕の中で安心しきって眠る寝顔に、不安だったり緊張すると俺の狩衣の裾を握る癖にさえも、俺は癒されていたのだと。
「俺の不用意な言葉で傷つけた…」
屋敷を出てみるか?そう言ったときの 深雪の顔は、悲しみに満ちその瞳は絶望の色を称えた。
あんなに癒されていた笑顔を曇らせたのは、他の誰でもない俺自身だった。
あのとき…始めて聞いた部屋から漏れた深雪の嗚咽混じりの鳴き声に気が狂いそうなほど胸を締め付けられた。
泣かせたのは自分なのに、泣くなら自分の胸で憩わせてやりたい、背を撫で優しく抱き締めてやりたいと、そう思った。
「あいつは…俺に甘えすぎているから…だら、屋敷を出るかと持ち出されたと思い込んでいた。」
仕事から戻り自分の文机に乗った手紙を読んだとき、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
慌てて 深雪の部屋へ行き、誰も居ない部屋に焦り、屋敷中を探し回ったが、 深雪はもう居なかった。
深雪の心の声を聞き、泣き声を聞いて始めて自分がこの娘を愛しいと思っていたのだと気づいた。
それなに気づいたときにはその娘はもう自分の側には居れないほど傷つけたあとだった…

『晴明様、我が儘や甘えばかり言ってごめんなさい。晴明様に嫌われてしまった今、私はこの屋敷に居ることは出来ません。晴明様に1つだけお願いがあります。以前頂いた手紙と数珠だけは私にください。最後まで自分の我が儘を通してごめんなさい。どうか、お体に気を付けて。』
深雪の手紙は自分を攻め続けていた。
俺の書いた数行の手紙を大事に持っていたことにも驚いた。
優しさに甘えていたのは俺の方だったのだと気づかされた。
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