一輪の花

□一、慌ただしい日
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薄桜学園。
保険体育の教師たる原田左之助は、この春から自分が担任を勤める一年五組の学級クラス名簿を一瞥して、その最中に一つの名前が目に止まり延々と頭を悩ませていた。

春原和音。


「……?」


何処かで聞いたことのある名だった。
何処だ。
いつだ。
考えても到底出て来そうに無かったので、あまり期待は出来ないが、たまたま居合わせた同じく自分が担当する五組の生徒に尋ねてみた。


「なあ平助。お前この名前、聞き覚えねえか?」

「ん?」


藤堂平助。
今でこそ教師と生徒の関係だが、それ以前に家の関係で、お互い顔馴染みである。


「春原って……あの春原和音?確かアレだよ、去年の入学式の日に行方不明になった奴だ」

「行方不明?」

「そ。左之さん覚えてねえの?」

「……そういえば……そんな事件も有ったか」


行方不明。
春原和音。
そうだ、そうだった。
そんな事件が、一年前の昨日に確かにあった。
ニュースにもなった。
一人の少女が忽然と姿を消す怪事件。
警察も手を煩ったと聞いている。


「見つかったんだってさ。二週間くらい前に」

「マジか」

「ああ。昨夜のニュースでチラッと出てたよ……なあ左之さん、もしかして春原同じクラス……?」

「みてえだな。俺は昨日居なかったから今まで知らなかったが、ちゃんと名簿に名前が有るんだし」

「マジかよすっげえ!有名人とクラス一緒じゃん!」


オイオイ平助。
確かに和音は有名人かも知れねえが、不謹慎だからあんま騒ぐんじゃねえよ。
原田の心の呟きは声にはならず、声にならなかったのだから平助の耳に届くはずもなく、しかし彼はふと騒ぐのを止め、思い出したように口を開いた。


「そういや確かに左之さん昨日居なかったよな。入学式なのに担任が居なくて皆不思議がってたぜ?」

「……ああ。そりゃアレだ。親戚の墓参りだ。どうしても昨日じゃねえと駄目だったんだよ」

「……そ、そっかあ!なら仕方ねえよな!じゃあ俺、部活動見学あるから!」


逃げるように……というか実際逃げたのだろう。
悪いことしたな、と原田は心の中で謝罪した。

嘘言って悪かったな、平助。

半分本当だが半分は嘘だ。
昨日は親戚の墓参りなどしていない。
墓参りというのは真実であるが、原田が昨日入学式を欠席してまで顔を会わせに行ったのは親戚ではなく、全く血縁の無い他の人間だった。

それは誰か。

……実のところ、原田にも良くわかっていない。


「……誰、なんだろうな。アイツは」


あの木の下に眠って居るのは、一体誰なのか。
それがわからず、わからないまま線香を上げた。
一輪だけ、花も供えた。
スミレ。
多分、この眠り姫が好きな花だ。
そんな気がした。

何故そう思い立ったのかわからない。ただ朝起きたら、自然と足がそこへ向いたのだ。
欠席の連絡を入れて、
花を買って、
車ではなく、徒歩で。


「おい左之」

「……新八か。どうした?」

「どうしたって……何ボーッとしてんだよ。HR始まるぜ?」

「あ……ああ、わかった」


原田は名簿と配布用プリントを持って、職員室を出た。




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