紫紺の楔

□出逢い
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慌ただしい入学式を終え、新入生を迎えるように満開だった桜の木も次の季節に備えて若葉を繁らせている。


現在5月下旬。

この頃には少しずつ学校にも慣れて、級友の顔も覚えられる時機だろう。


そんな中、ある少年の周りには数多くの生徒が集まっていた。
その少年はつり目がちな眼を細め、人懐っこい笑顔を浮かべていた。


少年の名は高尾和成。
今年この中学に入学して来た、ごく一般的な少年。
しかし彼は人一倍コミュニケーション能力に長けており、入学して間もなくして多くの友人と知り合った。





「高尾くーん。隣のクラスの人が来てるよー」


高「ん〜?あ、山田じゃん!」

この頃には、高尾の友人の幅は自身のクラスだけでなく、学年中にまで及んでいた。

その中でも山田は高尾と同じ小学校出身で、中学に入ってからもよく話す友人であった。



「わりぃ高尾、数学の教科書貸してくんね?忘れちゃってさ…」

高「おー良いぜ。ちょっと待ってなー」

「ごめん、助かる」


高尾は自分の席に戻り、引き出しから数学の教科書を取り出す。
それを山田に手渡すと、彼は軽く礼を言い、隣のクラスへと帰っていった。






「あ、高尾ー。ちょうどお前に用事があったんだよー」


高「ん、なに?」

教室に戻ろうとすると、今度は別の男子生徒に呼び止められる。


「この前、足りない分の金貸してくれただろー?その金を返しに来たんだよ」


高「いや、別にいいのに」


「マジで助かった、サンキューな」


男子生徒からお金を受け取ると、その生徒は友人と共に去っていった。



「あ、高尾くーん」

その後も、次から次へと高尾に用事を持つ生徒が現れ、高尾は忙しくも充実した昼休みを迎えた。



そんな高尾を、教室に集まっていた友人らは苦笑いと尊敬が込められた眼差しを向けていた。


「高尾のヤツすごいなー。まだ5月だぜ?」

「あいつのコミュ充っぷりパネェからなぁ」

「おまけにスペックはエベレスト級だからな」

「うわっ、たっっか!!」


友人達が高尾について話していると、なにやらヒソヒソと話す女子生徒の集団が見えた。

彼女達はチラチラ廊下に居る高尾を見ては、はにかみ、小さく悲鳴を上げている。


興味を惹かれた少年らは、彼女達の会話に聞き耳をたてた。



「高尾くんて、なんかいいよね」

「私この前、高尾くんに消ゴム貸したよー!そしたらめっちゃカッコイー顔でサンキューって言ってもらった!」

「えーいいなぁ。あたしも高尾くんと消ゴムの貸し借りしたい…」

「いや消ゴムで満足なの…?」


内容はもちろん高尾について。
それも好きな人いるかな?

好みはどんな子かな?

好きな食べ物はなんだろー?

といった、いかにもモテる者だけが与えられる女子からの黄色い声だった。





「くそー高尾め〜」

「つかあの女子かわいいんだがっ!?」

「う、羨ましくなんかねーからな!? ただ高尾は…ちょい高めの段差で、ケガしねぇ程度に転ければいい」

「何気にお前優しいな」



友人達の間でこんな会話がされてから程無くして、制服が夏服へと変わる6月上旬。





「高尾くん……好きです」


高「……ごめんな」


入学してまだ2ヶ月にも関わらず、高尾に告白し出す生徒が現れた。






「ちょ、お前! 今の子フッたのか!? めちゃカワイイのに」


高「いやー、でもオレあの子の事あんま知らねーから…」


「付き合ってから知ればいいだろーがぁぁぁ」


高「ちょっ、どったのっ!!! 朝からハジけまくりじゃねっ!……まぁけど、今オレは部活に集中したいからさー」


「バスケか…!モテ要素の1つであるバスケかっ!!!」




その後も、幾度と高尾は一部の女子に告白され続けた。

また高尾の人懐っこい性格は上級生に受けており、2・3年の女子の間でも彼は人気だった。














「最近はみんなお盛んだね〜」


「いきなりどったのお前」


「だって噂の新入生くんを巡って、学校中の女の子がフンキしてるんだよ〜。これってすごいじゃない?」


「……あーカズオだったけか?」


眩しい日射しが差し込む3年の廊下。
そこを2人の男子生徒が通り掛かる。

細身の少年は夏季限定の菓子を頬張り、隣を歩く少年に、今学校で話題になっている新入生の話を振っていた。



「なーんかクラスの女の子の話を聞く限り、誰もいい返事貰えてないんだって〜」

「モテ男に有り勝ちな話だな」

2人並んで歩いていると、3人グループの女子とすれ違う。








「ねぇねぇ、1年の高尾くんってカワイイよねー」

「あの人懐っこい笑顔がまたいいよね〜」


ああ、また例の1年の話か…

少年はすれ違い様に聞こえた話に呆れ、溜め息を吐いた。





「ねぇ、あたし告ってみようと思ってんだけどさー。彼OKしてくれるかなー?」


「え、マジで!!?」

「うっそ!! 本気なの!?」


更に聞こえて来た話題に、少年は片眉を上げた。






「トオルくんどったの〜?」

「……いや、ちょっとな」


細身の少年は菓子を喉の奥へと飲み下し、眉を顰めた少年を見上げた。


少年は去っていく女子達を一瞥すると、細身の少年と共に再び日射しが差す廊下を歩き始めた。






**********







「ずいぶんと遅かったね?購買混んでたの?」


「いんや、途中担任に捕まった」

「また中間が悪かったのか?」


「優くん、僕らの事なんだと思ってるのぉ…」

優くん、と呼ばれた長身の少年が訊ねれば、細身の少年は不貞腐れてしまった。
すると長身の少年は慌て出す。



「ご、ごめん!今回はちゃんと俺らも協力したもんな!赤点は流石に無かったんだよなっ!!」


「ったく、大澤ぁ…」

「た、立花……悪かったよ」

溜め息を吐き、立花は長身の少年こと、大澤の肩に手を置く。
哀愁を漂わせる雰囲気に、大澤は身を固くする。




「オレらが平均以上とれる訳ないだろ」

「は、えっ!?」


「補習だってさ〜っ!!うわぁぁん、優くんんんっ!!」


2人揃って赤点をとってしまったようで、2人は大澤に縋(スガ)り付いた。

2人分の体重を掛けられ、長身の大澤でも身動きが取れず、正直困っていた。



カシャッ…!


そんな時、微かなシャッター音がした。

音の元を見れば、少年が楽しげにケータイを操作していた。











「〜〜っ、写真撮ってないで、2人を退かしてよ、恭介っ!」

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