紫紺の楔
□0.5
1ページ/5ページ
――…時は一時巻き戻る。
それは各府県の名のある強豪バスケ部員達が姿を消し、鳴海恭介がやって来る前の…空白の時間――…
――--…‥
―――――----……‥
―――ヤバイ、ヤバイヤバイ…!!
頭の中で、その単語がグルグルと渦巻いている。
天井に張り付いているその怪物は、見れば見るほど悍ましい姿をしている。
一見、スタンダードな幽霊の風貌をしている。
死に装束を着てて、けど頭にはあの白い布…確か天冠って真ちゃん言ってたっけ。それは巻かれてない。
髪は貞子よろしくの長髪。その間から覗く目は血走ってて、ニタニタとオレを見下ろしている。
そして一番オレが恐怖する理由はそいつの頭部にある。
さっき説明した、長髪の間から目が覗いてる…って、普通ならおかしいって思うよな。
“天井に張り付いてる”なら髪は重力に従って下に垂れてて、髪の隙間から目が覗く、なんて表現しない。
けど、こいつの場合、髪の隙間から目が覗いてる、なぜなら…。
通常、天井に張り付いてるなら首は天井の方を向いてるが、こいつの首は180度回転してて、まっすぐオレを見下ろしている。
《ア"ア"ア"アアアァァァ…!!!》
怪物が身の毛もよだつ不気味な奇声を上げた。
「……、っ…!」
オレはその声に素直に反応してしまい、一瞬硬直してしまった。けど怪物が動いたのをキッカケに、オレは古びた床板を力一杯蹴り、教室から飛び出た。
**********
「…っ、」
「、気が付いたか日向!」
日「伊…月……?」
日向が虚ろに目を開ける。
一番に視界に入って来たのは、チームメイトの伊月俊だった。
緩慢な動きで上体を起こし、日向は周囲を見回した。
日「――んだ、ここッ!?」
伊「どうやら、ずいぶん前に閉鎖された廃校らしい」
伊月に腕を引っ張られ、日向は立ち上がり、叫ぶ。
日「……なんでこんなとこに」
着替えたはずのジャージに付いた埃をはたき落とし、日向は目を眇める。
伊「解らない…。俺も気が付いたらこの部屋で寝転んでたからさ」
伊月は窓を覆っていた、所々ほつれ、また破けたカーテンを開けた。
伊「――!!?」
日「っ、気味わりぃな……」
外は真っ暗だった。いや、真っ黒だった。
まるで黒ペンキで塗り潰されたかのように真っ黒で、外を一切望む事が出来ない。
《ア"ア"ア"アアアァァァ…!!!》
2人がカーテンを閉め直した刹那、耳に届く不気味な声。
日「な、なんだッ!!?」
日向が大きく肩を揺らした。
伊「!! 誰かがこっちに走ってくる」
2人は教室の端に寄り、静かに息を潜める。
割れたガラスの間から、廊下を通過する人影が見えた。
見覚えのある、オレンジ色のジャージ。
日「おい伊月ッ!」
ガラッ…!
伊「高尾か…!?」
伊月は教室の引き戸を開け、たった今廊下を通過した人物、高尾に声を掛ける。
高「っ…い、いづ…き、サン…!」
伊月の顔を見た高尾は目を見開き、続いて伊月達が居る教室に滑り込んだ。
高「は、…はぁ…。な、何だよ…アレっ」
日「高尾…!」
日向も入って来た彼が知り合いだと解ると、教室の壁から背を離し、2人の下へ駆け寄って来た。
伊「……何かあったのか」
高「っ…」
入ってきて早々に座り込んだ高尾に、伊月は真剣な声音で訊ねる。
そして息を整えようとしている高尾の背を軽く擦ってやる。
ここまで動揺している高尾を、2人は初めて見る。
高「っ、オレ…、」
高尾が口を開こうとした時、廊下からギシ…ギシ…っと床鳴りの音がした。
再び、高尾の呼吸が乱れる。
その様子を見た伊月は高尾を支え、教室の端に移動した。
日向も慌てて付いていく。
ギシ…ギシ……
その音は、段々近付いて来る。
割れたガラスの間からは、薄暗い廊下が覗いてるだけだ。
ギシ…ギシ…――…
床鳴りの音が、彼らの居る教室前を通過していった。
伊「(ほっ……)」
3人は静かに息を吐いた。
ガラッ…!
「「「―――っ!!!」」」
刹那、引き戸が開かれた。
**********
「……ぅ」
意識が浮上していくにつれ、埃臭い匂いが鼻孔に入ってきた。
後頭部や背中に当たる感触が固い…。それに、寒い…。
ゆっくり、瞼を持ち上げる。
「え…」
視界に広がるのは暗闇。
上体を慌てて起こし、周りを見る。
すると自分の寝ていた場所からそう遠くない場所に人影が見えた。
見覚えのある、いや、一回見たらそう忘れないだろう緑髪が見える。
「緑間さ、」
「気が付きましたか、桜井くん」
桜「うわぁぁぁあああっ!!」
誰も居ない場所から声がした。否、誰か居たらしい。
桜「く、くくくく黒子さんっ!?」
黒「はい、黒子テツヤです」
僕が名前を呼べば黒子さんは頷く。
桜「な、なんでこんな所に。…て言うか、ここは…」
再び周囲を見回すと、どうやらここは体育館のステージみたいだ。
見慣れたバスケットのゴール。
体育館の左右を隔てる網状の仕切りが見える。
暗さに目が慣れてきた頃、緑髪の人物、緑間さんが大きく身動いだ。
黒「緑間くん、おはようございます」
緑「っ…黒子…か?」
緑間さんは上体を起こし、黒子さんと僕を見た。
緑「…なんなのだよ、ここは」
黒「どうやら、ずいぶんと昔に閉鎖された廃校のようです」
緑間さんは黒子さんの視線を追って、ステージから見える体育館内を一望する。
緑「どうなっているのだよ。俺は今さっきまで部室に居た。どうしてこのような場所に……」
黒「それは僕も一緒です。誠凛高校の部室に居ました」
桜「ぼ、僕もです…」
緑間さんも黒子さんも、どうしてこんな所に居るのか解らないらしい。
3人共、事前に自校の部室に居て、そして気が付いたら廃校に居た。
黒「もしかしなくとも、僕達以外の人達…少なくとも“誠凛”“秀徳”“桐皇”の皆もここに居るかも知れません。……捜しに行きましょう」
緑「待て黒子。まずはこの体育館内を調べるのだよ。何か手掛かりがあるやも知れん」
緑間さんの提案に従って、体育館内を調べて見た。
この体育館はステージを挟んでそれぞれ倉庫と教官室が設置されている。
ステージの向かいに鉄製の扉があって、その脇に更衣室が作られていた。
僕達は倉庫や教官室を調べてみたけれど、学校名も所在地も解らなかった。
更衣室もこれと言ったものは無かった。
_