紫紺の楔

□0.5
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――…時は一時巻き戻る。

それは各府県の名のある強豪バスケ部員達が姿を消し、鳴海恭介がやって来る前の…空白の時間――…






――--…‥

―――――----……‥






―――ヤバイ、ヤバイヤバイ…!!


頭の中で、その単語がグルグルと渦巻いている。
天井に張り付いているその怪物は、見れば見るほど(おぞ)ましい姿をしている。

一見、スタンダードな幽霊の風貌をしている。

死に装束を着てて、けど頭にはあの白い布…確か天冠って真ちゃん言ってたっけ。それは巻かれてない。

髪は貞子よろしくの長髪。その間から覗く目は血走ってて、ニタニタとオレを見下ろしている。

そして一番オレが恐怖する理由はそいつの頭部にある。
さっき説明した、長髪の間から目が覗いてる…って、普通ならおかしいって思うよな。



“天井に張り付いてる”なら髪は重力に従って下に垂れてて、髪の隙間から目が覗く、なんて表現しない。

けど、こいつの場合、髪の隙間から目が覗いてる、なぜなら…。


通常、天井に張り付いてるなら首は天井の方を向いてるが、こいつの首は180度回転してて、まっすぐオレを見下ろしている。



《ア"ア"ア"アアアァァァ…!!!》


怪物が身の毛もよだつ不気味な奇声を上げた。


「……、っ…!」

オレはその声に素直に反応してしまい、一瞬硬直してしまった。けど怪物が動いたのをキッカケに、オレは古びた床板を力一杯蹴り、教室から飛び出た。





**********





「…っ、」

「、気が付いたか日向!」

日「伊…月……?」


日向が虚ろに目を開ける。
一番に視界に入って来たのは、チームメイトの伊月俊だった。

緩慢な動きで上体を起こし、日向は周囲を見回した。



日「――んだ、ここッ!?」


伊「どうやら、ずいぶん前に閉鎖された廃校らしい」

伊月に腕を引っ張られ、日向は立ち上がり、叫ぶ。


日「……なんでこんなとこに」

着替えたはずのジャージに付いた埃をはたき落とし、日向は目を眇める。


伊「解らない…。俺も気が付いたらこの部屋で寝転んでたからさ」

伊月は窓を覆っていた、所々ほつれ、また破けたカーテンを開けた。


伊「――!!?」

日「っ、気味わりぃな……」

外は真っ暗だった。いや、真っ黒だった。
まるで黒ペンキで塗り潰されたかのように真っ黒で、外を一切望む事が出来ない。





《ア"ア"ア"アアアァァァ…!!!》


2人がカーテンを閉め直した刹那、耳に届く不気味な声。


日「な、なんだッ!!?」

日向が大きく肩を揺らした。


伊「!! 誰かがこっちに走ってくる」

2人は教室の端に寄り、静かに息を潜める。
割れたガラスの間から、廊下を通過する人影が見えた。

見覚えのある、オレンジ色のジャージ。



日「おい伊月ッ!」


ガラッ…!


伊「高尾か…!?」

伊月は教室の引き戸を開け、たった今廊下を通過した人物、高尾に声を掛ける。


高「っ…い、いづ…き、サン…!」

伊月の顔を見た高尾は目を見開き、続いて伊月達が居る教室に滑り込んだ。


高「は、…はぁ…。な、何だよ…アレっ」


日「高尾…!」

日向も入って来た彼が知り合いだと解ると、教室の壁から背を離し、2人の下へ駆け寄って来た。


伊「……何かあったのか」

高「っ…」

入ってきて早々に座り込んだ高尾に、伊月は真剣な声音で訊ねる。
そして息を整えようとしている高尾の背を軽く擦ってやる。

ここまで動揺している高尾を、2人は初めて見る。




高「っ、オレ…、」

高尾が口を開こうとした時、廊下からギシ…ギシ…っと床鳴りの音がした。

再び、高尾の呼吸が乱れる。

その様子を見た伊月は高尾を支え、教室の端に移動した。
日向も慌てて付いていく。



ギシ…ギシ……


その音は、段々近付いて来る。
割れたガラスの間からは、薄暗い廊下が覗いてるだけだ。


ギシ…ギシ…――…


床鳴りの音が、彼らの居る教室前を通過していった。



伊「(ほっ……)」

3人は静かに息を吐いた。


ガラッ…!



「「「―――っ!!!」」」

刹那、引き戸が開かれた。





**********





「……ぅ」

意識が浮上していくにつれ、埃臭い匂いが鼻孔に入ってきた。

後頭部や背中に当たる感触が固い…。それに、寒い…。
ゆっくり、瞼を持ち上げる。

「え…」

視界に広がるのは暗闇。
上体を慌てて起こし、周りを見る。
すると自分の寝ていた場所からそう遠くない場所に人影が見えた。

見覚えのある、いや、一回見たらそう忘れないだろう緑髪が見える。


「緑間さ、」

「気が付きましたか、桜井くん」

桜「うわぁぁぁあああっ!!」

誰も居ない場所から声がした。否、誰か居たらしい。



桜「く、くくくく黒子さんっ!?」

黒「はい、黒子テツヤです」

僕が名前を呼べば黒子さんは頷く。

桜「な、なんでこんな所に。…て言うか、ここは…」

再び周囲を見回すと、どうやらここは体育館のステージみたいだ。
見慣れたバスケットのゴール。
体育館の左右を隔てる網状の仕切りが見える。

暗さに目が慣れてきた頃、緑髪の人物、緑間さんが大きく身動いだ。



黒「緑間くん、おはようございます」


緑「っ…黒子…か?」

緑間さんは上体を起こし、黒子さんと僕を見た。


緑「…なんなのだよ、ここは」

黒「どうやら、ずいぶんと昔に閉鎖された廃校のようです」


緑間さんは黒子さんの視線を追って、ステージから見える体育館内を一望する。


緑「どうなっているのだよ。俺は今さっきまで部室に居た。どうしてこのような場所に……」

黒「それは僕も一緒です。誠凛高校の部室に居ました」

桜「ぼ、僕もです…」

緑間さんも黒子さんも、どうしてこんな所に居るのか解らないらしい。
3人共、事前に自校の部室に居て、そして気が付いたら廃校に居た。



黒「もしかしなくとも、僕達以外の人達…少なくとも“誠凛”“秀徳”“桐皇”の皆もここに居るかも知れません。……捜しに行きましょう」


緑「待て黒子。まずはこの体育館内を調べるのだよ。何か手掛かりがあるやも知れん」

緑間さんの提案に従って、体育館内を調べて見た。

この体育館はステージを挟んでそれぞれ倉庫と教官室が設置されている。
ステージの向かいに鉄製の扉があって、その脇に更衣室が作られていた。


僕達は倉庫や教官室を調べてみたけれど、学校名も所在地も解らなかった。
更衣室もこれと言ったものは無かった。
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