紫紺の楔
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赤「恐らく、いや…間違いなく安全圏を失うだろうね」
緑「!!!?」
緑間だけではない、体育館に居る者すべてが赤司を見た。
赤「考えてみれば当然の事だろう。この体育館に奴らが侵入して来ないのは、明らか“勾玉”の恩恵だと言える。さらに霊的存在である鳴海さんが入れたという点を踏まえると、この空間は邪な存在のみ撥ね除けている事が解る。その“勾玉”を手放す事は、この体育館の安全性を失うという事だ」
だが、
赤「最善の場合、その危険性は数分程度と言うくらいだ。何か策があるんだろう」
赤司は鳴海を通じてユキに尋ねる。
《“勾玉”1つ分の力が戻ったら、その力で体育館に結界を張るんだ。そうすれば、ここは変わらず安全だと思う》
緑「出来るのか?」
《……あくまで“最善”の話さ。言っただろ、最悪は脱出するその時まで……だよ》
沈黙、思案。
各々が考え込んでいる様子がその雰囲気から伝わってくる。
今「まぁ、しゃーないやろ」
諦めたようにも、腹を括ったとも取れる声音だった。
青「つーか、何だかんだでオレら生きてるしな。もしここのケッカイってのが無くなっても、まぁ行けんじゃね?」
胡座をかいた足に肘を置き、青峰はあっけらかんに言ってみせる。
氷「それもそうだね。それに“最悪”と言っても、それ以外の可能性の方が高い訳だからね」
火「どういう事だ?」
黒「“最悪”と言うのは“最善”と同じくらいの可能性でしかありません。ユキさんが言った事は、1つ分の霊力で“結界”を再び張れるかどうかです。仮にそれが無理だったとしても、2つ3つと戻れば、いずれ“結界”は張れるはずです」
火「なんだよ、要するにさっさと“マガタマ”を集めりゃ良いって事か」
黒「…そう言う事です」
赤「どうやら皆、同じ意見のようだね。――それじゃあ“勾玉”を納めに行こうか」
《……本当に良いのかい?安全な場所を失うというのは、お兄さん達が想像しているよりも辛いものだよ…?》
『本当に良いのか?安全圏を失うのは思う以上に辛いぞ』
赤「問題ありません。それにユキ神、貴方の力を信じてますから」
赤司は綺麗な笑みを作り、そして的確にユキにそれを向けた。
《……信じるって“信仰”と一緒なんだよね。そんな風に言われちゃうと、一応ボクも神だから、どうにかしちゃいたくなるよ》
面の下でユキは半笑いを溢した。
『……ユキも人事を尽くすってよ』
高「人事ってか神事じゃね。やべ、今の上手くねっ!!?」
緑「む…?そう言われれば天命はどうなるのだよ。ユキ神も神の立場なら、天命は自ら与えるものなのか…?それとも――」
高「ヤ バ イっっ!真ちゃんが突っ込み放棄した上にノって来やがったっっ!!」
宮「うっせーぞ1年共!高尾は草製造してんじゃねーよ、刈るぞ!」
大「宮地…お前も大概うるさいぞ」
秀徳メンバーのやり取りに十人十色の反応を浮かべ、事は“勾玉”返納に向かう。
そして誰がそれを行うか話し合った。
結界を後に失う体育館は最早安全とは言えない。しかし最も危険なのは“勾玉”を納めに行く者だ。
“勾玉”を持つ間は微弱ながらも結界がその周囲に張られており、よほどの事がない限り安全らしい。
問題はその後、返納してからだ。
“勾玉”を手放してからのほん少しの間、微量な霊力が残っている為、それに引き寄せられた怪奇達が襲ってくるかも知れない。
《だから、慎重に考えておくれ。誰がボクの社に“勾玉”を届けるのか…を》
今「人選どないする?もういっその事ジャンケンでもするか?」
緑「そんな軽んじて考えられるものではないのだよ。……やはり機動力のある者で向かうべきだろう」
日「機動力つったら青峰とか火神とかが無難か?」
誰はどうだ、なら誰々だろう、と意見がなかなか纏まらない。
そんな時、一同の視線を集めるように挙手する。
『――俺が行くよ。俺ならよほどの状況じゃなければ上手く逃げられる』
赤「……気持ちは有り難いですが、あなたは“勾玉”に触れる事が出来ないのでは?」
『……え?』
鳴海は目を見開いた。
その反応に赤司は違和感を覚える。
赤「もしかして、覚えてない。と言う事ですか?」
『あ…ああ、悪い……』
鳴海の様子からして、嘘を吐いている訳ではないようだ。
どうやらユキ神が彼の思念を奪った際の記憶は一部混濁しているらしい。
さっきのやり取りから、自身が【視えない男】と明かした事は記憶にあるらしいが、今のようなほんの一部分の記憶が欠落している。
鳴海もそれは解っているらしく、あまり良い気はしない様子だ。
『……けどやっぱ一緒に行くよ。生憎体育会系ではねーけど、逃走面のサポートぐらいならしてやれると思う』
今となれば周知の事実となった【視えない男】もとい鳴海。
彼に助けられた「誠凛」や「桐皇」メンバーは、その恩を身をもって痛感している。
赤「それでは鳴海さん、お願いします、」
《ダメだよ》
赤司が言い切る前、ユキが極めて強い語調で言った。
《お兄さんを、返納に行かせる訳には…いかない。もし行くなら、ボクも一緒に行くよ》
『けどユキ…。お前はこの体育館に残って、一秒でも早く“結界”を張ってくれねーと…』
《なら、お兄さんは残って》
・・・
『、俺は彼らを無事に助け出したくてここに居るんだ。1番危険だと解ってるのに、行かない道理がある訳ないだろ』
《……それでもお兄さんを行かせる訳にはいかないんだ》
『っ、ユキ』
高「ちょっストップ、ストップストーーップ!!」
端から見たら1人険悪ムードに入っている鳴海。
だが会話の内容を聞く限り、聞き流せるものではない。
高「鳴海さん、ユキと何言い合ってるんですか!?」
『……俺を返納に行かせる訳にはいかない、ってさ』
ザワリ、周囲が響めく。
鳴海の言葉、正しくはユキの言葉を聞いた赤司は顎に手を当て、考え込んだ。
赤「――解りました。それじゃ鳴海さんを抜いて、改めて人選しよう」
『…け、ど』
赤「僕達が心配なのは解ります。しかし、ユキ神がそう言うのですから、あなたを返納に行かせられない理由があるはずです。……それはあなたの方がご存知なのでは?」
『………はぁ』
深々とした溜め息を吐き、鳴海は己の髪を掻き上げる。
『……ユキ、お前が1番この場所について詳しいもんな…。出しゃばった真似して悪い…』
《いや、良いんだ…》
パラパラと落ちていく前髪が、鳴海の表情に翳りを作った。
彼のその姿から、遣るせなさが漂っている。
高「んじゃ、そんな鳴海サンに代わって、オレが“勾玉”返しに行くわ」
ピシッと肘を曲げる事なく挙手する高尾。
高「オレも逃走に関しちゃ結構自信あるよ?同じヤツ相手だったのもあるけど、2回も怪物から逃げ切れてるし」
説明を聞くに、確かに高尾なら適任かも知れない。
過去2回に渡っての生還に加え、彼には“鷹の目”がある。
そんな雰囲気が漂う中で、鳴海は複雑な思いを抱えていた。
氷「………すごい表情(カオ)してますよ、鳴海さん」
『………』
隣に座る氷室が苦笑いを浮かべ、指摘してきた。
氷室に言われずとも、鳴海は自分がひどい表情を浮かべている自覚があった。
それほど、高尾が危険な場所に向かう事が嫌なのだ。
否、高尾に限った事ではない。
誰が行く事になろうと、鳴海は間違いなく同じ表情を浮かべる事だろう。
鳴海の心情をよそに、“勾玉”の返納に向かうメンバーが決まった。
黒「火神くん、高尾くん。気をつけてください」
大「高尾の事、よろしく頼む」
火「おう、任せとけ!…ださい」
宮「あんま危ねー事すんじゃねーぞ」
木「火神の事、よく見ててやってくれな」
日「つかお前ら揃いも揃って危なっかしいんだよな…。無茶だけはすんなよ」
伊「無理だと思ったら、すぐ引き返して来ると良い」
高「お気遣いあざーす!てか何コレ、なんか笑えてくるんすけどっっ」
赤「2人共、くれぐれも注意を怠るんじゃないよ。いつ、どんな怪物が現れるか未知数だからね」
緑「……無事に戻る事を願うのだよ」
最後に赤司と緑間の台詞を受け取り、火神と高尾は体育館の重い鉄扉に手を掛けた。
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