紫紺の楔
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黒「改めまして、僕は黒子テツヤです」
『え…?』
唐突に黒子が名乗り出すもので、鳴海は再び瞠目する。
黒「…まだ僕達の名前、言ってませんでしたよね」
『いや、名前なら……』
鳴海が言うと、肩に乗るユキがクスリと笑った。
《ねぇお兄さん。姓だけ知っているのと、真の名を知っているのとじゃ、また大きく違うんだよ?お兄さんは一方的に彼らの名を知っているけど、実際には姓しか教えられていないはずさ》
『ユキ……』
赤「恐らくあなたの目線の先に居るであろうユキ神が言った通り、名前を知るという事には大きな意味がある。名を知る事は、ユキ神の言葉を借りてするならより強い“縁”を結ぶ事になる。またオカルトの類いでは、実名は呪術に使われたり、人ではない者に知られれば“彼岸”に連れていかれるなど他、様々な説がある」
赤司は淡々と話すが、言っている事はとても的を射ている。
視えていないはずのユキが話した内容を補足する赤司は、はて、本当にユキが視えていないのか…。
《赤髪のお兄さんは、本当にボクが視えていないのか……正直疑うよ》
赤「視えていないよ。…もちろん声だって同じだ」
『………』
《………》
赤「さて、話を戻そう。僕は赤司征十郎だ」
木「木吉鉄平だ。このー木なんの、」
日「だぁー、そう言うのいいからっ!……日向順平っす」
伊「伊月俊です」
火「大我っす…火神大我」
氷「辰也です。で、彼は…、」
紫「敦。まぁ、室ちんがたまに呼んでるから知ってると思うけどー」
氷「あとウチの先輩で福井健介さんと、劉偉です」
赤「ウチの2人も、後に聞くと良い」
鳴海は名乗ってくれた面々を順に見回す。
離れた場所に視線を飛ばせば、陽泉の福井が片手を小さく上げて応答してくれた。
高「んじゃ、オレは――」
『和成な。知ってるよ』
鳴海は小さくガッツポーズを取る高尾を傍目に、彼の後ろで腕組みをし、姿勢よく立っている緑間を見上げた。
正直、赤司が名乗ってくれたのは意外だった。
赤司が許容したなら、洛山の2人もいずれ名を教えてくれるだろう。
しかし、赤司とはまた違って、緑間は気難しい質をしている。
体育倉庫の時に、少しは信用してくれていると感じたが、この一件を、どう彼は受け取ったのか。
緑「………」
『…あ、と…名乗らなきゃいけねーような空気じゃねーから、別に緑間クンは、』
緑「真太郎……。緑間真太郎なのだよ」
『!』
緑「それと、ウチで最も長身な人が大坪泰介主将、金髪の人が宮地清志さんなのだよ」
緑間は眼鏡のブリッジに中指を添えたまま、先輩2人の名前も上げていく。
鳴海は僅かながら動揺していた。
知り合って間もないが、緑間の性格は大方理解しているつもりだ。
プライドが高く、時に我が儘。
しかし仲間想いで、その上好き嫌いがハッキリしている。
その為、敵となる対象には明らかな警戒や敵意を見せてくる。
そんな彼が自分の名前だけでなく、大切な先輩の名前までも教えてくれた。
それはつまり……
『いいのか、自分の名前教えて…。赤司クンが言っただろう。名前ってのは……』
黒「鳴海さんはそんな事しません。……信じてますから」
楔が刺さった左胸が、ほんのりと温かくなった。
口元が、鳴海の意思無しに緩くなる。
『ふ、ははっ。あっははは…。黒子クン、よくそんな恥ずかしいセリフ言えるな』
鳴海は口元を隠し、控え目に笑う。
“信じてる”などと、面と向かって言われ、体中が変にむず痒い。
けれど、不快ではない。
『く、はっ。やべぇ、スゲェ嬉しい…。……ありがとう』
鳴海は目を細め、紅潮した頬を隠す様子もなく、柔らかく笑った。
周囲に居たメンバーも、鳴海に笑みを返した。
赤「さて、僕達がやるべき事が明確に決まった」
再度開かれた会議。
そこには、今までと異なった雰囲気が漂っていた。
重くのし掛かるような空気はずいぶんと薄まり、息苦しさもほとんど感じられない。
赤「鳴海さんを通じて、ユキ神がかつて設置していた“勾玉”の位置に印を付けた」
赤司の手には、鳴海が初日に入手した校舎の構図。そして同じく鳴海のカバンの中に入っていたボールペンが握られている。
赤「また、僕達が気が付いた教室には、解りやすく名前を書いておいた」
各教室には赤司の完璧な字形で、それぞれの名前が書かれていた。
*
-1F-
【格技場】黄瀬 氷室
【第1体育館】黒子 緑間 桜井
【第2体育館】火神 大坪
【進路室】木吉
【応接室】山崎
【校長室】赤司
-2F-
【1-1】古橋
【1-2】今吉
【1-3】伊月 日向
【1-4】花宮
【1-7】高尾
【3-1】青峰 早川 若松
【3-9】笠松 宮地 葉山
【技工室】小堀 原
【生徒会室】紫原
-3F-
【大講堂】福井 実渕
【2-2】森山
【2-9】瀬戸
【空き教室】劉
*
その他にも、開放済みの保健室や3-6、2-1にも【済】と書かれている。
赤「と、言っても基本的には何も変わらない。この廃校内を探索し“勾玉”を探し出す」
赤司はそこまで言うと、鳴海に目を向ける。
赤「さて、そこで1つ問題が生じる。“勾玉”を探すにも、鳴海さんしかソレを目視する事が出来ない」
鳴海は傍らのユキに視線をやる。
《……お兄さん達に“勾玉”を視せる方法があるよ。一応ね…》
鳴海がユキの言葉を伝える。
花「ずいぶんと引っ掛かる言い方じゃねーか。リスクでもあるってか」
《そう…。良くて数分、最悪の場合なら“勾玉”が揃って脱出するまでの……ね》
花宮が怪訝そうに、その特徴的な眉を潜める。
ユキは煮え切らない様子で、鳴海はそれを一同に伝達する。
高「で?その方法ってなんなの?」
鳴海の隣に座る高尾が鳴海を通してユキに尋ねる。
もう高尾は何ともないようで、内心鳴海は安堵した。
《“勾玉”を戻すんだ。ボクの躯(ナカ)に》
今「ほお…?」
花「要するに、お前の“神気”とやらを1つぶん回復させるって事か」
ユキが緩慢に頷く。
高「ちなみに具体的にどうすんの?戻すって」
緑「……いや、まずはリスクとやらを聞こう」
緑間は眼鏡を押し上げ、高尾の発言をいなす。
鳴海がユキを振り返ると、面で覆われている顔を俯かせた。
余程言い難い様子だ。
暫しの沈黙が訪れた。
そして僅かな沈黙が破られる。しかしそれはユキの言葉ではなかった。
赤「恐らく、いや…間違いなく安全圏を失うだろうね」
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