紫紺の楔

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ごめんよ…――


細い声が聞こえた。


それを境に、俺は目の前が真っ暗になった。


目を開けているはずだが、周りは暗闇ばかりだ。


気の所為か、体がダルい。
いや、例えるなら水の中にいる感覚だろうか。

当てもなく、取り合えず歩いてみた。
正直進んでる気がしない。




―――……?



目の前を光の粒が横切った。
ふと周りを見れば、それはたくさん飛んでいる。

蛍…ではなさそうだ。



光の粒の1つが、俺の肩に触れた。と同時に、それは俺の体に溶け込むように消えた。


――…!?


目の前に“俺”が現れた。
突然現れた自分に驚いていると、続いて優一郎達が慌てた様子で駆けてきた。


優一郎達は俺の横を通り、目の前に立つ“俺”に声を掛けた。



「ったく…相っ変わらず危ねー事に首突っ込みやがる……」


「恭介大丈夫?怪我してない?」


「もー…、心配する身にもなってよ〜」


『ああ、悪かったよ…』



俺は既視感を覚えた。
じっと目の前の光景を眺めていると、奥にもう1人座り込んでいるのが解った。

その人物は“俺”達4人をぽかんと見上げ、左頬を押さえていた。



――…たか…尾……?


……ああなるほど。これは俺が初めて高尾に出逢った日の【記憶】か。

その後も、光の粒が俺の中に消えては、色々な記憶が映し出された。

親友達と喋っている記憶。

学校内の生活風景。

はたまた色んな知人達との出逢い……。




場面はごく最近のものに変わる。


―――っ…


不気味な怪物に追い掛けられている少年達。
慌てて教室や防火扉を閉める自分。

そして――“俺”の体に腕を突っ込んでしまい、表情を青ざめさせる高尾。
そして行われた会議。俯く自分自身。


そうだ……俺は――



ぶわっと、目の前の記憶を掻き消すような風が起こったように思う。


反射的に閉じた目を、ゆっくり開く。








「――おとーさん、おかーさん」


小さな男の子が、公園らしき場所で楽しそうに遊んでいる。
6〜8歳ほどの男の子は、両親と思われる男女に駆け寄る。

男の子を抱き上げるのは父親。
とても優しそうな印象を受ける。一方の母親は、とても綺麗な人だった。



俺は、体が震えるのが解った。
無意識に足が後退りする。
腕は頭を、口を押さえ始める。
奥歯はガタガタ音を出す。





「ねぇ、おかーさん!ボク、おとーさんみたいにキレイなしゃしん、とれるようになったんだよー!」


男の子は得意気にシャッターをきった。
それを見た母親は「すごいわね」「上手よ」と褒めている。
父親がそんな2人にカメラを向ける。


仲睦まじい光景だった。

そんな光景が、一瞬で移り変わる。




「お父さん、みてみて!お母さん、すごくたのしそうでしょ!」

「……お、すごいじゃないか!お父さんに負けないくらい、いい写真撮れてるなー!」


父親が男の子を抱き上げる。






「……あれ、お母さん…?またおしごとでどこかいくの?そんな大きなカバンもって……」


母親はただただ謝っている。
ごめんね、ごめんね……。と強く男の子を抱き締めて。





『っ……ぁ……うぁ…、』

涙が指の隙間を縫ってポタポタと流れる。

俺の周りだけ空気が薄いんじゃないかと思うくらい息苦しい…。



『―――、』


再び視界が真っ暗になる。

誰かが、俺の目を覆った。







――コンナ深層マデ、沈ンデイタンダネ…



透き通った声が、俺の耳元でした。
けど、俺の知る少年のような声色ではない。

俺とそう変わらない、青年のような落ち着きのある声だ。
目を覆った片手もずいぶんと幅があり、後頭部が当たっている肩にも頼もしさがある。



体から、力が抜けていく…――

俺はそこで再び意識を手放した。




**********






肩に掛かる重みが増す。



――……コレガ、君ノ心裏ニ在ル物ダッタンダネ……



もう意識がないであろう彼の目から掌を外し、“私”は目の前に映し出された彼の【記憶】を見詰めた。


『………』

幾分軽くなった腕の中を見下ろす。

私の腕の中で、小さな少年が眠っている。その目元には涙のあとが残っている。

飴色が美しい少年――。

その閉ざされた眼(マナコ)から伝う雫を指で拭ってやり、私は彼の意識を浮上させていく。


その最中、私は深層に映し出されている【記憶】を見下ろした。
腕の中に居る彼と同一の少年が、悲しげに母の背中を見送っている。
少年は双眸から大粒の涙を零し、悲痛の声を上げていた。




――ごめんな…さ……っ

―――ごめんなさ…い……っ

――――ごめんなさい………っ



私は腕の中の小さな彼を、無意識に強く抱き締めた。





**********








高「――鳴海サン、鳴海サン…!」

高尾は体育館床に横たわる鳴海を懸命に呼ぶ。

あの後、鳴海の体は音もなく倒れてしまった。

慌てた高尾は、彼の体を抱き起こそうと腕を伸ばした。しかし今の鳴海に実体は無く、高尾の腕は無情にも鳴海の体をすり抜けるばかりだった。



桜「鳴海さん…!」

高尾の他に、鳴海の周りには桜井、誠凛メンバー、紫原に氷室などが居た。




赤「鳴海さんの様子はどうだ?」

緑「…ずいぶんと顔色が悪いな」

赤司と緑間も様子を見にやって来る。


高「なんか、うなされてるみてぇで、起こしてやりてぇんだけど……」

顔面を蒼白くさせ、冷や汗を浮かべてうなされている様は、彼が霊体である事を忘れさせてしまう。


氷「触れないことには、何とも言えないな…」

氷室は眉根を寄せ、困ったように呟く。
それを傍目に、赤司は1つ提案する。


赤「これを使ってみたらどうだ?」

赤司が差し出したもの、それは



黒「“勾玉”ですか?」

赤「ああ」

ハンカチの上で淡く輝く“勾玉”を見て、数人は首を傾げる。


緑「なるほど。確かにソレは霊力の塊だと言っていたな」

赤「その通りだよ、真太郎」


火「は、なに?どういう事だ?」


赤「鳴海さんが霊体なら、同じく霊力を持ったコレを使えば、彼に触れるはずだよ」

言うのが早いか、赤司は片膝をつき、鳴海の肩に手を伸ばした。


赤「やはりな」

掌に人の身体に触れた感触がある。
赤司から“勾玉”を受け取った高尾は、早速鳴海を起こしにかかる。



高「鳴海サン、鳴海サン…!」

数回肩を揺らすと微かに睫毛が震え、そしてゆっくりと双眸が開かれた。


『………』

鳴海は焦点の合わない目をキョロキョロとさ迷わせ、自身の頭を支えている高尾にピントを合わせた。


『たか……お…?』

高尾だと解ると、鳴海はゆっくりと上体を起こし、高尾に向き合った。



高「センパ、」


『ごめんな、高尾。怖い思い…させちまって……』


高「え、」

高尾が言葉を発すると同時に、鳴海は視線を落とし消え入るような声を出した。


『他の皆にも、申し訳ない事した。……実は幽霊だったとか…怖いだろ』



―――お兄さんだけは、怖がらないであげて……。



脳裏に、言葉が過った。


高「なに言ってんすかー!全然怖くねーよ!」

桜「そ、そうですよ!確かに初めはビックリしましたけど、怖くなんかないです!…あ、僕なんかがこんな口聞いてスイマセン!!」


『っ、……無理、しなくて良いんだぜ…?』


黒「無理なんてしてません」

自ら傷口に塩を塗ろうとする鳴海に、黒子が少し強めに出る。



黒「幽霊とか思念体とか、そんなの関係ないです。鳴海さんが、僕達を助けてくれた事に変わりありませんから」

黒子が柔らかく笑って見せると、鳴海はヒュっと息を呑んだ。



黒「あの時は、助けてくださり、ありがとうございました」

火「あんがとな。…でした」

木「本当に助かった。ありがとう」

日「マジであん時、あんたが助けてくれなきゃ俺らは殺られてた。ありがとうな」

伊「今思い出してもゾッとするよ。鳴海さんが居なかったら、と思うとさ…。本当にありがとうございました」


『―――っ』

鳴海は目を見開き、音もなく口を開閉させる。
稀に見る、鳴海の明らかな動揺。


高「ほら、センパイ」

高尾に軽く背を叩かれ、鳴海は言い慣れていない様子で答える。



『…どう……いたしまして…』

髪の隙間から現れた耳は、赤かった。
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