紫紺の楔

□31
1ページ/1ページ





『――その石はボクの神気で作った“勾玉”だよ。かつて“結界”を張る為に作り出したんだ』

赤「結界…?」


『…ごめんよ、その話はまた改めて話すから。その“勾玉”は、ボクが全盛期の時に生み出したもので、膨大な霊力を蓄えているんだ。
ボクは鳴海恭介にそれを“集めてほしい”と頼み、そしてさっき見つける事が出来たんだ。――体育館の天井でね』


桜井、高尾、緑間の3人がハッとする。
あの突拍子な頼み事の真意を3人は知る。



桜「…ど、どうして、それを集めているんですか…」


『言ったよね。その石はかつてボクが生み出し、膨大な霊力を蓄えているって。とどのつまり…戻すんだ、再びボクの躯(ナカ)に、ね』


花「ようするに力を取り戻そうってか。……で、何が目的だ。助けに来た、っつーくらいだから、何か考えてんだろ」

花宮はいつになく真剣そのものの表情をしていた。
赤司なども無言で話の先を伺っている。



『今のボクは力を失った脆弱な神だ。そんなボクには人1人、それも精神だけしか行き来させる事が出来ない。でも、腐っても神だ。力の結晶である“勾玉”全てを取り戻せば、お兄さん達を空間ごと【元の世界】に返すことが出来る。もちろん、2度とこんな事が起きないよう手を回す事だって出来るよ』


ユキのあまりにも出来すぎた話に、皆息を呑んだ。
しかし絶望の中にいた為か、目の前に射し込んだ僅な希望を“嘘”だと思う者は居なかった。



今「……しっかし解らんなぁ。そんなうまい話があるんやったら、なんで鳴海クンはワシらに話さんかったんや?この際信じる、信じひんは置いといて」


桜「そ、そうですよ。せめて僕だけでも話してくだされば、色々と協力出来たのに…」

今吉に次いでの桜井の発言に、周囲がざわついた。



青「おい良…今のどういう意味だ」

桜「あ……ええっと…」


『…そうだね、お兄さんだけでも事情を話して協力してもらう手もあったと思うよ。けど、鳴海恭介はそれを望んではいなかったんだよ』


桜「えっ」


『今ボクは鳴海恭介の思念と一体化しているから、彼の考えていた事が自然と解るんだよ。……彼は、人知れず集めるつもりだったようだよ。結果として、鷹のお兄さんに見付かっちゃった訳だけど』

ユキは少しばかり回復した高尾に苦笑いを送る。



『文字通り【視えない男】よろしく、影ながらお兄さん達をサポートするつもりだったんだ。……そして気付かれない内に脱出させ、すべては“悪い夢”で終わらせようとしていたよ』



――視えない男。




今「やっぱりなぁ…」

若「……何がすか?」

今吉は口角を上げ、自分の中にストンと何かが落ち着く感覚を覚えた。




今「やっぱり鳴海クンが【視えない男】やったんやなぁ」

もう何度目かも判らないどよめきが、体育館内に起こる。



今「桜井は初めっから知ってたみたいやな。まぁ飴色の髪って時点で、ワシみたく気付いたモンもおるやろーけど」

今吉が周囲に目配せする。
その行動に、数人が反応を返した。



赤「桜井くんは、唯一の目撃者だしね。薄々勘づていて、手当てされた際に確証を得たんだろう」

桜井の手当てされた足首を一瞥し、赤司は薄笑いを見せた。


実「あら、征ちゃん最初から気付いてたの?鳴海さんが【視えない男】だって」

赤「僕自身も最初から気付いていた訳じゃないさ。ただ偶然にしては出来過ぎていると、仮定をしていただけさ」

続いて赤司は、誠凛メンバーに視線を投げた。



赤「最初から…という点なら、木吉さんがそうでしょう」

木吉に尋ねる、否、確認するように赤司は言った。



木「そうだなー、俺は気付いたと言うよりは、そもそも彼を信じてた、だな」


花「ふはっ“信じてた”って、ずいぶんと安直で愚直なもんだな」

花宮が人を喰ったような笑みを見せる。



木「鳴海サンが敵か味方かなんて、そんなのは眼を見ればわかるからな。まぁ【視えない男】の件については一応確認したけどな」

黒「初めに聞いた時は、正直僕も驚きましたけど」


最初から朗らかな様子であった木吉には、こう言った事情があったようだ。



『やっぱり、あの腕を掴んでほしいって件はそういう意図があったんだね?』


木「ああ、おかげでスッキリしたぜ」

木吉は柔らかい笑みを見せる。

件の後、木吉と黒子は誠凛のメンバーに話したのだろう。
その証拠として、後の会議から誠凛らが鳴海に向ける視線が変わったのだ。





『見付かってしまった事は仕方ないとして、1つ…ボクも見落としていた“誤算”が生じたよ』

ユキは、先程のボールを傍らに置いている実渕に、それを投げるよう促す。
実渕は一瞬の間を開け、赤司が頷くとそれをユキの下へと投げた。

ボールは緩やかな弧を描き、ユキはそれを受け止めるべく、両手を前に突き出す。



――瞬間、全員が再び瞠目する。


ボールはまごう事なくユキの掌の中に収まる……かと思いきや、その掌に触れず、ボールは床の上に跳ねた。
それだけではなく、床を跳ねるボールは、その軌道を変える事なく、文字通りユキもとい鳴海の体をすり抜けていった。

かと思えば、ユキはボールをその手で引き寄せて見せる。



『……本来なら、このように実体化し、ボールに触れる事が可能だ。けれど、“勾玉”によって強大な霊力が流れ込んだ今の体は、その想念をひどく乱している』

ユキの手が、再びボールをすり抜ける。


『少しでも集中を乱せば、このように実体化は解けてしまうんだ……』

ユキは幾度目の視線を、高尾に向けた。



『緑髪のお兄さんが撃ち落としてくれた“勾玉”を拾おうとした時、“勾玉”に込められた膨大な霊力が、鳴海恭介の体内に流れ込んだんだ。――と同時に、拒絶された…』

ユキは高尾から眼を逸らさず、まるで言い聞かせるように語った。

ふとユキは赤司らに視線を戻した。


『それが“誤算”だった。自らそう作ったって言うのに……長くに渡る年月の所為で、すっかり忘れていたよ』


赤「――!」

“勾玉”が、ひとりでに浮いた。否、ユキが浮かせたのだ。
“勾玉”は淡い光の線を描き、ユキの目線の高さでその動きを止めた。

ユキは浮いた“勾玉”に人差し指を伸ばした。


バチッ……!

あの時とは異なり、比較的小さな音だったが、“勾玉”は確実にユキの指を弾いた。


『…こんな風に、この玉には霊的存在を拒絶する力が込めてある。弾かれるのはその為だ』


花「……要するに、緑間を使って落っことした“勾玉”を、アンタらは回収しようとしていた。だがそこでアンタの言う“誤算”があった。それによって、霊体である体は弾き飛ばされ、その上触れた際に流れ込んでしまった強大な力によって“実体”でいる為の思念を乱されてる。って訳か」


瀬「…なるほどな」

ユキの長くに渡る説明は、花宮の要約により、比較的解りやすくなった。
数人のメンバーを除き、ほぼ全員が鳴海恭介の“今の”状態を理解した。




宮「…って事は、あの高尾の腕が貫通したアレは」

『タイミングが悪かっただけさ。……だから』

高尾と、目が合う。






『“お前は…何も悪くねーよ”』

高「! ぅ、………ぁ…っ…」

高尾の目から、ポロポロ涙が落ちていく。
押し殺したような嗚咽を漏らすその様子から、それほど恐怖を感じていたのかも知れない。

事情を知らなかったとは言え、大切な、敬愛している先輩の体を、己の腕が貫いてしまった事に。











『、無理には言わないよ。……けど鷹のお兄さん、忘れないで…。お兄さんの持った“縁”は、鳴海恭介にとっても大切でかけがえの無い“繋がり”なんだ。だからどうか…』




―――お兄さんだけは、怖がらないであげて……。



消え入るような声が、最後に耳に届いた。




鳴海の体は再び頭(コウベ)を垂れ、それ以降ピクリとも動かなくなった。

静寂が訪れる。
皆、自身の頭の中で整理しているのだろう。


ユキが話した“勾玉”の事、自分達が廃校(ココ)に連れて来られた意味…そして、


“鳴海 恭介”について。




高尾は意識を失った鳴海を見遣った。
さっき、ユキに言われた言葉を反芻させる。


『“お前は…何も悪くねーよ”』



ユキが気を遣って、敢えて彼の言葉を使ったのは解っている。
しかしその言葉で、高尾は“赦された”気がした。

別に鳴海が怒っていたなんて思ってない。
ただ、高尾自身の中に在(イ)る何かが、鳴海を形式的にでも傷付けてしまった事を責めていた。


それが、ユキの言葉で“赦された”と感じる事が出来た。


高「鳴海サン……っ」

高尾の眼から【恐怖】が消えた。
ゆっくりとした動きで、高尾は立ち上がる。












脳裏のほんの角の方で、瞬間的に過った。

鳴海の体から腕を引き抜く際、微かに触れた温かな“感触”

あれは一体何だったのか。



高尾が持つ違和感は、完全に解けた訳ではなかったのだ。
_


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ