紫紺の楔

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センターで分けた前髪の間を縫うように伝う汗を鬱陶しく思いながら、高尾は声を振り絞る。



高「…今まで実体化してたんなら…さっきのは何だったんだよ…。センパイの体…すり抜けたぜ…?しかもその前、なんかバチッって…」


自分でも情けないなと感じつつも、体は未だに震え、内部からは溜飲が迫り上げてきて、喉を焼いている。



『……そうだね、まず順を追って説明しようか』

ユキは再び、掌を握ったり開いたりを繰り返した。



『鳴海恭介の本体は、今は自宅のベッドの上に寝ているよ。そこから意識だけをこの“異世界”に飛ばし形成している。さっき言ったように、この体は思念の塊だから、望む形に具現化する事が出来る。でも、不完全だ』


ユキは自分の、否、鳴海が着ていたブレザーを脱ぎ、パーカーを胸元まで捲り上げた。
すると、左胸に刺さった楔が露わになる。

一見3〜5cm程度の細身のそれ。
しかし、3〜5cmというのはあくまで目に視えている部分の長さだ。
体内に入り込んでいる部分は、間違いなく急所に当たる場所に突き刺さっている。



その場に居た全ての少年達が、例外なく瞠目した。…あの今吉でさえも、三白眼を覗かせている。

中でも、桜井や火神は口元を押さえ、込み上げてくる胃液を堪えていた。


そして、質問を投げ掛けた高尾は――



高「、ぁ………」

すでに血の気が失せていた顔が、真っ青を通り越して真っ白になっていた。
これ以上は、過呼吸を起こしてもおかしくない状況だ。


『……今の状況下でコレを見せるのは、とても酷だと承知しているよ。それでも、知っていてほしいんだ』

ユキは胸元を整え、悲痛の表情を浮かべた。


『初めに説明した話だと、この体はとても便益なものに聞こえた事だろう。けど、この体はあまりにも不安定なんだよ』

昨晩鳴海にも説明した、この体の真髄について、ユキは一同に話した。


『今一度言う。この鳴海恭介の体は、とても不安定なものだ。お兄さん達みたいに“実体”が在る訳でも、廃校を闊歩している異形の者達のような完全なる“霊体”でもない。この体はとても純粋であまりにも幽かな存在だ。“穢れ”てしまえば、現実にある“肉体”に影響が出てしまう』


誰となく、穢れ…?と呟く。


『この体を色で例えるなら“白”モノで例えるなら“純水”だと言える。“白”は何色にも染まり、“純水”は汚れてしまえば容易には戻らない…。
この廃校には“彼ら”が醸(カモ)す怨念や悪意などと言った“負の念”が立ち込めている。お兄さん達は肉体(ウツワ)があるから平気だけど、この体は違う。剥き出しの精神は少しずつ蝕まれ、確実に蓄積している。“穢れ”とは、つまりは体内から侵食してくる毒のようなものだよ』


ユキは極力解り易く説明したつもりだ。それでも、やはり難しい所は難しい。
その筆頭として、青峰、火神、黄瀬、若松などが自分の頭を抱えていた。

そんなメンバーに、それぞれ黒子、笠松、今吉が説明してやる。
仕方や内容は人それぞれだが、敢えて挙げるなら黒子の説明はこうだ。



黒「火神くん、君は一人暮らしなので、当然自分の洗濯物は自分で洗いますね?」

火「お…おう」

黒「では、例えとして、綺麗に洗濯された真っ白な衣類を思い浮かべてください」

火「おう」

黒「では、まずはその衣類を袋などに入れ、穴が無いよう密封してください」

火「…おー」


黒「では、それを泥水の中にブチ込んでください」

火「ブチ込ん……っ!!? ちょっ、黒子!」


黒「落ち着いてください。で、泥水に落とした袋の中の衣類はどうなりますか?汚れますか?」

火「いや、まぁ…袋で密封してっから、たぶん大丈夫だろ」


黒「はい、そうですね。…つまり、その袋が言うところの“肉体”で、中に入っている衣類が“精神”そして泥水が“廃校”になります。
要するに、この場に居る鳴海さんは、袋に包まず泥水に浸かった衣類の状態です。…解りますか?」

と、なんともユニークな例えを挙げて説明した。
火神は何となくではあるが、どうやらそれで理解出来たらしく、「ヤバイんじゃねーの…」と溢した。


青峰や黄瀬、若松達もどうにか先輩らの説明で理解に達したようだ。




『この体には“中身”と呼べるものが無いんだ。文字通り“思いの念”だからね。……だから、そこのお兄さんは薄々感づいて居たんじゃないかい?』

ユキは2人分の間を空けて座っている、緑間を見た。


『倉庫でお兄さんを引き上げた時、思いの外 軽少な重量しか感じなくて、少なからず疑問に思ったんだよね?』

ユキは確証を得ている上で、伺うように緑間を見た。


緑「……俺の筋力が相当だったか、鳴海さんの体重が存外軽いのか――と考えていたが…」


宮「まぁ、普通幽霊かもなんて考えねーもんな」




『思念と言っても、現状肉体を離れている事になる。…さっきお兄さん達に見せた“楔”は、離れた肉体と精神を繋ぎ留めているんだ。その為、【現実】の肉体が目覚める時、こっちの体は【現実】へと引き戻されるんだ。…時に、覚えがあるんじゃないかな?鳴海恭介が…突然消えた件』


ユキは躊躇いつつ、高尾に視線を投げた。高尾はまだ安定しきっていない。
それでも、高尾は心当たりがあった。


伊「……さっきの、探索での一件だな?」

代弁するように伊月が言う。
ユキは頷く。


『……少し話を脱線させるけど、この廃校と【現実】では時間の流れがズレているよ。君達にとっては“さっき”かも知れないけど、外から来たお兄さんにとっては“昨晩”の事なんだ』


――【現実】では君達が行方知れずになって4日が経つ。



『話を戻そうか。そういった様々なリスクや制限を持った理由から、ボク自身はともかく、お兄さんには時間が無いんだ。……ねぇ、赤髪のお兄さん』

ユキは唐突に赤司にある事を願い出た。


『騙されたつもりで、ちょっとボクが言う場所に向かってはくれないかい?』


赤「…内容によるね。回りくどい言い方は嫌いじゃないが、訳を話さなければ、納得しない者も居るからね」

赤司は口元に弧を描き、周囲を見回した。



『……安心しておくれ、危険な場所じゃない。そもそも、この体育館内のある地点だからね。――そこに落ちている“あるモノ”を代わりに取って欲しいんだ』




**********





赤「――この辺りか?」

たくさんの奇異の目を背中に受けながら、赤司はユキが指示した、ある地点に立っていた。


赤「何も落ちていないように見えるが……」


『ううん。驚くほどピッタリだよ。……本当に視えてないんだよね?』

苦笑いを浮かべ、ユキは赤司にソレを拾うよう頼んだ。


会話から解るように、ユキと鳴海以外に“ソレ”は視えていない。
赤司は片膝を付き、視えないソレを拾った。
瞬間、




赤「ぅ……」

赤司の手元を光源とし、体育館内が目映い光に包まれた。
突然の明かりに、一同は反射的に目を瞑った。


光が収まり、再び周囲が暗闇に包まれた。
赤司は閉じていた目を開いた。
掌の中に違和感を覚える。

赤司はそれをすぐに開く事はせず、メンバーの所へ戻った上で初めて開いて見せた。



赤「……これは」

実「あら、キレイ……」

赤司は実渕が持っていたと思われるハンカチにソレを乗せ、皆が見易いよう手前に置いた。

ソレを見た一同の反応は様々だった。


ハンカチの上に置かれ物は、先程ユキ達が発見し、緑間によって落としてもらった“勾玉”だった。
“勾玉”は美しい翡翠色をしており、淡くも温かな光を発している。













『それじゃ、鷹のお兄さんの質問と、その石について……話すよ』

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