紫紺の楔

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『……鳴海 恭介は、君達をここから救い出す為に、この廃校にやって来たんだよ』

虚ろな鳴海の眼は、けして嘘を言っている様子は無かった。

その眼はぼんやりとしているのに、どうしてかそう思わされる。


それぞれ色んな事を思いつつも、それを口に出す者は居なかった。








『さて…それじゃ、次はお兄さん達が今1番知りたい事を話そうか』

説明を始める前に、ユキは高尾に視線を向けた。
視線が交わった高尾は、反射的に肩をビクつかせる。




『そう身構えないでおくれ。アレは、お兄さんが悪い訳じゃないよ』

安心させる為、ユキはにこりと笑った。


高「っ、」


極まれに鳴海が見せる、相手の緊張を解す為の笑み。
今ユキが見せたのは紛れもないソレだった。

しかし、高尾には同じ笑みでも“違う”と感じられた。


正直、高尾は半信半疑だった。
鳴海はくだらない冗談や嘘を昔から吐く人物ではなかった。

それでも、目の前に居る鳴海 恭介が“ユキ”と名乗る神に身体を乗っ取られている、とは信じられなかった。


けれど、先程の笑みで高尾は違和感を覚えた。そして、直感する。





高「あんた…ホントに鳴海サンじゃねーんだな」


『……』

ユキは薄く微笑んだ。
虚ろな眼をしている事もあって、その笑みはとても儚げに見えた。






『…さっき、色々と省いた部分をまとめて話そうか。――まず一言で言うなら鳴海 恭介は元々この廃校には居なかったんだ』


“元々この廃校には居なかった”

この言葉に数人が眉を顰めた。




赤「さっき、この廃校にやって来た、と言ってたね。つまり、鳴海さんは自発的に来た…と?」


実「だとしたら、凄い勇気よね…」

実渕は苦笑いを浮かべ、その反対側で葉山は「すげー!」と声を上げている。





『…そうだね。ボクも正直驚いたよ。確かにボクはお兄さんを“コッチ”に呼ぶキッカケになったかもしれない。それでも、こんな危険な場所に自ら来る人間が居るなんてね……』


死んでしまうかもしれないのに、ね…。
ユキはハの字に眉を下げ、困ったように笑った。





『…次に、今の鳴海 恭介の状態を説明しようか』


ユキは再び、高尾に視線を投げた。
視線を受けた高尾は、緩慢に頷いた。


今、高尾が最も知りたいとする事、それが、鳴海の体についてだ。

高尾は身を持って知った。
誰よりも近くで、その異形を見た。
それがどういう事なのか。
紫原の問い掛けに答えた通り、彼は本当に幽霊なのか…。
もしそうだとするなら…彼はここに来る為、自らの命を――?

高尾は全身が粟立つのを感じた。悪寒がした。冷や汗が滲み出た。



そして、高尾と類似した考えに至った者がもう一人。





桜「っ……」

すでに鳴海の一部分の事情を知る桜井だ。

彼は確かに鳴海が【視えない男】という事を知っている。
しかし、それはあくまで光の屈折や、黒子の視線誘導か何かの技術を用いたものだと自分の中で結論付けていたのだ。

それがまさか、幽霊だったなんて……。

顔から血の気が失せていく。
体も心做しか冷えていく気がした。
ただ、彼に治療された足首だけが、僅かな熱を持っていた。








『さっき答えた通り、今のお兄さんの体は幽霊のそれに近い状態にある。けど死霊じゃないよ。お兄さんはちゃんと生きてる』


今「所謂生き霊ってヤツか?」


『そうだね。一般的に言うなら、そうなるかな』


今「なんや、ちゃうんか?」

博識な今吉が、珍しく疑問を抱いた。
そんな彼と、赤司や緑間、花宮などの知識人も同意見のようだ。





『お兄さん達は、人が持つ力で最も強い力は何だと思う?』


赤「また、ずいぶんと唐突だね」



花「ふはっ、有り勝ちに“愛情”だとか抜かすんじゃねーだろな」

いつの間にやら、花宮は被っていた猫を脱ぎ捨て、苦々しい表情を見せる。
花宮だけでなく、霧崎のメンバーも同一の表情を浮かべていた。



『“愛情”も間違いではないよ』


今「なぁ神サン。この際回りくどい事は無しでいかへん?…時間が限られてるんやろ?」

今吉が口角を上げる。
とことん食えない人物である。



『…人の世には、目に視えない力がいくつも存在しているね。それこそ“引力”や“重力”などと言ったものがね。そんな中、人が持ち得る力で最も強力なもの。それは“想う力”……所謂、想像力と呼ばれるものだよ』


花「――は、想像力…ね」

花宮は鼻先で笑う。

そんな彼を見遣り、ユキは話を続ける。



『彼のように、腑に落ちない人も居るだろう。けど、その結晶と呼べるのがこのお兄さんの体であり、ボク自身なんだよ』


緑「どういう事だ…?」

眉を顰める緑間。ユキは間を開けて座っている緑間を横目で見、何かを確かめるように掌をグーパーする。



『ボク自身、人の想像から生まれた神なのさ。そしてお兄さんのこの体は、お兄さん自身の“想う力”すなわち思念で存在しているんだよ』


緑「思念…だと?」

宮「思念の体…。思念体ってヤツか?」


『察しがいいね。――人の持つ想像力は、抽象的だからこそ限りがなく、その力は強弱はあれど絶大の力なんだよ』


かつて人が空を飛んでみたい、遠くへ物を、人を運びたいと“想う”事で飛行機が生まれたように。

いつでも離れた知人、家族、友人と話したい、連絡を取りたいと“想って”携帯電話などが作られたように。



『お兄さんは君達を“助けたい”“出してあげたい”“絶対死なせない”って想いから、今この体で存在しているのさ。だから、一般的な“幽霊”とは違うよ』



(ホッ……)

心の内で、桜井は息を吐いた。
彼は幽霊ではない。正直“思念体”と言われてもよく解らない。
けれどテレビなどで挙げられる心霊とは違うというのは解った。



桜(よかった…、鳴海さんは死んでる訳じゃなかったんだ)


『安心したかい?』

桜「ひ、ぅ!!スイマセン!」


顔を上げた途端に声を掛けられ、反射的に悲鳴を上げてしまった。
そしてそれに対しての謝罪も。


ユキは苦笑いを見せて、前に向き直った。



『この体では、彼自身が強く想う事を具現する事が出来るのさ。今までみたいに、君達と変わらない実体になる事や、飴玉を出したり…ね?』


紫「あ、やっぱしアレってナルちんが出してくれたんだね〜」

劉「まさか…、本当アルか…?」


福「つまり…、飴玉で腹が満たされたって言うのも気の所為じゃねーってか?」

氷「鳴海さんの気持ちが、飴玉に“上乗せ”されたって事かい…?」


『そうなるね』

ユキは飴玉を実食した陽泉メンバーの質問に頷いてみせる。






高「ちょっ、と…待ってくれ…」

緊張の為、張り付いた喉から掠れた声が出る。
浮かぶ冷や汗を拭う事もせず、高尾はユキを見据えた。
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