紫紺の楔

□28
1ページ/1ページ






今までに何度と会議は行われた。
しかし、今この場に漂う雰囲気は、今までの比ではない程に重々しい。



赤「…………」

あの赤司でさえ、どう切り出せば良いものかと倦(アグ)ねている。


鳴海はまだ痺れている体に鞭打ち、高尾の方を見た。

ここに来た時から、高尾と鳴海は隣り合わせで座っていた。
だが今回ばかりは事情が事情な為、高尾は赤司と木吉…つまり“洛山”と“誠凛”の間に座っていた。


結果、鳴海の隣には高尾は居らず、その上、鳴海の両隣には2人分の間が設けられた。



高「…………っ」

高尾は自分の左腕を握り締め、ガタガタと震えていた。
表情は俯いていて、見えない。
しかし、間違いなく高尾の表情は強張っている事だろう。



胸が、楔が刺さった左胸がズキズキと痛む。







赤「…正直、驚きましたよ。まさか…」

赤司は先の言葉を濁した。
いや、出てこなかった。

こんな非現実的な場所に居て、科学や常識で説明出来ない現象にも幾度と遭遇した。
それでも、先程の鳴海の事は、どうしても信じられなかった。


人が、自分達と変わらぬ姿を持つ者が、物体をすり抜けたのだ。


誰もが脳裏に浮かんだ“コト”
しかし、皆それを口に出すことを躊躇い、喉元に引っ掛けていた。

赤司は皆の心情を理解し、やはり自分が訊くべきか…と腹を据える。



赤「鳴海さ――」

紫「ねーナルちんて、幽霊だったワケ〜?」


氷「アツシっ」


相変わらずの気怠げな声で、あまりにも直球に紫原が尋ねた。



『……そぅ……だ…』

掠れた声で、絞り出すように鳴海は言った。
肯定してしまえば、もう後には戻れない……。


小さな鳴海の肯定は一同の耳にしっかり届き、周囲がざわめく。

様々な声が、意見が、見解が、鳴海の耳に返ってくる。


『っ………』


こうなる事を、遅かれ早かれ覚悟はしていた、はずだった……。




《お兄さん……》


ユキが心配げに声を掛ける。
いつもの彼なら、「大丈夫だ」「仕方ない」と返せただろう。

しかし今の鳴海に、そんな余裕など無かった。





鳴海の脳裏に、昼間、親友達に言われた言葉が浮かんだ。

励まし、元気づけてくれた、誰よりも鳴海を理解してくれている“縁”の持ち主達。


ユキ曰く、高尾も鳴海と強い“縁”を持つ人物らしい。
親友達と相違なく、高尾も鳴海をよく理解し、支えてくれていた。

しかし、今その高尾を…自分は傷つけてしまった。



誰かが言った。




――1回の失敗でくじけてどーすんのさー“護る”って言ったんでしょ?


それは志波の言葉だっただろうか…。


他の親友らも、自分を励まし、叱咤してくれた。
事実、それで鳴海は一度折れかけた志を立て直す事が出来た。


しかし…、あくまで“立て直す”事が出来たに過ぎない。

傷ついたモノは、時間をかけて修復し、それによって更に強靱なモノへと変わる。




だが間違ってはいけない。
鳴海の心や志が、けして脆い訳ではない。

どんな屈強な人間でも、親しい者や大切な物を喪失した時、挫折や絶望を感じる事だろう。


現に鳴海は、体育館内にいる者達に疑われ、責められようと挫けはしなかった。




――それは、どんな時も“高尾”だけは信じてくれていたから。








《お兄さん………っ》


ユキの悲痛な声がし、それは次第に遠くなっていく気がした。















そして最後に、ごめんよ…――と、か細い声が聞こえた。






赤「……すみませんが、鳴海さん自身から説明して頂けますか。でなければ、ここに居るほとんどの者が納得出来ません」


赤司は珍しく緊張しているような声で鳴海に説明を求めた。

鳴海に一同の視線が集中する。


鳴海は糸の切れた人形のように、首をカクリと垂らし、下を向いていた。




『…………』



赤「鳴海さん…?」


彼が沈黙する場面は別段珍しくはない。
鳴海は特に饒舌という訳ではない為、黙秘する事もしばしばあった。

しかし、今回はただ黙秘しているようには見えなかった。




高「…? センパ……」






『………ごめんよ』


紫「ん?」

氷「鳴海さん?」


とても小さな声で、鳴海は呟いた。

それは聞き取れないものだったが、近くに座っていた紫原と氷室は、彼が何か呟いたという事は解った。


小さな呟きを溢した後、鳴海はゆっくりとした動作で垂れていた顔を持ち上げた。







『――……それに関しては、ボクから説明させてもらうよ』


赤「!」

紫「あらら?」



高「……鳴海…サン…?」


先程までと雰囲気が違う鳴海。
さっきまで、触れれば壊れてしまうのでは?と危惧する程に儚げだった彼。

だが今言葉を発した彼は、凛として、落ち着いていた。


そんな彼の変化に、少数の少年らが違和感を覚えた。
いや、雰囲気以上に、大きく変わっているトコロがある。



凛とした雰囲気に反して、眼が虚ろだった。




『突然の事で、驚いた人も多いよね。……信じる、信じないはお兄さん達の自由さ。けど、あくまでこれから話す事は“そうなんだ”と仮定してでも受け止めて欲しい』


鳴海(?)は一同を見回し、最後に確認するように赤司を見た。



赤「……解りました、話してください」

鳴海(?)は「ありがとう」と儚く笑った。




黄「あの人、このジューアツに堪えられなくなって頭イっちゃったんスかねー?」

笠「……黄瀬、今ふざけてっと、本気でシバくからな」


黄「……わかりました」

笠松に諫(イサ)められ、黄瀬は不服そうに口を噤んだ。




『現代の言葉で確か中二病…だったかな? 今のボクをソレと思う人も居るかもしれないね。……それでも一応名乗らせてもらうよ、ボクは“ユキ” かつてこの学校に祀られていた“守り神”さ。今、ボクはお兄さん…鳴海 恭介の身体を借りて、皆と話してる』



((中二病……))


赤「この廃校の、守り神…」


単語を聞き、一同は心の中で密かに呟いた。
……それぞれ思うところがあるらしい。


赤司が聞き返すように言えば、鳴海(以後ユキ)が頷いて見せた。


『きっと訊きたい事はいっぱいあるだろう。けど、ボクらには時間が限られているんだ。とにかく、色々と割愛して話させて貰うよ、良いね?』

一同が頷くのが早いか、ユキは話し始めた。


ユキが鳴海と出逢った経緯から始まり、今までの自分達の“本当の”行動。
そして鳴海に話したこの廃校についての事、連れてこられた赤司達についてなど――







『――お兄さんは君達と違って、ボクに力を貸してくれる為にここに居るんだ。……つまりね』

















君達を、助けに来たんだよ――。
_


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ