紫紺の楔

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桜「天井の高さ…ってまさか、この体育館のですか!?」


『……やっぱり難しいか…?』

桜井は体育館の高い天井を見上げ、上擦った声を上げた。



桜「えぇっと……」

桜井は鳴海の手元のボールと、体育館の天井とを交互に見る。

明らかな挙動不審。

正直、自分があそこまで放れる気がしない。

しかし、桜井は助けてもらったあの時から、鳴海の役に立ちたいと考えていた。

今、まさにその時なのだ。




桜「………っ、」

けれど、桜井にあそこまで放れる程の技術も筋力も備わっていない。


桜井は無意識に下唇を噛んだ。









高「え、なにセンパイ。ボール天井まで放ってほしいの?」


『……ああ』


高「なら真ちゃんに頼んだらどっすか?あいつの3Pスッゲー高いループ描くんで」


『そうなのか?』


高「ウチのエース様は性格はあんなっすけど、バスケに関しちゃサイコーっすよ!」

鳴海は知らないが、先程一悶着あった。にも関わらず高尾は、けろりと相棒の緑間についてアレコレ高評を挙げていく。

鳴海もキセキの噂程度なら聞いた事があり、すげーな…と相槌をしていた。


そんな様子を黙って見ていた桜井に、少しばかり変化が……。



桜「……って…」


高「真ちゃんてば、体勢を崩されねー限り、コートのどっからでも3P撃てるんすよー」


『へー』


桜「僕だって…」



高「1番のSGっつたら、ウチの真ちゃんが――」

桜「僕だってすごいもんっっ!」


『いきなりどうした桜井クンっ!!?』

高「ブッフォ!ちょっ“もん”っ…!“もん”って!!!!」


突然声を上げる桜井に、鳴海は目を白黒させ、高尾は吹き出し、腹を抱えて笑う。



桜「確かに緑間さんはすごいです。技術や才能も持ってる…でも!僕だって上手いもんっ!」


高「ちょっ、やめて!オレ今、瀕死っっ!!」

高尾はうずくまり、ヒーヒー苦しそうに悶えている。
そんな高尾に構わず、桜井は鳴海の持つボールを掠め、モーションに入る。

彼のスタイルであるクイックリリースの為、タメが短く、ボールはすぐに彼の手から離れた。


この時、鳴海は忘れていた。
どの辺に向かって放ってほしいのか、と――。


ボールはキレイな軌道を描き、高く上がる。

しかし残念ながら、ボールは天井まで届くことなく、降下する。


刹那 地響きが、




早「おおお――!!!! イッバーーンっ!!!」



『!!?』


物凄い勢いで早川が現れ、落下してきたボールを奪取した。

遠くの方から、恐らく笠松であろう「うるせーよッ!」の怒号がする。



高「ヤバイ、オレ死んだ」

笑いが一周し、高尾が一瞬真顔になった。
這いつくばる高尾に対して、鳴海は至極驚いていた。

脳内では、飼い主がボールを投げ、それを見事キャッチする犬を浮かべて…。







緑「……さっきから何をしてるのだよ」


高「お、主役のご登場」

緑間は溜め息を吐き、一同の下へとやって来た。
復活の早い高尾が早川からボールを受け取り、流れるような動きでそれを緑間の手に。



緑「……何の真似だ」


高「いやさー、かくかくしかじか…な訳でー」


高尾は緑間に天井の高さまでボールを放れるかどうか、また鳴海が見たがっていると説明する。



緑「こんな時に…何を言っているのだよ」


高「いやいや、こんな時だからしょ。焦ったって状況は何も変わんねーし…まぁ一回くらい良いじゃん。真ちゃんのシュート見してやってよ!」


緑間はボールを一瞥し、溜め息を吐く。
古いモノの為、空気が若干抜けており、表面もずいぶんとすり減ってツルツルだ。



緑間は鳴海と視線を交わす。



緑「……俺のシュートは安くありません」

緑間はボールを一回転させる。
そして、パシッ――と、ボールの動きを止める。



緑「…一度切りだ。しかと目に焼き付けておくのだよ」

緑間がテーピングを外す…。



『…あ、悪い。――あの辺ぐらい目掛けて、そんで天井に当てる気でやってくれるか?』


緑「………………解りました」


緑間は一瞬目を眇めたが、承諾し、腰を落とした。






緑「―――シュッ」

ブレのない、正確で、滑らかな軌道で、ボールは天井の高さまで上がる。

ボールと鉄骨がぶつかる音が、微かに聞こえた。


――そして、淡く輝くそれが、落下する。




『!』

(やっべぇ、落下した後の事を考えてなかったっ!)


鳴海は落下するボールをキャッチする体(テイ)を装い、“勾玉”の落下予測地点に着く。



“勾玉”は吸い込まれるように鳴海の掌に落ちた。








バチッ――!!


『ぐっ……!!!?』

瞬間、鳴海の掌を中心に、激痛が走った。
同時に衝撃波が襲い、鳴海の体が後方に弾け飛んだ。




「「鳴海さんっ!!?」」

高尾と桜井の声がハモった。
逸早く鳴海の下に駆け寄ったのは高尾だ。




『っ……』

実体が無い鳴海は、飛ばされた事で身体を打ち付ける事はなかった。
しかし、電流が流れ込んだかのような、内側からの痺れが体に残る。



高「センパイ、大丈夫ッ!?」


『ああ…』

高尾は痺れて動けない鳴海の上体を支える為、彼の背に腕を回した。








高「ぇ………」


目をこれでもかと言うほど見開いた高尾を疑問に思い、鳴海は視線を下げた。

そして、言葉を失った。



鳴海は昨晩、正しくは体育館に来てから出きる限り実体化していた。
現在も、体育倉庫での一件以降は一瞬たりとも実体化を解いていない。


だから高尾や桜井の頭を叩く事も、ボールを持つ事も出来たのだ。





しかし、今鳴海自身の目に写ったのは、恐らく高尾が自分の上体を支えようと“背中”に置いたはずの……左手だった。



楔が刺さっている左胸が、痛いくらいに脈打っている。
この思念体に流れているのかも判らない血の気が引くのを感じた。




高「なんだよ……これ…」

高尾は自分の目に写った光景が信じられず、表情を引き攣らせる。


自分が鳴海の背を支えようと回した左腕は、彼の背をすり抜け、彼の胸辺りから出ている。




高「う、ぁ……鳴海サ……」

高尾は次第にこの状況が事実だと理解し、体を震わせた。

鳴海の体が霊体だという事に、ではなく――



高「オ、レ……鳴海サンを……」


自分の腕が、感覚は無いにしろ、人の体を貫いてしまった事に戦慄した。



それ程距離の無い場所に立つ緑間、桜井も例外ではなく、鳴海の体に瞠目していた。



桜「う、うわぁああああっ!!!?」

緑「なん…なのだよ…!?」




『……!!……っ!?』


桜井の悲鳴を聞き、体育館に散らばっていたメンバー達が注目する。

鳴海と高尾の光景を見た者は、桜井同様に悲鳴を上げたり、また目を見開いた。

その中でも赤司は後者で、2人の様子を見定めるように見ていた。





―――バレ…た…っ


鳴海も今回ばかりは動揺しており、頭の中が真っ白になった。



さっきまで自ら行動を起こす事を考えていたが、自分からバラすのとは、また心持ちが異なるのだ。



鳴海は息苦しい呼吸を少しばかり整え、震える高尾に声をかけた。



『高尾…、落ち着け。まずは、ゆっくり腕を抜け……』


高「っ………、」

今の高尾は、普段の様子からは想像できない程怯えていた。
奥歯をカチカチと鳴らす程、恐怖し、震えていた。


『高尾…俺は、平気だ……』

ゆっくりと、出来るだけ優しげに、安心させるような声色で鳴海は言った。



『……高尾…』

3度目の声に、微かに高尾は頷き、ゆっくりと、恐る恐る、腕を引き抜いていく。



高「っ……」


時間を掛けて、最後に中指が鳴海の体から引き抜かれた。













最後のほんの一瞬、高尾は温かな感触を指先に感じた。
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