紫紺の楔

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緑「すみません…でした…」


『なにが…?』

緑間の言葉に、鳴海はポロっと溢した。



緑「っ、あなたを…知りもせず責めていた事についてです…!」

眉間にシワが寄っている。
まさか鳴海までそんな返しをしてくるなんて思わなかったのだ。

緑間の説明を聞き、鳴海は「あー…」と唸ると、苦笑いを見せた。



『謝る事じゃないだろ、それ』


「「は…?」」

緑間、高尾の声が重なった。



『疑って当然だろ?……人は他人の【長所】より【短所】の方がよく目につくのと同じで、【信じる】より【疑う】方が簡単だからな。――こんな状況なら尚更そうだ』


鳴海はこの場にいるメンバーを見た。


『だから謝る事じゃねーよ。大事な事だ、疑うってのは』

鳴海は眼を閉じて、微かに口元を緩めた。






『ともかく、俺を疑った事に、罪悪感とか責任を感じる必要なんて無い。……だからそんな顔すんなよ、高尾』


高「……どんな顔すか」


『すげぇブサイクな顔。お前は馬鹿みたいに笑っとけ』


高「納得いかねーす」

鳴海は溜め息を吐くと、高尾の頭を数回叩いた。



『お前、俺を贔屓し過ぎだろ』


高「だって…」


『だって、って子供かお前。……けどまぁ』

フッと鳴海は不意に柔らかく笑った。


『ありがとうな』


高「なんの事すか?」
高尾は唇を尖らせ聞き返す。


『……それはお前が一番解ってんだろ』
ぺちーんと高尾の額を叩いた。


『――なぁ緑間クン』


緑「なんですか…」


『君も、ありがとうな。…正直嬉しかった』


緑「い、え…」
緑間は自身の左手を眺めた。






赤「体育倉庫が開かなかった件については色々と疑問が残るが、鳴海さんが見つかった事だ。一先ず戻ろうか」

赤司が踵を返せば、皆自然と従った。





――――--……‥

――--…‥





高「はぁ〜、やっぱこっちはあったけぇなー」


黒「かろうじて、という程度ですけどね…」


二人の会話を聞き、鳴海も僅かに違う気温を実感する。

肩に乗ったユキは、考え込むような仕草を取った。





氷「あ、鳴海さん見つかったんだね」

第2体育館に戻れば、探索に出ていたメンバーが丁度帰って来ていたらしい。


簡単な報告を済ませ、再び情報共有を行う会議が始まった。

どこも相変わらず手掛かりは掴めていないが、誰一人と欠けていない事に皆、僅かながら安堵していた。

そして唯一の得た情報。



黒「髪の長い、天井を主な行動範囲とする怪物は、天井がない場所までは追い掛けて来れないようです」

初めに高尾を襲ってきた、例の怪物の対策だった。


高「ただ、そいつは障害物は効かねーから、遭遇した場合は直進は避けて逃げるがオススメっす」

黒子と高尾を中心に、その怪物に襲われたメンバーが話す。


伊「ただそいつもかなり足が速い…。出来るなら遭う前に逃げた方が良いな」


黄「………」

ただ一人、黄瀬だけは口を開く事はせず、ある方向…正しくは人物を何か言いたげな表情で見ていた。




赤「鳴海さん、次はあなたの話を聞かせてもらえますか?」

一同の視線が、鳴海に集中した。
鳴海は喉が張り付くような感覚を覚えた。




『悪い……、正直俺も何が起こったのか…』

こればっかりは、言い訳が浮かばない。

倒れたのは【現実】の肉体が目覚めようとしていたから。

消えたのは【現実】に戻ったから。

体育倉庫に居たのは【現実】から来たばかりだから。



すべて鳴海が【外】から来た事を話さなければ説明出来ない。
かなり、苦しい状況だった。





『納得出来ないだろうが、俺は……』


赤「いえ、わかりました。こんな場所ですし、何が起こったって可笑しくはないですからね」

赤司は目を伏せ、柔らかな口調で流した。


それが意外で、そして不気味でもあった。




赤「何を措いても、今のところ誰一人欠けていない事を喜ぼうか」


この言葉を最後に、会議は終了した。
その後赤司は、再び探索に向かうメンバーを主将組と話し合った。



『………はぁ』

彼らがこの学校に閉じ込められ、かれこれ72時間は経つだろう。

【外】と時間の流れが違うにしても、それほど長い間手掛かり1つ得られない状況はキツいはず。


なんとか“勾玉”を見つけ、早く彼らを【現実】に戻してやりたい……。





《………》



『ユキ、どうかしたのか?』

先程から思考に耽っていたユキが、突然落ち着きなく周りを見だした。

鳴海の問い掛けに答える余裕もないのか、ユキはキョロキョロと忙(セワ)しなく体育館を見回しした。




《――!》


ユキがある一点を見詰めたかと思えば、突然息を呑んだ。

どうした、と声を掛ける前に、ユキが呟く。




《――あった…!》



『え……』

ユキの言葉の真意を知る為、鳴海はユキが見詰める先、体育館の天井を見上げた。

ユキが肩口を強く握る。


『………』

目を眇め、その一点に集中した。





《……初めは気づかなかった。けど、考えてみれば当然だったんだ…!》



集中している内に、徐々に天井に“あるモノ”が見えてきた。



《彼らが闊歩するこの空間で、唯一彼らが入ってこない不思議な場所…》



それは天井を支えている、鉄骨のような場所にあり、淡い光を放っていた。



《そして同じ体育館でも、第1と第2とじゃ僅かながら温度が異なっていた…。それは間違いなく――》



『まさか……アレが!?』

ユキが頷く。




《――ボクの神気で作った“勾玉”だよ…!》



ユキの声が少しばかり上擦っていた。
それ程までこの瞬間を、“勾玉”を求めていたという事だろう。

しかし、


――どうやってアレを取る…?


体育館の高さは、パッと見でも15m以上もあり、あそこまで登れそうな梯子も通路も存在しない。


『っ、』

“想う力”を使えば、もしかすればあそこまで飛べるかもしれない…。

けれど、今は周りに人が居る。

ユキの力を借りて透明化するにしても、いつ、どこで、誰が見てるか判らない場所で、突然消える訳にはいかなかった。



『…ははっ』

鳴海の口元に苦笑いが浮かんだ。

(俺は何を天秤にかけてんだか……)

彼らを“助けたい”と言う気持ち以上に、優先するものが果たして有るだろうか。



(今更、疑義が1つや2つ増えたところで、対して俺の立場は変わんねーか)

鳴海は腹を据える。



『――ユ、』

「あ、の…鳴海さん…」


鳴海がユキの名を呼ぶと同時に、控えめな声が彼を呼んだ。



『桜井クン……?』

それは鳴海を【視えない男】だと知る桜井だった。

桜井は捻った足を気遣いつつ、鳴海の下へと歩いてきた。



桜「スイマセン、ちょっと良いですか…?」

オドオドとする姿は、小動物を連想させる。
しかし今は和んでいる場合ではない。


『どうした』


桜「あ、あの…、この廃校の事なんですけど……」

桜井は不安げに瞳を揺らす。


桜「僕達、未だに脱出の糸口さえ見つけられていないんですけど…。僕達…ここから出られるんでしょうか……」


『………』

ここまで何も得られない状況に、正直桜井は参っていた。

怪我や病気の時、人はよく不安定になると言うが、今の彼がそうなのだろう。




桜「…!」

そんな桜井の頭を、鳴海はポンポンと叩いた。


『……大丈夫、俺が必ず助け出して見せるよ』

鳴海が目を細め、安心させようと微笑む。
頭を撫でられ、桜井は小さく「はい…」と答えた。



高「なーにイチャついてんすかー」

『…たまにお前、空気壊しに来るよな』

微笑みから一変、鳴海は高尾に呆れ、溜め息を溢した。


高「いやいや、なんかシリアスな雰囲気だったから、空気を変えに来たんすよ」


『……なんでボール持ってんだ?』


高「いや、だから空気を変えようと…。暇だったんでボールでも触って気晴らししよっかなーと」

どうやら高尾は体育倉庫からボールを引っ張り出して来たようだ。
高尾は器用に指の上でボールを回し始める。


高「なんか、久々にボール触った気がするんだよなー」

高尾は何気無しに言うが、実際3日程経過している。

高尾の気楽さに、再び溜め息が出掛かる。――が、ボールを見た鳴海はある事を思い付く。

高尾にボールを渡すように言う。すると彼は素直に渡してくれた。


『……確か桜井クン、SGだよな』

桜「は、はい」

桜井は唐突な質問と、何故ポジションを知っているのかと言う事に驚くが、鳴海の真剣な様子に口を噤む。







『天井の高さまで、ボール放れるか……?』

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