紫紺の楔

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『――ああ、無理言って悪いな。…いや、十分だ。また明日の昼頃、そっちに俺から行くよ』


肌を刺すような冷風が吹く一方で、空を見上げれば、夏の時期とはまた違った青空が広がっていた。

『突然悪かったな…。ああ、よろしく』

鳴海は耳に当てていたケータイをしまい、ほう…と白い息を吐いた。



「………」

この寒さに堪え兼ねたのか、黒毛の彼女は鳴海の背中に寄り添うかのように身を委ねた。

それに釣られるようにして、境内にいた彼女達も鳴海を囲うように座った。


そんな光景に、鳴海は自然と口角を上げ、その内のひとりの頭を撫でた。
気持ちが良いのか、目を細めて彼女は鳴海の手に身を寄せた。





『はは…!本当可愛いなぁ、お前ら……』




「恭介ー!!」

入口の大きな石段を駆け上がる足音が、次第に大きくなっていく。



『優一郎』

その人物の名を呼べば、身の回りにいた彼女らのひとりが優一郎こと、大澤に駆け寄った。






「にゃー」

「どうしたのチビちゃん、構って欲しいの?」

長身を折り曲げ、大澤は擦り寄ってきた白い子猫を抱き上げた。



『そいつ、お前にベッタリだな』


「全身毛むくじゃらになってる恭介に言われてもなぁ……」

毛皮のコートを着てる訳ではなく、境内に居た子猫達が鳴海で暖を取ろうと、彼に引っ付いているのだ。

そんな幼なじみの姿に、大澤は微笑ましそうに、手元の子猫を撫でてやった。




「うわ〜、ネコちゃんがいっぱーい!!」

「ん、殺人毛玉…」

「つか多すぎじゃねっ!!? 珍○景に投稿出来るぞ!?」

石段を登り、姿を現した志波、双葉、立花が口々に言う。

境内に居る子猫、オスメス関係無く数えてざっと30匹近く。


それぞれの所にトテトテと駆け寄る子猫達。
片手サイズの愛くるしい小動物は、新たに加わったメンバーの足に擦り寄っては「にゃーにゃー」と可愛い鳴き声を上げる。

中にはズボンを登り出すヤンチャな子猫も居る。




「つか、なんでこんな寒ぃ日にこんなとこに集めたんだよ…。いつもみたくナルん家で良くね?」

『こいつらに会いに来たに決まってんだろ』

鼻を啜りながら尋ねた立花に、鳴海はサラッと答える。



「ふーん……」

普通ならそこで「なら自分1人で会いに来いよ」と言うところだが、中学からの付き合いである彼らは、鳴海の僅かな変化を感じ取り、咎め立てる事はしなかった。


じゃれつく子猫を撮影していた双葉だけは高校からの仲であるが、彼も3年間の付き合いから気持ちの機微を感じ取り、俯いた事でズレた帽子を正した。




「んで?なんかあったのか?」

子猫5匹を抱え、立花は鳴海の隣に腰掛けた。



『今取り上げられている例のバスケ部員集団行方不明事件なんだが…』

「バッシュ事件だね!」

「だからそれ、もはや別の事件だろ」

志波の茶々にツッコミを入れ、立花は鳴海に先を促す。


『……その行方不明者の中に…あの高尾が居た…』

その名を上げれば、大澤、立花、志波が瞠目した。




「双葉の作ったリストを見た時は何かの間違えだと思ったけど……」

「マジかよ…カズの奴が…」

「本当に和くん!? 同姓同名ってヤツじゃなくてっ!?」

順に大澤、立花、志波が呟く。



「ん、ナルなんでそんな事知ってる?見てきた訳でもないのに……?」

双葉が純粋に疑問を上げた。
それに対し、鳴海は答えられなかった。



「いや、恭介はくだらない冗談や嘘は言わないから、きっと本当なんだよ…」

大澤は苦渋に満ちた表情を浮かべ、双葉に言った。
双葉もそれは理解しているようで、すぐに頷いてみせた。



『双葉、1つ確認しても良いか』


「ん、なに?」


『俺個人が調べた情報だと、居なくなったのはバスケ部のレギュラーだ。けど、中には人数が足りない学校があった。……彼らはどうなってるんだ?』

昨晩の疑問について、鳴海は双葉に問い掛けた。
双葉は表情筋をあまり動かす事なく、その言葉を告げた。



「居る。……けど無事じゃない」


『無事じゃ、ない…!? どういう事だよ』

鳴海は急かすように声を張り上げた。



「ん…、関係者以外は面会謝絶。だから直接会った訳じゃないけど、秀徳の木村信介。桐皇の諏佐佳典。陽泉の岡村建一。洛山の根武谷、黛は、事件当時から、病院に居るよ」


『病院に…?』

話を聞けば、全員事件発生時と思われる瞬間、糸が切れた人形のように倒れたらしい。
病院に運び込まれた際に、全員“昏睡状態”であると診断された。

これは表立った事ではないが、薬物などを使用した犯行では、と警察側は睨んでるらしい。

しかし事実は違う。
“人”の犯行ではなく、科学では到底証明出来ない“怪異”による犯行である。

“犯人”など存在しない。
文字通り“怪奇事件”なのだ。




「……で、お前は何があったんだよ」

子猫を放し、立花が鳴海を見る。彼を始めに、他の3人も鳴海を注目する。



『別に俺は……』


「あー悪い悪い。言い方が悪かった。ナルさ、またメンドーな事に首突っ込んでんだろ?」


『っ……』


「……その沈黙は、肯定って事で良いの、恭介?」

大澤は優しげな口調で、鳴海に問いた。


『俺は……』

親友達の視線を見るのが怖くなり、顔を俯かせる。



「ナル〜?別に僕らは怒ってるワケじゃないよー?」


「ん、ナルが面倒事や危険な事に関わるのは今に始まった事じゃない」

次々と自分に掛けられる、呆れや心配の込もった声。


「そーそー。今更止めたって、お前オレらの話全然聞かねーもんよ」

「ははっ」と乾いた笑いが聞こえた。



「で? 何かあったんだよな。だからお前、ここに来たんだろ」

立花が見下ろせば、足元で寛いでいた子猫らが「にゃー」と無邪気に鳴いた。






『……本当に、何かあった訳じゃねーんだ。いや、むしろ何も“出来なかった”んだよ……』

鳴海は昨晩、高尾に言ったセリフを反芻させた。



『“護る”だなんて言っといて、結局何も出来てやしねー…。口先だけなら何とでも言える。本当に助けなきゃいけない時に、俺は何もしてやれなかった…』

自分が消えた後、高尾は…、


高尾はあの怪物から、無事に逃げられただろうか……?


その他に探索を行っていたメンバーも、何事もなく体育館に戻れただろうか……?


考え始めればキリがない。

あんな危険な場所で、誰一人と欠ける事なく過ごせているだろうか……。


グルグルと頭に浮かぶ不安に、正直気が滅入りそうになる。



唐突に、フニャと柔な感触が頬に触れた。



「お前さー、考え過ぎ」

見れば立花の手に子猫が抱かれていた。先程のはどうやら肉球のようだ。

溜め息を吐いたかと思えば、ペチペチと子猫を使ってビンタをしてきた。……子猫はとても迷惑そうだ。



「まー正直 お前が何言ってんのか解んねーけど、“護る”って宣言したんだな?」


『…ああ』


「んで、誰かは知んねーけど護れませんでしたーと」


『………』


「バカだな!」


『バっっ!!!?』

突然の馬鹿呼ばわりに、鳴海は顔を上げた。


「な、バカだよな?」

「バカだね〜!」

「ん、」

「ははっ、昔からだよ」


親友達がサラリと発言する。
鳴海は僅ながらショックを受けた。


『お前ら……』


「なぁ恭介。そんなゲームの主人公じみたセリフを言った訳だけど、恭介は口先だけでそんな事言ったの?」


『んな訳あるかっ!俺は本気で――』

「ん、なら問題ない」



「恭介。人ってさ、“想う気持ち”があれば何だって出来るんだよ」


大澤は子猫を撫でながら、まるで幼子に語り掛けるように優しく話す。


「人を信じる事も愛する事も、また殺める事も……全部は“想う”事から始まるんだ」

ゴロゴロと喉を鳴らし、子猫は大澤に身を委ねた。


「ナルさー、責任感強すぎるんだよね〜。1回の失敗でくじけてどーすんのさー。“護る”って言ったんでしょ?」

志波は男子高校生がするとは思えない、腰に両手を当て、身を乗り出すという行動を取った。



「ならさ、約束は守らなきゃでしょ。ナルは何があっても、ナルの“想う”通りにやるだけ、でしょ?」


「ん、いつも言ってた。後悔しない選択をするって」



『マッキー…、双葉……』


「ほらほら、いつもの気丈っぷりはどこ行ったんだよ! バカみてーにまた、誰かにお節介して来い!」


『立花……、つか叩くな、痛ぇよ』

バシバシ背中を叩いてくる立花を軽く睨み、苦笑いを見せる。



「恭介、俺はお前の事はよく知ってる。だから無茶はするなとは言わない。だから、精一杯やっておいで。恭介が後で泣かないで済むように……」


『優一郎…。って、どこの母親だよ…お前』

鳴海は子猫に気を付けながら立ち上がり、親友達を見下ろせば、背中を押されるような感覚をその身に受けた。






『優一郎、双葉、立花、マッキー……ありがとうな。お前らが友達で、本当によかったよ』


そう言って駆け出し、鳴海は神社から去っていった。





「………相っ変わらず、恥ずかしいヤツ」
鳴海が居なくなった境内で、立花が溢す。


「流石ナルって感じだけどねー」

ぽりぽりと冬季限定の菓子を頬張る志波。


「ん。でもナルは、優しい」

双葉は昨日の情報料である、7種の菓子が入った紙袋を持った。

タッパーや袋に入った菓子の中には、まだほのかに温かいものもあり、出来立てである事が解る。



「あ、秀くん。僕もお菓子欲しい!」

「……大丈夫、入ってる」

志波と双葉が紙袋内を覗くと、どれも2つずつ用意されていた。


「あ、これ…僕の好きな甘さだ」

「ん、ホント」

菓子を口に入れれば、それぞれが2人が好む味付けだった。
口先では憎まれ口しか叩かないが、内心では1番他人の事を考えている彼。



「恭介は、本当に良い奴だよ。……一方で、アイツは優し過ぎる」


4人は鳴海が去っていった鳥居をしばらく見続けていた。

空は次第に赤みが差していき、子猫達は自分の親の元へと帰っていく。







嗚呼 見ず知らずの人……、


どうかその脆くも歪みのない剣を携えた優しき騎士(ナイト)を、



悲しませないでくれ…――





彼らは真実を知らない。それでも親友がどうか傷つかぬ事を、心から願った。




空には一番星が輝き始めた。
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