紫紺の楔

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「なんや、騒がしい思たら君らかいな」


黒「今吉さん」

1-7の扉が再び開き、現れたのはこの棟の3階を担当していたはずの今吉、氷室、劉だった。


今「ホンマ、こんだけ広いっちゅーのに、よぉ会うなぁ」


伊「上はもう良いんですか?」


氷「上と言っても、開放されているのは福井さんとレオの居た大講堂だけだからね」

劉「広いだけで何も無いアル」

氷室が肩を竦め、劉は疲れたように溜め息を吐いた。



今「で、大講堂を調べとったら変な声が下から聞こえたんで、面白そうやと思て、降りてきたんや」

鳴海で言う昨晩に、あんな怪物と遭遇しておきながらも今吉は“面白そう”と言う。
彼の発言に呆れる者、苦笑いを浮かべる者など様々だ。



今「で、下に降りて見てみたら、この教室が不自然に開いとったんや。まぁ単純に、ここ担当やった君らが閉め忘れたんやろうけど」

今吉は高尾を見て、上記の発言をした。


今「せやから、教室内にはなーんも有らへんたわ。しゃーないし、ワシらもこの階を探索する事にしたんや」


高「ちょ、待って…何もなかった?つか、扉閉めたの今吉サン達……?」

高尾の表情がどんどん曇っていく。



黒「今吉さん。変な声とはどんな感じでしたか?」

高尾を押し退け、黒子が今吉に尋ねた。


今「変な声っちゅーよりか、奇声やったかな?」

黒「その声が聞こえて、この教室に着くまで、どれくらいでしたか?」


氷「2分くらいだったと思うけど…」

ストップウォッチを持った氷室が答える。



伊「……古橋、お前はどう見る」
私情を捨て、伊月は古橋に問い掛ける。
古橋は相変わらず感情の読めない表情で、倒れた机たちを一瞥し、


古「あの机の倒れ方から見て、相当具合が悪いんじゃないか。仮に壁づたいに歩いたとして、氷室達が来る前に姿を消すのは、まず無理だろうな」

と淡々と答えた。


瞬間、高尾の表情に絶望が浮かぶ。





氷「……ところで、鳴海さんが見当たらないけど…」

氷室はずっと気になってたんだけど、と続けた。


高「……鳴海サン…は」


高尾が事情を説明する為、震える唇を開いた。


黒「――まだ、決まった訳ではありません」

凛とした黒子の声が、高尾の言葉を遮った。


黒「もしかしたらの話は、悪い方より、良い方に考えませんか?」

黒子は微かながら、高尾に笑って見せた。





今「あー…、ちょっとええか?ワシらだけ蚊帳の外やねんけど…。せめてどういう状況か教えてくれへんか」

本心からかどうか判らないが、苦笑いを浮かべて尋ねる今吉に、黒子が簡潔な状況説明をしてやる。




黒「…という訳です。これからは脱出の手掛かりの他に、鳴海さんを捜索していきましょう。もしかしたら、まだその辺に居るかも知れません」


今「せやなぁ、もしかしたら、例の【視えない男】が助けてくれよったかも知れんしな」


伊「……だな」


話は探索と同時に鳴海を捜索する事に決まり、高尾は古橋、葉山グループに加わり各フロアに戻った。



高尾は探索以上に、捜索に力を入れた。

北棟1階、中庭、南棟1階…


中庭を探索している際、高尾はもしかしたら…と強い想いを持って捜索に当たっていた。
が、しかし鳴海は見つからなかった。


鳴海とは、この中庭に作られた社の前で出逢った。
またここに来れば、鳴海が居るのではないか…、そう願っていただけあって、高尾の落ち込み方はあの古橋や葉山からしても痛々しいものだった。









黒「……そうですか、見つからなかったんですね」

両棟1階の探索、捜索を終え、同じく南棟2階を探し終えた黒子、伊月、黄瀬達と合流した。



伊「一度、体育館に戻って、懐中電灯を借りてこようか。もしかしたら、暗さの所為で見逃している場所があるかも知れない」

鳴海が持っていたカバンに入っていた懐中電灯は現在、体育館に残ったメンバーが持っている。

と言うのも、あちら側も改めて体育館内を探そう、という赤司の提案からだ。




高「そう…すね」

伊月の提案に頷き、一同は体育館に向かった。






――――---……‥

――--…‥





体育館の扉を開けると、全員円状に座り、会議を行っていた。



赤「――何かあったのかい?」


察しのいい赤司は、戻ったメンバーの中に鳴海が居ない事で状況を理解し、目を細くした。



赤「鳴海さんが、居なくなってしまったんだね」

赤司が聞けば、座った者達も探索メンバーを振り返った。





赤「なるほどね。それで懐中電灯を借りに戻った訳だね」

探索メンバーから話を聞き、思案に耽り出した赤司。
一方で、相棒が危険な目に遭ったという緑間は穏やかではなかった。



緑「……やはりヤツは…ッ」

高「ちげぇ…、鳴海サンはそんな人じゃねーから」


緑間は顔をしかめ、鳴海を“敵”だと認識する。言葉になり掛けたそれは、高尾の声が否定する。



緑「では何故、ヤツは突然姿を消した。それ以前に、ヤツはやたらと高尾を指名していた。唯一の知り合いだかなんだか知らんが、お前からの厚意を利用し、罠に嵌めたのではないのか!?」


高「…めろ」


緑「突然倒れた振りをし、自分に注意が逸れた隙に怪物に襲わせようとしたのではないのか!?」


高「…黙れよ」


緑「その証拠に倒れたヤツではなく、怪物はお前を襲って来たのだよ。ヤツは始めからお前を狙って」


「黙れっつってんだろッッ!!緑間ぁッッ!!!」


高尾は座った緑間に飛び掛かり、咄嗟の事で受け身を取れなかった緑間は、勢いよく頭を床に打ち付けた。

倒れた緑間の上に馬乗りになり、高尾は彼の胸ぐらを掴み上げる。



緑「っ、……何をするのだよ!!」


高「うっせー!お前なんかにあの人の何が解んだよッ!!! ハナッから鳴海サンを疑いやがって…!いくら緑間でも、鳴海サンを悪く言うヤツは許さねーからなッッ!」

激昂した高尾は、元からつり上がっていた眼を更に鋭くし、緑間を見下ろす。



緑「お前は利用されたのではないのか!? お前は何だかんだでお人好しな奴だ。ヤツはお前のその性格に付け込んだのだよ!」


高「鳴海サンの事、何も知ろうとしねー癖にッ!本当にお人好しなのは誰だと思ってんだよ!鳴海サンがさっきオレに何言ったか教えてやろーか!!?」

高尾は探索時に彼が言った言葉を脳内で再生した。
嘘偽りの無い瞳で、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい、まっすぐな言葉だった。





高「ホンット、バカだよなぁ…あの人。ホント…なんであんな人がこんなトコ居んだろ」


緑「高尾、」

ポタッ… と緑間の頬に雫が伝い、床に落ちていく。
しかし次々と雫は緑間の整った顔に落ちてくる。



高「なぁ、真ちゃ……」

涙や鼻水でグチャグチャになった顔を、高尾は隠すように緑間のジャージに押し付けた。



高「あの人はさぁ…、バカなんだよ。よく人の足蹴るし…口がたまに悪いし、カワイイもの好きだし……それにさぁ…」

語尾になるにつれ、絞り出すような声になっていく。



高「鳴海サン…めっちゃくちゃ、優しいんだ…。つーか…優し過ぎんだよなぁ、あの人…っ」


次第に嗚咽を漏らし、言葉を発する事が難しくなる。
それでも途切れながら言葉を話す高尾が、受動的に緑間から離れた。



高「ぁ………?」


紫「もうその辺にしときなよ〜。え〜っと…タカオだっけ?」


緑「紫原……」

ダルそうに両脇に手を入れ、紫原は高尾を持ち上げ、緑間から彼を離した。



紫「喧嘩すんなら余所でやりなよ。見てて鬱陶しいから」


高「うっと…しいってっ!」

高尾は一度引っ込んだ怒りが再び浮上するのが解った。



紫「暴れないでくんない?それともこのまま放り投げてほしいの?」


高「てめっ…」

今度は紫原と揉める気か、と周囲は固唾を飲んだ。





紫「面倒臭いなぁ、落ち着きなよ。別にアンタの言葉、否定しよって訳じゃないんだし」

紫原は高尾を床に降ろすと、鳴海から貰った飴を口に放り込んだ。






紫「他のごちゃごちゃ言ってたのは知らねーけど、ナルちんが優しいってのは、オレも解るよ〜?」

紫原は口内でコロコロ飴を転がした。
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