紫紺の楔

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高「ど、っこまで…追い掛けてくんだよッ!」

天井に張り付き、地球の重力をものともしないその怪物は、高尾が視界から消えてもなお、粘り強く捜しては追い掛けてくる。

奇声に続いて、不気味な笑い声を絶え間なく上げながら、怪物は高尾を追い掛けた。


視界の先に、南棟へ続く渡り廊下が見えた。
高尾は足首をキュッと捻り、ほぼ直角に廊下を曲がった。


怪物も同じく廊下の天井を曲がった。

僅かに曲がり角によって距離が開く。
高尾は先程から出来るだけ部屋に入ってはすぐに出るなどを繰り返し、直進を避けて逃げている。


困ったのはこの怪物が持つ性質だった。
こう言った怪奇の存在にとっては標準装備なのか、障害物が通じないのだ。

何度か教室に入ったが、その度怪物は意に介す事なく教室の柱や扉をすり抜けて来るのだ。





高(やべぇ…、足が棒になってきた)

息も上がり、横腹も痛み始める。


南棟に入って間もなく、視界の先にこのフロアを担当している黒子、伊月、黄瀬チームを捉えた。

高尾ほど広範囲ではないが、伊月もイーグルアイを持っている。
高尾が南棟に入るとすぐに気がつき、「高尾?」と距離があったが、そう呟いたのが解った。


高尾が現在いる場所は3-1前。
黒子達がいるのは3-7と3-6の間。
幸い距離が開いていた。





黄「あれ?高尾クンじゃないっスかー!おーーい!」

黄瀬も高尾に気づいたようで、ブンブン腕を振っている。
しかし黄瀬のそれに返せる状況に、今の高尾はいない。



黒「……様子がおかしいですね」

伊「…! マズイ、怪物が高尾に付いて来ている!」


黄「えッッ!?」

そう指摘され、黒子と黄瀬も高尾の背後を見た。

そして不気味な笑い声を上げる、髪の長い怪物が天井に這っているのを目視した。



黒「とにかく、3-6に入りましょう!」

そう言って黒子が教室の扉に手を掛けた。



高「みんな逃げろッ!!黒子も、早くッ!」


高尾の形相に何かを察した3人は、踵を返し、走り出した。



黒「っ…どういう事ですか、高尾くん」

速度を上げ、黒子と並行すると、黒子は高尾に訊ねた。



黒「一時的にでも教室に入れば、少しだけ時間が稼げたのでは…?」


黄「高尾クン、バテバテじゃないっスか!!?」

伊「……なにか、あるんだな?」

前を走っていた伊月と黄瀬も高尾に疑問を投げ掛けた。



高「あの怪物に、障害物は通じねーんすよ。壁や柱なんて関係無しに、すり抜けるんだ」

高尾の説明に、納得するメンバー。それと同時に、障害物が意味を成さないという点に、表情を強張らせた。



3-9の前を通過し、階段へ向かった。

しかし忘れてならないのは、この階段、昨晩の一件によって防火扉が閉まっている。


一足先に防火扉に着いた黄瀬が急いで防火扉の扉部分を開け、メンバーが先に行く事を促す。

最後黄瀬が通過する際、すぐそこの曲がり角まで怪物は来ていた。


4人は1階へ降り、体育館へ戻る事を決めた。
1階へ足を踏み入れた時、黒子が1つ提案する。


黒「あの怪物は、天井が主な移動範囲なんですよね…?」

高「うん、たぶんそうだと思うけど…!?」


高尾の説明を1番聞いていた黒子が、突然1階廊下を走り出した。
体育館へは、階段を降りてから真っ直ぐ進めば戻れる。

しかし黒子は突然の曲折を行い、再び長い1階廊下を駆け出した。


体力が平均以下の黒子にとって、その行動は自殺行為となる。
まさか囮にでもなるつもりだろうか。

その後の最悪の事態を想像した3人は、急ぎ黒子を追い掛けた。






黄「黒子っち!オトリとか考えちゃダメっスよ!! オトリなら1番体力あるオレが!」


黒「僕は一言も囮になるなんて言ってませんが?」

黄瀬の必死の懇願を涼しげな表情で流し、


黒「囮になろうなんて考えてません。ただ、試してみたい事があるんです」

と言い、後ろを振り向いた。


後ろの方、正しくは天井を見上げれば、相変わらずの怪物が追い掛けて来ている。




高「なーんか知んねーけど、進んで自分がやり始めた事なんだし、ちゃんと最後まで走り抜けよ?」


黒「………………頑張ります」


黄「ちょ、そこはすぐ答えようよ!」


伊「…なんだか、先行きが不安だな」


苦笑いを浮かべ、それでも懸命に足を動かしていると、中庭に降りられる渡り廊下が見えてきた。






黒「みんな、中庭へ! 急いでください!」

高「いや、なんか雰囲気壊して悪いけど、そう言う黒子が最後尾だからな!? 急げよ黒子!」


4人は転がるように中庭に飛び出した。




黒「はぁ…はぁ…。……ビンゴ…です」

肩で息をしながら、黒子の視線の先を見ると、こちらを見つめる怪物が渡り廊下で留まっていた。

不気味な笑みを浮かべたままだが、その表情はどことなく悔しげに見える。



伊「なるほど、天井が移動範囲なら、天井がない中庭には来れないって事か…ハッ!中庭には二羽鶏がいるっ!キタコr」

高「いやそれダジャレと言うか、ただの既成早口言葉じゃね?」

伊月が得意のダジャレを言ったが、それは高尾が言った通り皆よく知る早口言葉だ。





「あれー?4人とも、なんでここに居んの?」


伊「葉山っ!…と古橋」

古「複雑そうな顔してるぞ」

黒「…元からこういう顔です」


高「オレから言わせたら、お二人さん同じ無表情してっけどな」

黄「…っス」


因縁がある3人(古橋はそうでもない)が微妙な雰囲気を醸し出す一方、こちらを静観していた髪長の怪物は南棟へ入っていった。
どうやら諦めたようだ。




高「っ、こんなトコにいつまでも居られねーんだった! 巻き込んで悪ぃ!オレ、急いで戻らねーと!」

黒「待ってください」

高尾が表情を強張らせ、北棟入口に向かう背中に、黒子が呼び掛ける。



黒「合流した時から思っていました。今 君が向かう先に答えがあると思いますが、あえて訊きます」

恐らく他のメンバーも気付いている。だからこそ、高尾に確認したい。



黒「鳴海さんは、どうしたんですか?」


高「っ、センパイは…」





――――----……‥‥

――---…‥





高「――で、突然教室の中で机とかが倒れる音がして、振り向いたら、鳴海サンが倒れてたんだ」

一同は再び北棟2階、高尾が鳴海と別れた1-7の付近にやって来た。

幸い他の怪物、特に伊月と黒子ら誠凛などが襲われた例の怪物などと遭遇する事なく教室に辿り着いた。



高「っ…」


高尾は祈るような気持ちで、教室の引き戸を開けた。


ガラ……




高「セン…パイ…?」




教室に一歩踏み入る。

倒れた机などの中心部を覗く。



しかし、そこに鳴海の姿は無く、ただ机や椅子が倒れているだけだった。


高「センパ…、鳴海サン…!どこだよっ!……間違いなくここに倒れていたはずなのにっ」

高尾は自身の眼を使い、教室内を死角無く見渡す。
高尾より先に伊月も眼を使い教室内を見ていたが、誰も居なかった。

高尾は掃除用具庫、古びた生徒用ロッカー、教卓の下なども直接捜した。



高「居ねぇ…。やべぇ、どうしよ。……オレが逃げてる間に、他の怪物が来たんじゃ…。もしかして連れてかれたんじゃ…」


黒「高尾くん」

試合の中でもこれ程まで激しく動揺する高尾を見た事が無い。
黒子はそんな高尾を落ち着かせるように、静かな声を掛けた。

しかし、高尾の耳には黒子の声が聞こえないようで、その形のよい額に手を当て、自責の声を溢している。


高「オレが…あの時鳴海サンを放って逃げなかったら…、そしたらセンパイは――」


パァン……!!



高「は…!?……!!?」


黒「落ち着いてください、高尾くん」

高尾の目前で、乾いた音がした。
黒子が高尾の目の高さに両手を突き出し、いわゆる猫だましをしたのだ。


黒「気持ちは解りますけど、まずは落ち着いてください」

高「けどっ!」


古「ここに居ないなら、拐われた他にもう1つ可能性があるだろ」

ピクリとも動かない表情で、淡々と古橋は告げた。



葉「ここに居ないなら、単純に自分で移動したんじゃない?」


高「あ…」


伊「教室の扉も閉まってたしな。ポジティブに考えよう、な?」


伊月がポンポンと高尾の頭を軽く叩いた。
高尾は少し落ち着きを取り戻し、「ごめん…」と小さく呟いた。













黄「……みんな、簡単に信用しちゃってるんスね」

そんな中、黄瀬だけは複雑そうに眉を顰ていた。
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