紫紺の楔

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赤「さて、充分時間も過ぎた事だ。そろそろ探索に向かうとしようか」

赤司の号令で再び探索チームが組まれる。
今度は着眼点を変える目的で各校から1〜3人程抜擢し、それで回ろうと言う事になった。



赤「ああ、そうだ。鳴海さん」

赤司は変わらず体育館の角に座っている鳴海に呼び掛けた。
呼ばれた鳴海自身は驚きつつ、僅な期待を抱きながら赤司の傍に寄った。


赤「今回の探索には、あなたも加わってもらいます」


『良いのか…?』

鳴海が問い掛けると、赤司は言葉にしないものの肯定の意思を伝えた。


先程ユキと話していた事もあり、自分が探索に加われるのは願ってもないチャンスだ。
しかし鳴海が探索に加わる事に、納得のいかない者も居るわけで、



緑「赤司、何故そいつを探索に行かせるのだよ!まだそいつが信用できるかどうかも判らないのに……!」

緑間は赤司に抗議を訴えた。


赤「真太郎、言っただろう。着眼点を変える為だ。その事に関しては、鳴海さんが最も適任だ」

緑「だが……!」

赤司の意見は最もで、緑間もそれは理解している。
しかし正論がすべて人を納得させられるかと言われれば、それは否だ。
緑間は苦渋の表情を浮かべ、口を噤んだ。


そんな緑間を見て、少しばかり左胸がズキンッと痛んだ。



別に緑間だけではない。
鳴海をよく思っていないのは、黄瀬や青峰も同じだろう。


その他の面々を窺ってみると、十人十色と言った感じだ。


「誠凛」は疑う様子は元々薄かった事もあり、今は険悪なものは感じられない。

黄瀬を除く「海常」は、笠松があまり疑っていない事から、他のメンバーも自然とそう言う考えを持っているようだ。

「秀徳」は様々だ。
高尾は初めから疑うなんてしていない。そんな高尾を見て大坪は「お前が信用してるなら」と言った風に構えている。
宮地は極端な後輩二人の丁度中間、半信半疑という感じだ。



「桐皇」もまた一風変わっている。
桜井は鳴海が自分達を助けた【視えない男】だと知っている。
若松は後輩の治療をしてくれた、と言う事で恩を感じている。

一番わからないのは始終笑みを絶さない今吉だ。

先程の一件の際、渋るメンバーを連れて、進んで席を外してくれた事から信用に似たものは持っていると思える。
だが、それを【信用】と形容出来ないのは今吉が持つ独特の雰囲気の為だ。
一見飄々としてる癖に、鋭いものを内に持っている。

“信用してくれている”などと勘違いし近付けば、蛇のように頭から丸呑みされ、鳴海が持つ情報を取り込まれてしまう事だろう。


「陽泉」は誠凛と変わらない。
エース2人が鳴海を信用している事と、福井自身の持つ気性、そして彼の吐く嘘をいつも素直に聞き入れている劉。
このメンバーからして、最早鳴海を疑う者は居ないと思われる。


一方で「洛山」「霧崎」はどっち付かずの考えを持っている。
どちらも聡明な者が率いる学校な事もあって、内部の心情、思考が読めない。



納得のいかないものの、話は進み、鳴海が探索に出るのは確定したようだ。



高「鳴海サンが行くなら、オレも探索に加わりたいっす!」

高尾が挙手し、1人また1人とメンバーが決まっていく。

そして探索に向かうメンバーは、黒子、伊月、黄瀬、笠松、小堀、高尾、青峰、今吉、氷室、劉、葉山、古橋、そして鳴海となった。

そこからさらに2、3人に別れ探索をする。

黒子、伊月、黄瀬は南棟2階

笠松、小堀、青峰は南棟3階

今吉、氷室、劉は北棟3階

鳴海、高尾は北棟2階

葉山、古橋は北、南棟の1階


葉山、古橋ペアのたった2人で両棟の1階探索は難しいと思えたが、実は両棟1階部分はそんなに部屋もなく、開放されている部屋もほとんど無いのだ。

同じく2人で、その上部屋も極めて多い北棟2階だが、伊月の眼を上回るホークアイを持つ高尾が居る為、広範囲の探索が可能だ。




そして探索メンバーは体育館を出て、担当フロアに散らばった。



―――――---……‥‥

――--……‥




ピチョン…


北棟2階に着くと、すぐ傍に作られた水道、またはトイレから水の落ちる音がした。

……トイレにはあまり良い印象が無い。
鳴海は昨晩のトイレでの一件を思い出した。

2階には1年の教室の他、多目的室とコンピューター室が設けられていた。

階段すぐ横の多目的室を始め、1-9、1-8と調べて行く。
しかし誰もそこで目覚めて居ないのだろう、鍵が開錠されていない。


続いて1-7に足を運ぶ。


高「あ、オレこの部屋に居たんすよ!」

そう言うと、高尾は迷うことなく1-7の扉を開けた。


『もっと慎重に開けろ。もし中に怪物が居たら危ねーだろうが』

高「あ、心配してくれてんすかー。センパイやっさしー!」


『あと、次からは俺が先に扉開けっから、お前は後ろに居ろ』

高「やだっ、鳴海サンかっこいい!“お前は俺が護る”的な!! 和成トキめいちゃうっっ」


『………』


高「ちょっ、スルーはやめてっ!オレ寂しいヤツになっちゃうっ!」

高尾が教室内を探索しながら騒ぎ出す。



高「鳴海サーン!ゴメンなさいって!調子こきましたっっ!」


『いや別に無視したつもりはねーよ。お前の言う通りだし』


高「は、へ…?」


『…お前は、俺が護るよ。お前に限った事じゃねぇ。ここに居る皆、俺1つの体で護れるなら、いくらでも……護るさ』


いつの間にか作業の手を止め、鳴海は高尾の眼をまっすぐ見つめていた。
その瞳は今の言葉に嘘偽りが無い事を痛い程伝えていた。

高尾には視えていないが、鳴海の肩の上で、ユキが面に隠れた顔を悲しみの色に染めていた。



高尾は言葉を詰まらせた。
普段の饒舌や軽口はどこへ行ってしまったのやら、こう言う時に使える言葉がすぐに浮かばない。
逆に浮かぶのは、やっぱり変わっていない。と言う“安心”と“不安”だった。




高「なんつーか…、やっぱ鳴海サンはホラゲーとか、勝ち残りゲームとか向いてないっすね!」

張り付けたような笑みを浮かべ、そう言うのが精一杯だった。

鳴海は「そうだな」と短く返すと、再び探索を始めた。





**********





高「この教室と言えば、オレここに隠れてて怪物に襲われたんすよ」

1-7では何も見付からず、次に向かうかと話していると、高尾が思い出したとばかりに教卓に手を置いた。


高「そこのヒビの入った曇りガラスに、なんか変な影が写ってて、突然消えた、と思って振り向いたら、天井に張り付いてたんすよソイツ」

天井に張り付いた怪物――。

その説明に、鳴海は心当たりがあった。



高「不意打ちだったのもあったけど、あれは流石にビビったわ。鳴海サンも遭遇したら、絶対ビックリするぜ?」


『……気を付けねーとな』

今日こっちに来てからまだ一度も怪物に遭遇していない。
遭わないに越した事はないが、ここまで何もないと流石に不自然だ。
“嵐の前の静けさ”でなければ良いが……。


思考に耽っている間に、高尾は次の部屋に向かうべく、一足先に教室の外に出ていた。


『おいこら、先に行くなっ…て――ぅっ…!』

視界の先がぐにゃりと歪む。
そして左胸を中心に、体が熱くなっていく。
立っていられないそれに、鳴海は近くの机に手を突こうと腕を伸ばす。

しかし正常ではない視界でそれは叶わず、周りに設置された机を巻き込み、大きな音を立てて床に倒れる。




ガターーン!!




高「!? 鳴海サンッッ!!!?」

高尾が振り返ると、倒れた机に囲まれるようにしてうつ伏せる鳴海が居た。
ただ事ではないと、すぐに駆け寄ろうとした高尾の耳に、新たな物音が入り込む。




ガシャン……!



高「!!!!」


それはガラス、または鏡が割れたような音。
微かに意識が残っていた鳴海もその音を聞いた。そして脳裏にある情景が過った。

同じ音を、昨晩、南棟3階のトイレで聞いたのだ。






音のした方向を見た高尾の表情が凍った。

長い長い髪を垂らし、不気味な笑みを浮かべ、天井に張り付いているそれは、高尾が最初に遭遇した怪物だった。

その怪物の血走った目は高尾を捕らえており、聞く者の背筋を凍らせる奇声を上げた。


高「や、……べぇッ!!」


高尾は爪先に力を込め、古びた廊下を力一杯蹴った。
怪物は走り出した高尾を悍(オゾ)ましい形相で追いかけ始めた。







高尾の足音が遠退いていく。


抗う事の出来ない、深い深い穴に吸い込まれる感覚を覚える。


徐々にボヤけて行く視界で、ずっと寄り添ってくれているユキが写り込む。
自分より数まわりも小さな手で、安心させるように頭を撫でてくれている。





――…お前は、俺が護るよ



さっそく、約束を破ってしまった。

カッコ悪いな……。
意識が完全に消える直前、鳴海は自嘲気味に笑った。

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