紫紺の楔
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《――お兄さん》
『ユキ、どうした?』
会議がひとまず解散となり、各々自由行動を開始した。
時間が過ぎれば、また探索に向かう者も居るだろう。
鳴海は変わらず体育館の角に腰を下ろしていた。
そんな時、ユキが鳴海に話し掛けてきた。
鳴海はそれに小声で返す。
《そろそろ機会をみて、ボクたちも校内を探索するべきだと思うんだ。いくらお兄さん達が校舎を探し回ったところで、何の手掛かりも掴めないと思うから……》
『例の“勾玉”か…』
鳴海が尋ねると、ユキは静かに頷いた。
鳴海が体育館にやって来てからかなり時間が経過した。
少なくとも2時間は経っただろうか。
何もせず、無駄な時間を過ごしたと言う自覚が沸き、心なしか胸焼けにも近い感覚を覚えた。
「ねぇねぇ」
遥か頭上の方から、緩い声が掛かった。
顔を上げれば、この中で最もな巨体を持つ紫髪の少年、紫原敦が眠たげな眼差しで鳴海を見下ろしていた。
紫「何ひとりでブツブツ言ってんの〜?そこに何か居るわけ〜?」
『…いや。ところで、俺に何か用があるのか?』
さっきの黒子、木吉ら同様、立ち上がろうと腰を浮かせたが、紫原は「よいしょー」と気怠げに中腰状態の鳴海の隣に座った。
紫「何してんの〜?そんな変な格好してないで座れば〜?」
『あ、ああ…そうする』
紫原に促され、鳴海は再び床に腰を落とした。
『……で、紫原クン。俺に何か用があったのか?』
紫「あれ、なんでオレの名前知ってるのー?」
『いや…さっきの紹介の時、氷室クンが言ってたろ』
紫「そーだっけ?」
紫原はその体格に反し、首を傾げる動作を見せた。しかし彼の性格故なのか、その仕草はあまり違和感を感じさせず、むしろ愛らしいとも感じられる。
今度は未遂で終える事が出来たが、鳴海は無意識に彼の高い位置にある頭を撫でようとしていた。
紫「………」
『………』
暫しの沈黙。
紫原はゆっくりと口を開く。
紫「アンタの名前ってなんだっけ?」
『………』
言うと思ったよ…。鳴海は心の中で呟いた。
『鳴海 恭介だ』
紫「じゃ、ナルちんだね〜」
『ナル…ちん?』
紫「うん、ナルちんはナルちんでしょー?」
『………』
――その呼称は、信用してくれたと思って良いんだよな…。
何か間違ってるー?と言いたげな眼で見る紫原に、鳴海はそう自己解決した。
紫「ねぇー」
『どうした』
紫「お腹空いたー」
『……さっきメロンパン(仮)食ったんじゃなかったか?』
紫「オレ成長期だから、すぐ消化するの〜」
まだ成長すんのか。
紫原の発言にそう言い掛けたが、なんとか言葉を飲み下す事に成功した。
『……もしかして期待して来てくれたのかも知れねーけど、生憎さっきのパン以外は何も持ち合わせてねーぞ』
紫「えー。………お腹空いた」
紫原は切なげな声を漏らす。
そんな姿を見て、鳴海は眉をハの字に下げた。
何か飴かなにかを持っていたら良かった……、
鳴海は心底そう思い、ダメ元でブレザーやズボンのポケットを探った。
制服の中を4回も繰り返し探っていると、小さな固形物に指が触れた。
疑問を抱きながらソレを1つ取り出して見ると、飴玉だった。
しかし市販で見掛けるものと違い、まるで氷のように透き通っていて、食べられるのか怪しい。
仮に食べられるとしても、こう無色透明だと、味が有るのかどうかも判らない。
紫「何、その氷みたいなアメ。新発売のヤツ?」
紫原は興味津々に飴玉を見つめ始める。
紫「どんな味がすんのかな〜。ねぇ、ちょーだい?」
『………』
ヨダレを垂らしそうな紫原を一瞥し、鳴海は悩み、そしてそれを口に含んだ。
その瞬間の紫原の視線は何とも言い表せない程のものだった。
紫原の恨めしそうな眼差しを流しつつ、舌の上で飴玉を転がす。
イチゴ、リンゴ…それに続きオレンジにメロン、グレープ、ソーダー、レモン etc…
不可思議な飴玉は無くなるその瞬間まで味を変え続け、鳴海の体内へと消えていった。
『………』
体に異変は感じられない。
それらをポケットから取り出し、紫原の手の上に置いた。
紫「わー、こんなにくれんの?ありがとー」
手渡した瞬間、ぱぁあああ、と灯りが点いたように表情を明るくする紫原はさっそく一粒破り、口の中に放り込んだ。
紫「すげー何このアメ。色んな味がすんだけど〜」
ほわほわ幸せそうな表情をする紫原。
その顔を目の当たりにした鳴海は、キュンと胸が高鳴った。
紫「何してんの〜?」
気が付けば、また紫原の頭を撫でていた。
『はっ!わ、悪い!』
バッと自分の手を彼の頭から退ける。
これほどの巨躯を持ち合わせている男子高校生ともなれば、頭を撫でられるという行為はかなり嫌悪されるはずだ。
自身の手を見て溜め息を吐く鳴海に、紫原は眠たげな眼を向け、何やら考える素振りを見せた。
紫「ナルちん、頭撫でんの好きだね〜?」
『………悪かったよ』
紫「オレねー、末っ子なの〜」
『ん…?ああ、そうなのか』
紫原は口内でコロコロ飴玉を転がし、鳴海は先の言葉を待った。
紫「撫でたいなら撫でれば〜?」
『ん、ああそう……え?』
紫原の申し出に、一瞬流し掛けたが、頭の中で復唱して思わず声を上げた。
紫「お菓子くれたし、それにナルちんに撫でられんの、なんか嫌じゃないから〜。撫でたいなら撫でればいいよ」
は〜い、と間延びした声を出すとほぼ同時に、紫原は鳴海の方に首を傾げた。
戸惑いながら、鳴海は紫原の頭に手を乗せた。
予想していた通りスルスルと指通りの良い髪で、それを梳かすように撫でてやる。
掌に伝わる温かさに思わず頬が緩んでいき、慈しむような表情を浮かべた。
紫「……(幸せそうな顔してんねー)」
鳴海は満足したのか手を下ろし、照れ臭そうにサンキュー…と呟いた。
『悪いな、飴しかやれなくて。……それで味覚だけじゃなく腹も満たされたら良いのにな』
のっそりと立ち上がった紫原に、鳴海は本当に申し訳なさそうに言った。
紫「じゃーね、またその内お菓子貰いに来る〜」
『いや…もうねーから』
本当に菓子好きだな。
鳴海は苦笑いを浮かべ、紫原の大きな背中を見送った。
紫原が陽泉メンバーと合流したのを確認すると、飴を見つけたポケットを調べた。
その場所は3回程探しても何も無かったはずだ。
しかし4回目になって片手いっぱいの飴が見つかった。
しかも見た事もない無色透明の飴玉だ。その上、味が無限に変わり続けるのだ。
そんなものが、実際存在するのだろうか……?
ポケット内に一粒だけ残ったそれを凝視していると、脳裏にある言葉が過った。
“想う力”
――もしかして……?
高「なーに難しい顔してんすか、センパイ」
『高尾…。そうだ、お前何味の飴食べたい?』
高「えー、なんすか唐突に」
『いいから、答えろ』
鳴海の態度に疑問を抱きながら、高尾はじゃコーラで…と言った。
『コーラな』
鳴海は掌に乗せた一粒の飴を手で握り込み、想像する。
市販されているコーラ味の飴、また飲料として発売されているコーラの味……。
一通り想像し終えると、握った指を開いて見る。
そこには、褐色の飴玉があった。
驚きつつも、それを高尾に投げ渡す。
高尾はキレイにそれをキャッチして見せる。
『すぐ、食べてみてくれ』
高「え、なんで?」
『いいから』
何度目かわからない疑問符を浮かべるも、高尾は言われた通り袋から飴玉を出し、口に入れた。
『……どうだ、ちゃんとコーラか?』
高「え、何その質問!? コーラ以外に何かあんのコレ!?」
『コーラ…なんだな…?』
高「こ…コーラの味しかしないっすけど」
鳴海はホッと息を吐き、ならいい…と体育館の壁に背を預けた。
高「なんかさっき、紫原の頭撫でてましたね」
『おー、ちゃんと許可してくれたよ』
高「オレなら許可なく撫でてくれていいっすよ」
『間に合ってるよ』
高「……オレのココ、空いてますよ」
『…なんだよ、撫でて欲しいのか?』
尋ねればニコッと笑う。
呆れたように肩を竦め、鳴海はチョイチョイと高尾を呼び寄せる。
高尾が仔犬の如く駆け寄ると、鳴海は彼の頭に向かって手を伸ばした。
ペチーン…!
高「なんでっっ!?」
『いや、つい叩きたくなるデコだと思って』
高「ヒドッ!今本気で撫でてもらえる流れだったの…に」
わしゃわしゃと少し乱暴にも思える手付き。
しかし間違いなく、鳴海は高尾の頭を撫でている。
『……っと、満足か?』
眼を細め、鳴海は柔らかく笑う。
高「相変わらずの天然タラシっぷりっすねー……」
高尾は苦笑いを浮かべた。
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紫「室ちんアメいる〜?」
氷「……珍しいな、アツシが自分のお菓子を分けてくれるなんて」
紫「うん、まだいっぱいあるし〜…あ、福ちん達もいる〜?」
福「……マジでどうしたんだよお前」
劉「体調でも悪いアルか?」
紫原がメンバーに一粒ずつ手渡していくものだから、メンバーは怪訝そうに尋ねた。
紫「別に?ただ今はお腹いっぱいなだけだし」
氷「え、あのアツシがか!?」
紫「あのも何も、オレはオレだし」
福「…マジで体調悪いんじゃねーか?」
劉「病院に行くアル」
紫「どこも悪くねーし、病院嫌いだし。そもそもこっから出れないから病院行けないよ」
眉間にシワを寄せ、徐々に不機嫌になる紫原。しかしやはり納得いかないメンバーは心配そうに紫原を見上げた。
紫「なんかねー、ナルちんにアメ貰ってから気分が良いんだ〜。お腹もいつの間にかいっぱいになってー。だからこの不思議なアメ分けてあげる〜」
福「飴でって…、飴で腹が満たされるわけねーべ」
氷「いや…でもこの飴、味が次々変わっていきますよ。…もしかしたらその為かも…」
劉「なるほど…、味覚的に満たされたって事アルな」
色々言い合うメンバーを無視し、紫原は高尾の頭を撫でている鳴海を見つめていた。
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