紫紺の楔

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鳴海は改めてこう説明した。


始めに話した通り、自分は普通にご飯を食べ、入浴を済まして就寝した。
しかし自分は途中で起き、散歩がてら近くのコンビニに向かった。

家に不足していた簡単な医療品など他を買って、その帰り道、何が起こったのか解らないが、気が付けば廃校に居た。

廃校内を歩いていると、突然肩に何かが触れ、同時に気を失ってしまった。
そして再び気が付くと中庭に立っていた…――。





『――と、これが高尾と会うまでの経緯だよ。さっきは言い方を少し間違えたが、なんで保健室になんかにカバンが落ちてたのか解らねぇ』

取って付けたような、無理矢理こじつけたこの話は、鳴海がこの数分で考えた嘘話。

やはり真実など言えるはずもない。言ったところで信じる者など居ない。



今の話を聞いて、はいそうですか。と信じる者もまた少ないだろう。
その証拠に、雰囲気に変化が感じられない。


赤司も相変わらずの表情を浮かべている。
かと言って、それに屈して本当の事を話すつもりは毛頭ない。





桜「…だから、医療品類が入ってたんですね」

桜井は自身の足首に視線を落とし、痛まない程度に擦ってみせた。


納得する者、しない者、もはや関心さえ抱かない者など様々なこの場で、1つ変化が見られる場所があった。

あえて言うなら、この会議が始まった時からその片鱗は感じられた。


それは先程から独りでに雰囲気を和らげている木吉を含む誠凛メンバーだった。
各々多少の違いはあれど、他校から向けられる視線と違って、鳴海を責めるようなものが感じられない。


火神に関しては、隠しもせず鳴海をまじまじと見ている。
そこまで明白だとむしろ清々しいし、悪意も感じられない為、鳴海はむず痒いな…と思う程度だった。

しかしその視線が含んでいる意味を鳴海は知らない。





笠「俺から質問良いか?」

凛として、そんなに低くない声が上がった。



笠「俺達海常は、南棟3階を探索していた。その時、ある教室が妙だったんだ」


『妙…?』

鳴海は直感的に、赤司とは違う方法で試されてると理解した。



笠「この廃校の各部屋は、それぞれ鍵が掛かってる。だが俺達が目覚めた教室は、必然的に開いているんだ。この意味…解るな?」


つまりは鳴海を除いたメンバーが目覚めた部屋は全て開放されており、確認済み。
その上で、自分達が目覚めていないある部屋まで開放されている。



笠「あまりグダグダ考えんのは性に合わねー。とどのつまり…、アンタが気が付いたって場所はどこなんだ」


『俺は……』

この返答によっては、鳴海の立場が大小なりと変化する。


仮に、笠松が話した部屋をαとしよう。

笠松が話した通り、気が付いたのはそのαだと答えれば吉。鳴海が目覚めた事によってαが開放されていると結論付ける事が出来る。

しかし、もしも別の部屋、βだと言ってしまえば、そのαが開放されている理由が怪しくなり、更にはそのβが開放されていない場合、鳴海は嘘を吐いている事が判明し、今以上に立場が危うくなる。



笠松の真摯でまっすぐな瞳はよく見ると僅かに揺らいでおり、鳴海を疑っている半面、どうにかして疑いを晴らし“信じたい”という意思が見えた。


そんな眼を見せられては、どうにかして彼の意思を汲んでやりたい。

鳴海は昨晩から今までの行動を顧みる。
そして、笠松がさりげなく教えてくれた南棟3階。
そのフロアに存在する教室は倉庫類やトイレを除けば11室。

しかし2-2はその中から除く。記憶が正しければ、2-2は森山が目覚めた教室の為、すでに開放済みだったはずだ。


そして自ら実体化して開錠また出入りしたのはたった2室。
その内の1室は同じ南棟でも2階にある。

なら答えは1室…。




『俺は……気が付いたら2-1の教室に居たよ』


笠「……そうか」

明らか笠松の目から安堵が感じられた。
どうやら答えた教室で正解だったようで、鳴海もホッと息を吐いた。



森「なら1つ確認したいんだが……。その教室、何も居なかったか…?」


『居なかったかって…何だよ』


森「いやアレだ…、腕だけのバケモノとか……さ」


『……何も居なかったぞ?』


鳴海はやっぱりな、と心の中で呟いた。
鳴海のすり抜けた腕を見たのは彼らで間違いないようだ。







氷「ところで、そのカバンには何が入ってるんですか?」


『う、おっ!』

唐突に真横から話し掛けられ、鳴海は珍しく肩をビクつかせた。



氷「……すみません、驚かせてしまったみたいで」


『いや、別に氷室クンの所為じゃねーから…』




赤「そうですね。そろそろカバンの中を見せてもらいましょうか」


『…ああ』

何故赤司が発する言葉はいつもこんなに威圧的に感じるのだろうか。


鳴海はファスナーを開け、手当たり次第に出していく。



――包帯、湿布、冷却スプレー、絆創膏各種、懐中電灯、ボールペン(赤、黒)、ペットボトル水、そして……



高「センパイ、なにそれ」

『……メロンパン(仮)だ』


最後にカバンから出てきたのは、真っ白い何かに包まれた丸いパンのような物。

それは昼間、駅近くのコンビニに昼食を買おうと立ち寄ったところ、とてつもないオーラを醸し出していたメロンパン(仮)である。

鳴海はそこを夜食として買ったと変換し、説明した。



『もともとサンドイッチかお握り辺りを買うつもりだったんだが、気が付けばメロンパン(仮)がレジ袋に入ってた』


隣に座っていた高尾が興味本意でメロンパン(仮)を手に持ち、ふとコンビニパンによくある、プリントされた値段を見た。



高「ちょっ!これっっ、598円もするっっ!しかも何気に重量あるしっ!」


『菓子好きのダチに聞いたところ、そのメロンパン(仮)は、まわりをコンデンスミルクでコーティングされていて、中に生クリームとカスタードが入ってる。で、外は“しっとり”かと思えばサクサクで、中は滑らかなカスタードに加え、口内の温度で溶けてしまいそうなクリームの優しい口どけ…。つまりはパンの域を越えた冬季限定、究極のメロンパン!!……らしい』


高「ようするに?」


『限りなくシュークリームに近いメロンパンだよ』


高「さっきの、志波サンの真似っすか?」


『最後の究極のメロンパン!!ってとこ、あいつ、ばっちりウィンクしてたけどな』


高「ブフォ!!相変わらずっすねー!ならそこを踏まえてもう一回お願いしまーすっ!」


『その前にお前を踏んでやろうか』


高「やだ、和成潰れちゃうっ」


『眼が?』


高「ちょっ、オレのアイデンティティー!!!」


草が生えまくりの悲鳴を上げる高尾を横目に、鳴海は何事も無かったかのように涼しげな表情をしている。

そんなある意味奇妙な光景に、一同は様々な表情を浮かべていた。








「――ねぇ」

さほど大きな声ではなかった。
しかし、やけにその声は鳴海の耳に入り込んできた。


紫「ねぇ、アンタさ」

声の主は氷室を挟んだすぐ傍に座る紫原だ。
紫原には、先程敵意も何も感じられない、しかし好感も感じられない視線を向けられていた。

しかし、どういう心境の変化だろう。その紫原は現在、期待を込めた視線を鳴海に向けている。
例えるならそう…餌を待っている犬だ。





紫「そのパン……」

じゅるりと効果音が出てもおかしくはない程、彼は物欲しそうな眼を向けていた。

そんな紫原に、鳴海は思うところがあった。



『食べたいならやるよ。俺もこれは食える気がしねーから』

苦笑いを見せ、鳴海は紫原の目前にパンを翳(カザ)した。

途端、紫原の表情が輝き出す。
幻覚だろうか、心なしか尻尾が見える。



紫「食べる食べる〜!アンタって実は良い人だったんだね〜」

ガサガサ袋を開け、メロンパン(仮)を頬張る紫原。

人の善悪を菓子1つで決めるのはどうかと思うが、どうやら彼の中で鳴海は【怪しい奴】から【良い人】にシフトチェンジしたようだ。



紫「これ〜、今まで食べたメロンパンの中でも3本指に入るかも〜」

幻覚の尻尾をブンブン振り、幸せオーラ全開の紫原によって、場の雰囲気もずいぶんと変わった。

ハムスターの如くモサモサと頬張る紫原に、鳴海は自然と頬を緩め、気が付けば彼の頭を撫でていた。



高「あ…鳴海サン」

紫「…ねぇ」


『……っ、悪い!』


高尾と紫原の声と視線に、自分がした事に気付き、慌てて手を引っ込めた。

そんな光景に、二人の間に居た氷室が微笑ましいとばかりに小さく笑った。

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