紫紺の楔
□17
1ページ/1ページ
桜「あなたですよね、誠凛や僕たち桐皇を助けてくれたのは……」
『……俺は見ての通り人間だ、君らが話す【視えない男】とは無関係だ。…そもそも人間が透明になる訳ないだろう』
我ながら言い訳がましいと感じた。
言い訳と言うのは、話せば話すほど信憑性が薄まる。
今、正しくその通りの状況だ。
『何を根拠に、俺をその男だと思ったんだ…?言っとくけど、背丈と髪色だけじゃ、証拠として不十分だぞ』
桜「ス、スイマセン!」
『で、他に何を根拠にそう思うんだ』
桜「え、えっと…あなたが体育館(ココ)に来た時から、あまり僕たち桐皇と誠凛と眼を合わせようとしなかったですよね…」
確かに体育館に来てから、特別桜井とは視線が合う事がなかった。
それは彼自身が俯いていた事が多かった為だと思っていたが、実のところ鳴海が進んで眼を合わせなかったのだ。
現に鳴海は、黒子と視線が合った際、明らか目線を逸らしていた。
桜「何より、僕が足を捻った事、あなたには話してない…。僕達以外でその現場に居て、怪我を知っているとするなら…それは…」
『ストップ、ごめん。その…あれだ……』
鳴海はまた墓穴を掘った自身の浅はかさに頭を抱えた。
桜井の怪我の心配をするあまり、そこまで考えていなかった。
『怪我は高尾に聞いた…』
桜「…それじゃどうしてカバンの中に都合良く包帯なんか入っていたんですか…?」
『…いつも持ち歩いてんだ…』
なるべく桜井から視線を逸らさないよう堪え、一問一答でボロを出さないよう思考を巡らす。
他にも多々の質問をされたが、次第に桜井の口吻が尖り始めた。
途端、質問口調から独り言を呟くようなものに変わった。
桜「……足を捻った時、本気で僕は怪物に殺されると思いました」
鳴海の脳裏に、昨晩の件の場面が映し出された。
逃げ遅れた桜井と若松に襲い掛かる不気味な怪物――。
『……っ、あん時は…咄嗟に怪物を突き落とす事しか出来なかった』
桜「首が折れてたはずなのに…それでもあの怪物は…」
『ああ、あれは本気でビビった。まさかあんな跳躍を隠してたとはな』
桜「…………」
『………』
沈黙…。と同時に、嫌な汗が背中を伝った。
ああ、もうこれは……――
『〜〜〜〜〜っ』
―――バッカか俺はッ!!
鳴海は両手で頭を抱えた。
『降参…だ…』
桜「僕の勝ちですね!」
清々しい笑顔を浮かべ、桜井は身なりを整え始めた。
『桜井クン?』
桜井の異変に気が付いた鳴海は腕を退け、桜井を見た。
桜「あの時は、助けて下さって、本当にありがとうございました!」
ガバッとキレイな土下座をして見せた桜井に、鳴海は肩を大きくビクつかせ驚いた。
そんなやり取りを遠目で見ていた部員達は、ザワザワと騒ぎ始めた。
『桜井クン、気持ちは解ったから顔上げてくれね…?お仲間の視線が……痛てぇ』
桜「ス、ススススイマセンッ!!」
再びガバッと頭を上げた桜井に、鳴海はフハッと吹き出した。
先程まで凛としていたはずなのに、気が付けば拗ねたように口を尖らせムキになっていたり、かと思えば小動物のように震えて出す。
そんなコロコロ表情や態度が変わる桜井に、鳴海は温かい感情を覚えた。
桜「…え?……えぇっ?」
フワフワと突然自分の頭を撫で始めた鳴海に、桜井は驚きを隠せない。
高「話は終わりましたー?」
『おー、大体はな』
高「なんすかー、鳴海サン桜井の事気に入ったんすかー」
桜「高尾さん…、あのこれ…」
高「気にすんなって!鳴海サンの数少ないスキンシップだからよ!」
一頻(ヒトシキ)り桜井の頭を撫で、満足したように鳴海の手が離れていく。
あれだけ撫でられていたのに、桜井の髪はあまり乱れていない。
それだけ鳴海に撫でる技術があるという事だろう。
撫でる事に技術が有る無しと言うのもまた変な話だが。
『さてと…悪かったな、時間を割かせちまって。それと…』
鳴海は自身の口元に人差し指を持っていき、苦笑を浮かべる。
『色々まだ疑問とかあるだろーけど、例の話はこれで終わりにしてくれ。あと、出来るなら黙ってて欲しい』
桜「は、はい!スイマセン!」
カバンを落とさぬようしっかり持ち、鳴海はさっきと同じ体育館の角に戻って行った。
高「――これで終わりにしてくれ。あと、出来るなら黙ってて欲し…あだっ!」
『人の真似してんじゃねーよ。蹴り倒すぞ』
高「いや、めっちゃ足踏んでるじゃないすか!! てか口悪っ!照れ隠しに足癖悪くなんの変わんないっすねー!」
高尾は再びキリッと表情を引き締め、唇に人差し指を持っていく。
さっきの鳴海の真似をしているのだが、高尾がやると何故だかあざとい。
『お前はさっさと秀徳さんとこに帰れよ。……心配されてんだろ』
高「真ちゃん同様センパイも微妙にツンデレっすからねー。貴重なデレあざっす!」
『ツンデレじゃねーし、お前ホントマジで何なんだよ…。ほら、さっさと戻ってやれよ』
シッシッと手で向こうへ行くよう促すと、高尾がその腕を掴んだ。
高「その必要はねーみたいっすよ!これからまた会議すると思いますから!」
高尾は空いている手で入口の方を指差した。
思ったよりも時間は経過しているようで、探索に行っていた「陽泉」と「霧崎」が戻って来ていた。
赤司が彼らを迎え、少し会話をすると、高尾が言った通り集合を呼び掛けた。
**********
陽泉から始まった結果報告。
しかし結果と言える成果は今までの探索同様なく、ダメ元だった食糧も見付からず、紫原の機嫌がかなり降下している。
それは霧崎も同じのようで、自己紹介の際被っていた花宮の猫が時々脱げ掛けていた。
それを見た一部の人間は面白そうに笑っていた。
鳴海の隣に座る彼がその筆頭である。
赤「では鳴海さん、説明して頂けますか」
何の、と聞かなくても解る。
鳴海が持つカバンについてだ。
赤「その時居なかった人も居るので簡潔に説明します。鳴海さんが今抱えているカバンは、海常が探索に出て程無くして持ち帰った物です。実際それは鳴海さんの持ち物だったそうですが」
赤司はその先を伺うように鳴海に向き直った。
『ああ、これは間違いなく俺の持ち物だよ。……なんでここにあるのかは俺もわからねぇ』
緑「そんな答えで納得するとでも思うのか。貴様はさっき、食事を済ませ、入浴し寝た。と答えている。では何故そんなカバンが存在する。しかもその有様はなんなのだよ」
誰もがその【カバン】に抱く疑問は2つ。
1つ、鳴海が証言した行動に合わないカバンの存在。
2つ、人為的に起こったと思われない肩紐の千切れ方。
この2つの事項によって導きだされる答えは、鳴海は嘘の供述をしているだろう疑惑だった。
空気がどんどん重くなる。
桜「あ、あの!スイマセンッ!!」
その雰囲気を変えようと動いたのは、まさかの桜井だった。
鳴海も驚き、桜井を見た。
桜「うわぁあ!スイマセン、スイマセン!」
集まった視線にオドオドし出す彼だったが、喉まで出掛かっていた言葉を飲み込まず、必死に発言した。
桜「さ、さっき鳴海さんに聞いたんですけど、実はその話には続きがある…そうで…」
桜井は怪我の手当てのお礼にと、助け舟を出そうとしてくれた。……かなり無茶ぶりだが。
高「そういやそうだよな!鳴海サンとは中庭で会ったんだけど、それまで何してたんすかー?」
高尾も何とか鳴海を助けようとしてくれている。
鳴海は溜め息を吐き、頭の中で無理矢理にでも話を作り上げていく。
その際、視界の端で木吉が朗らかな笑みを浮かべていたのが少し気になった。
_