紫紺の楔
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黄「――赤司っちー!!」
探索に出てからそう時間が経過していないこの時、黄瀬を始めとする「海常」が戻ってきた。
そのあまりの早さに、体育館内の者達は怪物に襲われたのかと心配する。
赤「何かあったんですか」
森「まぁ、これを見てくれ」
ずいぶんと興奮している黄瀬は話が出来る状態ではないと踏んだ赤司は、比較的落ち着いている3年組に尋ねる。
その様子を遠目で見ていた鳴海は、森山が持ち上げた物に目を見張った。
森「過去に一度も開かなかった保健室が、今行ったら開いてたんだ。そこに入ってすぐの場所に、これが落ちてたんだ」
小「見たところかなり最近まで使われていた感じだ。しかも肩紐部分が引き裂かれている事から、誰かが襲われた事によって落として行ったと思える」
黒「保健室が、開いたんですか?」
北棟の探索を行ったグループの1つである黒子が驚いたような声をあげた。
黄「そーなんスよ!オレらもダメ元だったからビックリで!」
黒「…それで、保健室内の物の状態は?」
笠「残念だが、どれも異臭を放ってたり変色してて使い物にならねーと思う」
赤「それで、その【カバン】の中は見たんですか」
笠「いや、もしかしたら罠かも知れねーと思って、一度体育館に持ち帰る事にしたんだ」
赤司に手渡された事によってより目視出来るようになったそれに、鳴海は反射的に立ち上がってしまった。
高「鳴海サン?」
高尾が不思議そうな声をかける事によって、鳴海に怪訝そうな視線が向く。
咄嗟にしまった、と鳴海は表情を強張らせる。
このタイミングで反応してしまっては、明らか自分が何かを知っていると他者に言っている事と同じ。
特に赤司は一際鋭い感性を持ち合わせている。
立ち上がった鳴海を見て、間違いなく自身が持っている【カバン】は彼の物だと理解した事だろう。
しかし問題はそこではない。
【カバン】を“いつ”落としたかだ。
先程鳴海は「食事をし、入浴を済ませ就寝した」と伝えた。
もしこれを「帰宅途中だった」と言っていれば、まだ活路があっただろう。
だが鳴海は上記のように話をしている。
寝ていたはずの鳴海の私物が何故ここにあるのか。
それは更なる疑心を生んでしまうだろう。
昼間の話を正直に告げられたら楽なのだが、それでは鳴海が“外”から来た事をバラす事になる。
(どうする、無理矢理でも何か理由をこじつけるか…!? いや相手はあの赤司クンだ…、下手な理由じゃまた墓穴を掘るだけだ…)
悶々と思考を巡らせ、何か良い案は無いかと探す鳴海に近付く足音。
黒「このカバン、鳴海さんのものですか?」
『あ、ああ』
感情の読めない目に見詰められ、自然と鼓動が速まり、変な汗が浮かぶ。
黒「そうですか。では、お返しします」
『は……!?』
ぽすっと手の中に収まったそれに、鳴海は驚きが隠せなかった。
カバンと黒子の間に視線を泳がせていると、では…と言って黒子は去っていった。
黒「……」
状況を理解し兼ねる鳴海を一瞥すると、黒子は微かに口元を緩めた。
《このカバン、昼間お兄さんが落としたヤツだよね、保健室で…》
『ああ、間違いねぇ…。でもどうしてだ、なんであっちで失くしたモンが“こっち”にあるんだよ…』
《……ねぇお兄さん。そのカバンに何かしたんじゃないかな?》
『いや、ただのカバンだけど』
《例えば…そうだな、そのカバンに、何か“想い”を込めたとか……》
『想い………』
****
室内を見回しながら、鳴海は棚などを調べて行く。
開けるたび巻き上がる埃や小さなゴミ。おまけに密閉空間だった為かカビも繁殖しており、鼻に付く匂いが充満している。
いくらか薬品等が出てきたが、変色や異臭を放っており、とても使える状態ではない。
仮に彼らがここを開けたとしても、こんな状態では使いたくとも使えないだろう。
鳴海は足を捻ったあの少年を思い出し、肩から提げていたカバンの肩紐を握った――。
『…あ』
《心当たりがあるみたいだね。ところでそんな想いが籠ったカバンには何が入ってるんだい?》
クスクスと可愛らしく笑うユキに急かされ、鳴海はカバンの中を探る。
一同の視線を全身に受けながら、鳴海はあるものを探り当てる。
そのあるものを手に持ちながら、目的の人物をこの薄暗い体育館内から探す。
その少年は、もはやクセとなっている謝罪を挟みつつ、学校のメンバーと話していた。
自己紹介の際に唯一名前を教えてくれた彼だが、あまり良い印象を持たれていないだろう、と鳴海は結論づけた。
高「鳴海サン、どこ行くんすかー?」
薄暗い体育館内でキョロキョロと不審な行動をする鳴海に、高尾は迷う事なく近付いた。
高尾の背後からは、緑間と思わしき制止の声も聞こえた。
『高尾。…丁度いい、お前も来てくれないか』
鳴海の発言の意味が解らず目を瞬かせるが、すぐさまニカっと笑い高尾は頷いた。
―――――---……‥
――--…‥
高「よ、桜井!今ちょっといいか?」
桜「高尾、さん…?」
青「んだよ高尾、何か用か」
高「いや、用があんのは桜井に。んで、実際用があるってのが…」
高尾がスッ…と体を横にズラすと、桜井を中心とした桐皇メンバーの目に鳴海の姿が映る。
若「アンタは…」
青「良になんか用かよ…」
若松からは怪訝そうな、青峰からは鋭い視線を貰い、一瞬息が詰まる。
今吉に関しては明らか探っている事が窺えた。
『……悪いが、桜井クン以外は席を外してくれるか』
青「あ"?なんでんな事しなきゃいけねーんだよ」
若「悪ぃけど、まだアンタを信用できると思ってねーんすよ。だから桜井と二人っきりには――」
高「まぁまぁお二人ともー、気持ちは解らなくもねーすけど、取り合えずオレと一緒にあっち行きましょ!」
青「おいこら高尾!てめっ!」
今「わかった、ワシらはちょっと余所行こか」
若「今吉サン!!?」
今「ほな行こか、青峰、若松」
青「……チッ」
高尾に掴みかかりそうになった青峰を宥めつつ、二人を引き連れ今吉は高尾と共に移動した。
桜「………」
この場にただ一人残された桜井は明らかビクついており、鳴海は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
高尾達が秀徳メンバーと合流したのを見計らい、鳴海は桜井と向かい合う形で腰を下ろした。
桜「…っ!」
『あー…えっと、突然ごめんな。俺なんかと二人っきりにさせちまって…』
桜「い、ぃぃいいえっ!」
言葉とは裏腹に、その双眸には水の膜が張っている。
正直ここまで怯えられた事などない為、色々と複雑なものが胸中で渦巻く。
『すぐに俺の用事は済ませっから…そんな身構えないでくれ』
未だに各方向から向けられる視線に耐えながら、鳴海は自身のカバンから道具を取り出した。
桜「え…?」
鳴海の取り出した道具類を見て、桜井は驚きの声を溢した。
『ちょっと触るからな』
確認の声を掛け、鳴海は桜井の靴や靴下を脱がし、足首を持った。
『……痛いか?』
桜「ぇ、あ!いえ、あまり…」
『…じゃこれは…』
桜「――痛っ!!」
桜井の苦痛の声で、こちらに向けられる視線が更に鋭く変わる。
『と、悪い。……骨には異状無ぇみたいだな』
鳴海は冷却スプレーを持ち、患部に吹き掛ける。
続けて包帯を変な隙間が出来ないよう気を付けつつ丁寧に巻いていき、足首を固定させ、桜井の足から手を放した。
『どうだ、キツかったりしねぇか?』
桜「あ…、は、はいっ大丈夫です!スイマセンっ!」
『謝んなくていい、他は?どっか痛いとこ無いか?』
桜「平気…です。あのっ、ありがとうございます…」
『そうか』
道具を片付け始めた鳴海に、桜井は控え目な声を掛けた。
桜「あ…の、聞いても良いですか」
『良いぜ、何だ?』
カバンのファスナーを閉め、桜井に向き直る。
言い難い事なのか、桜井は中々話を切り出さない。
それでも鳴海は急かさず、彼が自分で話し出すのを待った。
桜「スイマセン!…僕の勘違い…だったり、馬鹿馬鹿しい話だと思われるかも知れないですけど、あの……」
『うん』
桜「さっき、赤司さんが言っていた【視えない男】の人の事なんですが……」
『! …あぁ』
桜「僕は南棟2階で、微かにですけどその人を視たんです…。と言っても、覚えているのは背丈や髪の色ぐらいで……」
『………』
楔が刺さっていると思われる左胸が変にドクドクと早鐘を打つ。
桜「背丈は…ウチの今吉先輩と同じくらいで、髪は……」
桜井は下を向き勝ちであった視線を持ち上げ、まっすぐに鳴海の髪を見据える。
桜「優しい…飴色でした」
『……っ』
咽喉が独りでに上下する。
桜井の大きな瞳には一切の疑念が無く、確信を持っていた。
桜「あなた…なんですよね【視えない男】の正体って…?」
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